D.C | ナノ

Origin.


痕は見えないところに

(※少々背後注意)

「単刀直入に申し上げます。」
「はい。」
「安室さんホント、エロい。」
「はい?」


すでに月が天を昇っている頃合い。
やっと仕事を終えてダッシュで来てみれば、目当ての彼は数多の女性客の中で働いていた。
このように彼を目当てにくる客は数知れない。この場にいるほとんどが彼目当てといっても過言ではないだろう。


「ずっと見てましたが、歩き方がエロいでしょう?」
「はぁ、まあ視線は感じてましたけど……。」
「トレイ持つその指先とか手首の角度とかアカンでしょう?」
「多少キレイに見えるよう意識はしていますよ。」
「というか前はエプロンで隠してんのになんで尻は隠さないんですか。」
「後ろは汚れないでしょう。」
「尻隠さないとダメでしょうに。」


閉店間際までいる彼女たちを優越感感じながら見送ったのはつい先ほど。
少しだけライトダウンされた広いとは言えない店内で、カウンターにて食器を片付ける男こそ人気の彼。安室透その人。
そして、堂々と誰もいないカウンターに腰を掛けているのがナマエだ。


「安室さんはねぇ、分かってないですね。」
「はぁ」
「顔立ちには自信があるようだけど、その尻にも自信を持った方がいい。」
「自分の臀部に自信をもって何になるんですか。」
「目の保養。」
「それはナマエさんのでしょう。」
「いや、全女性のだって安室さんわかってるでしょう。」


洗ったばかりのグラスを拭きながら、安室は眉を下げた。
困ったような表情は、幼げを残す顔立ちから女心を酷く擽らせる。
ナマエはわざとらしくため息をついた。


「分かっていてやっているの、ズルい。あざとい。」
「ナマエさんは僕をどうしたいんですか。」
「わざとらしいその言動、表情、存在全てを引ん剥きたいです。」
「引ん剥くって……わざとらしいも何も、これが僕の素ですよ。」
「それが素だったらどんだけ女はべらしてるんですか!!」
「はべらしていませんって。もう、ナマエさん、もしかして酔ってます?」


普通であれば迷惑な客だと追い返すであろうナマエの存在。
けれど安室は、この時間、一人の勤務の時には彼女を迎え入れる。


「閉店しても客迎え入れるとか期待させておいて、絶対何か考えてるでしょう。」
「そりゃあ、まあ。」
「ほうら。」


先ほどまでの興奮もどこへやら。
ナマエは頬杖をつき、どこか疑心に満ちた表情を安室へ向けた。
彼は「そんな顔しないでください。」とまた困惑に満ちた顔を作り、水分を拭ったグラスを棚に戻す。


「ナマエさんは常連さんですし。最近はお仕事が忙しそうで、休めないと思ったから。」
「だったら普通は店に入れないで、早く帰って休んでくださいという展開では?」
「あれ、そうして欲しかったんですか? 僕はてっきり。」
「てっきり? まさかてっきり僕と一緒に居たいんだと思ってーなんて言いませんよね。」
「あはは、そうだと思ってましたよ?」
「あーあ。これだからイケメンさんは困る。やっぱりそうやって期待だけ持たせようとしているんでしょう。いやらしい。」


酷い言いようだ、と安室は苦笑いを浮かべる。


「ねえ安室さん。」
「なんですかナマエさん。」
「どうして安室さんってそんなにエロいんですか。」
「どうしてでしょうねぇ。」
「流しているでしょう。」
「きちんと聞いていますよ。次は僕からいいですか?」



空になった白いカップに、淹れたてのコーヒーを注ぐ。
その瞬間に広がる香りをナマエは吸い込んだ。


「どうしてナマエさんは、閉店間近に走ってまで来てくれるんですか?」
「疲れた一日を安室さんで癒すためですよ。」
「ありがとうございます。最近はずっと忙しそうですね。」
「そうですねぇ。きっと安室さんが女性に囲まれているから、私も躍起になっているんですよ。」
「ナマエさん、お仕事何されてるんでしたっけ。」
「安室さんと話すのがお仕事ですかね。」
「あはは。じゃあこの時間も勤務時間ですね。」
「ええ。深夜手当もらうためにダッシュしていますとも。」


ナマエがカップに口づけるのを見計らって、安室はカウンターから離れる。
注いだ自身のカップを片手に、ナマエの隣へと腰をおろした。


「ナマエさんだって、ずるいですよ。」
「安室さんのずるさと比較すれば許容範囲です。」
「残念ながら、範囲外です。だって貴女も、僕に期待を持たせてるでしょう?」
「なんて?」
「こんな夜中に僕に会いに来てくれる時点で、明白じゃありませんか。」
「へぇ?」


店内の暗がりが増し、カップに揺れるのは湯気を立たせない黒い液体だけ。
ナマエは持ち手を軽く揺らして、テーブルに置く。
頬杖をついたまま横目で端正なその顔立ちを見つめた。


