D.C | ナノ

Origin.


その背中に夢見る


『ミョウジ、そっちに行ったぞ。』
「は、はい……!」
『落ち着け、狙う必要はない。そう言われただろ。』


耳元でノイズと共にセンパイの声が聞こえる。
大丈夫、大丈夫。何度も深呼吸だ。静かに、悟られないように、心を落ち着かせて。


「目標、来ました。」
『威嚇程度でいい。すぐに降谷さんも駆けつける――撃て。』
「ッ――。」


――銃声がさほど広くもない、暗い倉庫に響き渡る。
ああ……この音が、手から全身に伝わってくる振動が、心臓を凍えさせる。

何度練習をしたって、いつだって慣れない。コワイ……。


「ミョウジ!!」
「っ、降谷、さん……。」


上司に名前を呼ばれてハッと意識が戻る。
自分は何をしていた? 視覚の情報を整理した時に、すぐに自分が居眠りしていたことに気づいた。


「もっ申し訳ありません……!!」
「いや、いい。今日のことで疲れていたんだろう。」
「あ、……あの、わたし……。」


皴まみれのスーツ。汚れた裾。そこに顔を押し付けて、わたしは眠っていたのだ。
もう照明が一列しかついていないこの部屋で。仕事が一段落して、ほっとしたこの状況で。


「すみません、わたし、今日、本当に……。」
「その話はいいと言っただろう。お前も初めての経験だったんだ、冷静になれなくてもおかしくないさ。」
「でも、そのせいで……。」
「まったく。もういい、と言っただろ。それとも、お前は俺に厳重注意でもして欲しいのか?」


「そんな趣味があったとは知らなかったな。」
わたしの上司であり、わたしの憧れその人が、口角を上げた。
ああ、気遣ってもらってる。それを受け入れることがわたしにはできないのに。


「俺はお前に、目標を撃てと命じていたか?」
「いえ……威嚇程度でよいと。」
「そうだ。その後に目標が反撃してくることくらい想定済みだ。」
「わたしにはその覚悟が足らなかったのです……。」
「反省しているならいいだろう。いつまでも引きずるな。」


肩に置かれたその手の感触は忘れられない。
あの時――わたしが目標に向かって射撃をした直後、外れた銃弾の軌道を読んで、目標はこちらへと銃口を向けた。
耳元からセンパイである風見さんより退避を命じられたが、足がすくんで動けなかった。
そこを彼が、降谷さんが助けてくれたのだ。


「でもわたしのせいで、降谷さんが負傷を……。」
「これぐらいのどこが負傷なんだ。ただのかすり傷だろう。」
「ですが、」
「お前、そういうところはしつこいな。」


言葉は強いが、表情は酷く柔らかかった。
フ、とよく耳にする自信気に溢れた笑い声が耳に届く。


「だがなミョウジ。そのしつこさが、ココには必要なんだ。」
「降谷さん……。」
「お前がここにいるのは間違いではない。安心しろ。」


何度も思った。
わたしは本当に公安にいていいのだろうかと。
この場所に、この上司の下にいていいのだろうかと。


「ハハ……まったく、ミョウジの過小評価は問題だな。」
「ウッ……。」
「どうしたらいいものか。」
「すみません……。」


降谷さんの下につけることは、公安内でもかなりハイレベルな人材でなければならない。
自分にはその資格はまだないのに――何度もそう自覚せざるを得なかった。
けれどその度に、降谷さんは私の背中を押してくれる。それが温かくて、苦しい。


「悪かったな。」
「え?」
「俺が最初からミョウジの傍についていられれば、こんな思いさせなかっただろ。」
「降谷さんは悪くないですっ! 悪いのは、今も降谷さんやセンパイたちに頼らないと何もできないわたし自身で……。」
「バカだな、お前。」


優しい叱咤の言葉に、目が丸くなる。
その表情は、先ほどと同じほどに柔らかく、細められた瞳がくすぐったい。


「最初から頼らずに全部できたら、俺も風見の奴も要らないだろ?」
「い、要らないなんてことは……!」
「俺だって初めての任務の時には足も手も震えたぞ。」
「降谷さんも……?」


何でもそつなくこなしているこの人の、そんな姿は想像ができない。
だって、年上のセンパイ方たちをも差し置いてこの人は上に立っているのだから。


「俺は周りにサポートされて今がある。現在だって、俺が不在の時には風見やミョウジたちが頑張ってくれているだろう。そのお陰で俺も、潜入捜査に専念できているんだ。」
「そんな、……わたしは……。」
「本当に、お前という奴は……。」


ふう、と降谷さんがため息をつくのが分かった。
それが酷く怖くなって、体が硬直する。
けれどこれすらもこの人にはお見通しで、すぐにくすりと笑われた。


「いいか。お前が過小評価するたびに、お前を今回の任務に就かせた俺の判断ミスということになるんだぞ。」
「違います!! 絶対に、降谷さんは間違ってなんか……!」
「だから、胸を張れミョウジ。」
「……は、い……。」
「少しずつでいい、確か配属初日にも言ったはずだぞ。」


『焦る必要はない。少しずつでいいから、安心して頼ってくれていいぞ。』
脳裏によぎるのは新品のスーツで降谷さんと対面した時の、告げられた言葉だった。


「はい……。」
「分かったら、行くぞ。」
「どこへ、ですか?」
「決まってるだろ。打ち上げだ、」
「打ち上げ……?」
「風見が、用意してくれたらしいぞ。行かないのか?」
「い、行きますッ……!」
「そんな大声出さなくても聞こえてる。ほら、おいていくぞ。」
「待ってください、降谷さん……!!」


ああ、この人についていきたい。
この人の隣で、いつか――。


.

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -