D.C | ナノ

Origin.


暗闇にキスを落とす


今日はお日様が顔を出して、街を照らしてくれている。
少し暑い日差しではあるが、この通りを駆け抜ける風が和らげてくれていた。

カフェテラスが数件並ぶこの通り。
女性に人気な店と、学生が勉強で訪れる店との間の小道を抜けた先にもう1件。
表通りに比べて涼めるそこに、控え目に……それでもおしゃれな喫茶店があった。

ちょうどピークを過ぎた時間帯に、ナマエは1人座している。
どうしても時計が気になり、先に頼んでいた抹茶ラテを飲みながら腕時計に視線を何度も落とす。


まだかな……?
本日数十回目の言葉を心の中で呟くと、からんからんと来客を告げる音が響いた。

店員が「いらっしゃいませ。」と告げるとほぼ同時に、反射的にナマエは扉に視線を向ける。
そこには、暑くないのかと疑ってしまうほど全身黒味を帯びた格好をしている秀一が立っていた。


「1名様でよろしいですか?」
「いや、人と待ち合わせを……。」


彼の視線が店内を見渡すように動き、すぐにナマエの姿を見つける。
店員に何かを告げて、彼だけが近づいてきた。


「すまない、待たせたか。」
「ううん。平気!」


本当は待ったけど。
だが日頃忙しい秀一がわざわざ時間をつくってくれた中で、そのようなことは言えない。
ナマエはにっこりと微笑んで、隣に座るよう促した。


「もう頼んだ?」
「ああ。」
「そっか。久しぶりだね?」
「悪いな。」
「もう。そーゆー意味で言ったわけじゃないのに!」


申し訳なさそうな表情をする秀一の頬を、細い指先が突く。
こうして顔を合わせ話をし、触れるのは何時ぶりか。
彼の長期任務の影響もあり、なかなかお互いの予定が合わなかったことが原因だ。


「髪切ったのか。」
「あ、分かる? 仕事早く終えられたから、この前切っちゃった!」


それでも腰部にまで届くこの髪は十分長い。
本当に数センチ程度しか切っていないのに、当然のように気付いてくれた相手。
ナマエは嬉しそうにはにかんだ。


「短くはしないのか?」
「うーん……、長い方が纏めて結えるし、アレンジしやすいし好きかなぁ。」
「そうか。」
「秀ちゃんはショートの方が好きなの?」
「いや、そういうわけではない。特にこだわりもないしな。」
「ふぅん? なら、このままでいいや!」


もしも彼が短い方が好みだというのなら、バッサリ切る覚悟はある。
だが違うと言葉を貰い、自分の髪に触れながら手入れを大事にしようと改めて感じていた。
ナマエにとって、昔、彼に綺麗だと褒めてもらったこの髪はなによりも大切なのだ。

そんな他愛のない会話をしていると、店員がコーヒーを運んでくる。
ふわりふわりと湯気が踊っており、同時に芳しい香りが鼻を擽った。


「今日はどうしよっか?」
「おいおい、着いたばかりなのに次の予定か?」
「ふふ、この後の予定立てるくらいいいじゃない!」
「それもそうだな……。」


実は着いたばかりではないナマエの口から自然に出てきてしまった言葉。
秀一は薄らと微笑みながら、どこか冗談めいて言うが、きっと気付いているのだろう。


「どこか行きたいところはあるのか?」
「水族館、どう?」
「水族館……?」
「そ! ちょっと距離あるんだけど。」
「俺は構わないが。」
「ほんと? なら行こ!」


「ほら、ココ!」と、ナマエは嬉しそうな表情でパンフレットを秀一に見せる。
大々的に印刷された水族館名の下には、看板とも言えるのであろう生き物たちが映っている。
ペンギンにアザラシ、イルカといったお馴染みのものから、いつだかから名を馳せたダイオウグソクムシまでいる。
パンフレットの隅には、ウナギが長い胴体を伸ばして存在感を示していた。


「思ったより大きそうだな。」
「うん、まあね。でも平日だし、そこまで人多くないと思うから。」
「そうか。」


残り少ないコーヒーを飲みほして、秀一はそっとナマエの頬に手の甲をあてた。
突然の行為に本人はきょとんと首を傾げている。
不思議そうなその表情に、思わず笑みが零れた。


「変な顔だな。」
「あ、ひどーい!」
「ふ……早速、行くか。」
「うんっ!」


軽く頬を撫でて席から立ち上がる。
会計を素早く済ませ、ナマエと秀一は駐車場へと足を向けた。


――……


目的地到着まで、30分程だった。
車通りの少ない道を選んだのが良かったようだ。

客をおもてなしする巨大な入口から、2人は水族館内へと足を進めた。


「あっ、みてみて!」
「そう声を出さなくても聞こえている。」
「んもー! っほら、ペンギン!」


どうやら2人が入場した時間は、ちょうどペンギンの散歩の時間だったようで。
中に入ってすぐに人だかりがあり、その視線を集めているペンギンの姿があった。
てこてこと前へと進む愛らしい姿に、自然とナマエの頬が緩む。