「どうしてほしいんですか。」
「それは僕の台詞ですね。そろそろ、やめませんか。」
「何を?」
「この不毛な探り合いをですよ。」


安室はテーブルに手を置き、すっとナマエに顔を寄せた。
反射的に身を引こうとしたその体に腕をまわした。


「端正な顔が近くにあると、心臓が飛び跳ねそうです。」
「僕も、貴女の素肌に触れてドキドキしていますよ。」
「はは。安室さん、鼻高い。本当に日本人ですか。」
「ええ。祖国愛は誰にも負けません。」


すうっと長い褐色の指が耳元へと上がっていく。
小さく身じろぐ華奢な体へと安室は更に体を寄せて、鼻を付け合わせた。
お互いの吐息も香りもすべてを感じる距離感に2人はあった。


「まるで動物だ。」
「人間も動物ですよ。」
「人間ほど面倒な動物はいませんねぇ。」
「ええ、同感です。なら動物らしくもっと本能的に堕ちましょうよ。ねえ、ナマエさん。」
「それをワタシに求めるんですか。」
「はい。」


女性らしいふっくらとした唇に、舌を這わす。
途端、小さなその体が跳ねたかと思えば、桃色の唇から言葉は発せられなくなった。
代わりに少し色めいた吐息が零れる。


「ね、」
「……。」
「おや、急に黙り込んじゃいましたね。可愛いお人だ。」


何も紡がないそこに割り込むように舌を押し付ける。
下唇を挟み込み軽く吸えば、微かに中への入り口が開いた。
そこへ無遠慮に舌を入れ込む。当然、異なる体温に包まれる。


「ん、」


漏れる吐息がどちらのものか。両者は視線を交り合わせたまま、静かにほくそ笑んだ。
ざらついた感触を互いに味わうように貪る。
一度は絡め、一度は吸いつき、一度は軽く歯を立てる。
どちらから口付けたのかすら忘れるほどに、ただ味わい合った。


「…っは、…」
「ぁ、んも、」
「ん?」


先に身を離したのはナマエの方で、口元から重力に逆らえず垂れた液体を甲で拭う。
ナマエは自分の口紅が相手にもついていることにどこか高揚していた。小さく息を吐き出すことで乱れたこれを整えて言葉を吐き出す。


「はぁ…安室さん、しつこい…。」
「どちらがでしょうかね。」
「っん…でも、」
「でも?」


再び重ねられた唇の柔らかさを味わいながら、ナマエは両の手を相手の首裏へと伸ばす。
片手だけ指を絡められテーブルの上へと押し付けられた。繋がりは強く、押し付けは優しく。


「予想通り、えろぉい…。」
「あはは。それは僕の台詞ですよ。」


いつの間にか彼女の後頭部を抑えていた安室の手は、腰へと再び回る。
桃色のそこへと吸いつきながら、勢いよく自身へと体を引き寄せれば軽々と彼女の臀部は椅子から浮いた。
この行動は予想外だったのか、その勢いのまま細い体は彼の手中に収まり更に貪られる。


「んっ…ぅ、ン…、」
「っは、…」


先ほどまで奏でられていた音楽はもはや途切れていた。
注がれたばかりの黒い液体すらをも忘れて、互いを侵食しあう。
まるでその液体を揺らしたときのようなさざ波を立てながら、時にやさしく。時に荒々しく。


「んんっ、」


もはや口内を荒らすのに妨げるものはなく、安室は厚い舌を奥へと入れ込む。
異なる少し冷たい体温に、先ほどまで飲んでいた飲料の香りが酷く感情を高ぶらせた。
何よりも、同じ舌であるにも関わらずザラついたその感触が堪らない。

先ほどまで動物だと話していたのは違いない。
この先の展開を確信して、華奢なそれを更に抱き込んで果てのない奥へと忍び込む。


「ふぁ、……ぁ、あっ、」
「残念ですが、止めませんよ……。」
「い、い。止めなくて。」
「はは…やっぱりナマエさんの方がズルいですね。」
「そ、だとしても……エロイのは、安室さんの方かな。」
「っ……。」


不意に弄られた体は瞬時に対応できずに跳ねる。
安室はしてやられた、と少しだけ眉間にしわを寄せる。
同時にナマエは舌で唇を舐めた後に、酷く満足げに笑みを浮かべた。


「ね、」
「まいりましたよ、貴女には。」
「私もまいったって言いたいな、安室さん。」
「言わせて差し上げますよ、全部終わるころにはね。」
「ふふ、うれしーなぁ…ん、ぁ」


探り合うのはすべてが終わってからでもいいだろう。
自分も、相手も、同じように思っていればいい。

静かな空間に響く粘着質なその音は、やむことを知らない。
置き去りにされた漆黒の飲み物だけがそれを見ており、互いの秘密を隠蔽した。


「「痕は見えないところに。」」


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安室氏のプリ尻fig.が公開されたときに書いた作品

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