「かわいーっ!」
「そうだな。」
「写真にとって、真純ちゃんに送ろーっと!」
「脅かすなよ。」
「分かってるよ〜。」


ナマエ自慢の一眼レフを手にして、ペンギン相手に構え始める。
きっと、今夜は真純とこの話で盛り上がることなのだろう。
秀一はそんな光景がすぐに思い描くことができ、柔らかな表情で瞼を閉じた。


「あ〜もう行っちゃう!」
「意外と足が速いものだな。」
「ね〜。」
「後に続くか?」


ペンギンの散歩は想像していたよりもスピーディなもので、あっという間に背中を見せていた。
そんな小さなアイドルたちを追いかける客に続くか否か、秀一が問うとナマエは首を横に振った。


「ううん、他にも見て回りたいしいい。」
「了解した。なら、行くか。」
「はーい!」


ペンギンたちとは逆の方向に足を進める。
幸い、この散歩を目にしたい客が多かったらしく、館内は思いのほか空いていた。

2人は、のんびりと館内に生息している生き物たちを見て回る。
まるでサボテンのような生き物がいたり、暗室にデンキウナギが泳動していたりと、
普段は目にすることのない生物たちにナマエは興奮気味だった。


「こういう暗い場所だからこそ、見えるものもあるのね〜。」


明るい場所で見るよりも、いっそう青々しい世界に漂う魚たちは美しい。
ナマエはそんなことを呟きながら彼らを見つめていた。


「…………。」
「きれー。」


いつになく彼女の瞳は輝いている。
赤井の視線は自然と、ナマエへと向いていた。
なかなか共に過ごす時間が作ってやれないというのに、彼女は文句1つ言わない。
それに甘んじている自分に嫌気がさしながらも、仕方がないと思ってしまう自分もいた。
会うたびに嬉しさと同時に罪悪感に駆られることを、彼女は知らないだろう。

赤井は再度、限られた空間を泳ぐ魚に目を移して、小さく息を吐いた。


「秀ちゃん。」
「ん、どうした?」


ナマエに小さな声で名前を呼ばれる。
秀一、シュウ、秀兄、いろいろ名前の呼ばれ方はあるが、ちゃんなどと付けるのは彼女だけだ。
彼女だけにそう言われるのが心地良くて、未だどこか恥ずかしい。

秀一はまたナマエへと視線を落とした。


「今日はありがと、連れて来てくれて。」
「なんだ、急に。」
「ううん。一緒に居られるだけでも嬉しいのに、こうやって外出してデートできるのがもっと嬉しいの。」
「ナマエ、」
「私のために時間作ってくれてありがとう。」


何を、言うのだろうか。当然だというのに。
むしろ職業柄、ナマエを十分に満足させてあげられない自分が、今回誘ってくれたことを感謝するべきなのに。
この女は本当に……。


「馬鹿だな、」
「ええっ!? なあに、それ?」
「お前は馬鹿な女だと言ったんだ。」
「ひどーい!」


頬を膨らませてこちらを睨みあげる彼女に、ただ愛しさしか感じない。
秀一は膨れた頬にそっと手を伸ばして優しげに撫でた。


「礼を言うのはこちらのほうだ。」
「?」
「…………。」
「変な秀ちゃん。私がお礼言ったのにどうして秀ちゃんまでお礼?」
「……分からないならいい。」
「えー? 分からないから教えてよ!」
「そのうち分からせてやる。」
「なにそれ!」


口で言うのはどうにも照れくさい。
いい年になって初々しさが出てくるなど、と秀一は自分に笑う。

未だ納得がいかない表情の彼女にそっと顔を近づけて、リップ音を鳴らした。
突然の出来事にナマエは目を大きく丸め、何度も瞬きを繰り返す。
次第に、顔が羞恥に染まっていくのが暗い空間でもよく分かった。


「ば、バカっ!」
「酷い言われようだな。」
「こっ、ここ、どこだと思って……!」


幸い、人はいない。


「問題ないだろう。」
「大ありですー! んもー、信じられない!」
「そう膨れるな。」
「秀ちゃんのバカー!」


静かな空間に彼女の羞恥に染まった声が響き、秀一はもう一度その口を塞いだ。


「…………。」
「…………。」
「……ばか、」
「お前のことになるとな。」


さて、この後はどうしようか。
秀一はナマエの瞼に口付けて、今夜の予定を立て始めた。


.
地元の水族館とかしょぼかったイメージしかない。
きっと時期が悪かったんだと思いたい。今行けば楽しいはず。

と、いう話を随分前にフォロワー様とした(笑)
かなり前に書いていた作品をようやくUP!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -