D.C | ナノ

Origin.


開閉を愛でる


このデスクに腰を下ろすのはいったいどれだけ久々なことか。
ナマエは大きく息を吐きながら背もたれに身体を預けた。
天井を見上げれば、蛍光灯が切れそうになっているのに気付く。


「(まったく、交換しときなさいよ。)」


ここをどこだと思っているんだか。
ナマエは周囲に誰もいないのをいいことに、懐からタバコを取り出して火をつけた。
薄暗い部屋に、白煙が舞い上がる。

1年と半年。
ナマエがこのデスクを空けていた時期がまさにちょうどそれだった。
仕事の一環でとある裏組織に諜報員として探りを入れていたのだ。
それも、今日の突入ですべてが終わった。これでやっと一息つける。


「私はもう、仕事終えたわよばーか。」


悪態を吐く先には、随分前から空席になっているデスク。
他のデスクに比べて置いてある書類も少なく、使用者がいないことが窺える。

それもそのはず。
本来、座しているべき人物は数年前から潜入捜査を行っているのだから。
しかも、ナマエが受け持ったものよりも遥かに危険な仕事。

いつ終わるかもわからない、果てしのない仕事。
彼がそれに就いている間に、自分はいくつ事件を解決したのか。
白煙を吐き出しながらナマエは瞼を閉じた。


「次の仕事までに終わってないと殺す。」
「それは困ったな。」


いるはずのない気配。
いるはずのない男。

聞こえるはずのない声に、ナマエははっと閉じたばかりの瞼を開く。
切れかけた蛍光灯を隠すように、そこには薄く笑みを浮かべた男がいた。


「……降谷?」
「なんだ、名前まで忘れる程歳くったのか?」
「降谷だ。その言い方は降谷だ。」
「言い方で判断されるのはどうにも癪だな。」


確かに目の前にいる男は、危険な組織に潜入捜査しているはずの降谷零。
だが何故ここにいるのか。この場に戻ってくるのはあまりにもリスクが高いはずなのに。


「なに、失敗した?」
「そんなわけないだろ。」
「じゃあどうしてここにいるの。しかもこんな夜更けに。」


失敗しても生きて帰ってこれただけ十分マシだ。
そう思いながらからかうように言ったナマエに、降谷は鼻で笑って返す。

彼は、自分のデスクではなくナマエの隣にある椅子へと腰を下ろした。
そして眉を寄せて、ナマエの咥えていたタバコを回収する。


「禁煙なんだから守れ。」
「誰もいないんだからいいじゃない?」
「俺がいる。」
「タバコ嫌いだっけ?」
「そう言う問題じゃない。」
「あっそ。」


吸いたてのタバコが十分に使われることなく消される。
ぐちゃりと歪められる様子を視界に入れながら、ナマエは改めて質問をした。


「で? なんでこんな時間にいるの。」
「お前の任務が終わったと聞いて、だ。」
「へー祝いの言葉でくれるの?」
「欲しいならくれてやるが、欲しいのか?」
「ぜーんぜん。言葉よりお金ちょうだいよ。」
「上に請求しろ。」
「けち。」


こうして会話するのは果たして何年振りか。
例え長期の任務中であっても、お互いの生存確認は勿論できている。
だが任務任務で顔を合わせることはおろか、声を聞くことさえなかった。
久々に聞く彼の声は、なんとなく以前よりも高い気がした。


「で、なんで?」
「言っただろ。お前の任務が無事終了したと報告を受けたからだと。」


馬鹿なのか、お前は。
まるでそんな言葉が聞こえそうな声色に、ナマエはじとっと降谷を横目で見る。


「そーじゃなくて、それのどこがここに来る理由なのかって聞いてるの。」


降谷の今回の対象はそう甘い相手ではない。
一瞬の油断が命取りになるほどの駆け引きが常に隣接しているといってもいい。

そんな中で、わざわざ危険を冒してまでこんな場所に来たのだ。
それ相応の理由があるはず。

ナマエは脚を組んで、頬杖を突きながら降谷に視線を向けたまま再度相当訊ねた。
すると、降谷は不満そうに眉間に眉を寄せて、大げさな程深々と溜め息を吐いた。


「理由が必要か? お前に会いに来るのに。」
「…………。」


思わずころっといってしまいそうな発言。
だがナマエは未だジト目を降谷に向けていた。


「それだけ?」
「元々は中間報告を出しにな。」
「メールでいいじゃない。」
「……。」
「降谷?」


まさか、所持している端末が壊されたのだろうか。
それともバレそうに……?


「お前、可愛げなくなったな。」
「……すっごい余計なお世話なんだけど。」
「ふん。少しは俺が顔を出しに来たんだから喜ぶなりなんなりしとけ。」
「喜んでるよ。わーうれしー。」
「…………。」
「…………。」


どうしようもない空気が流れた途端、ナマエの頭上にあった電気が遂に切れた。
元々、一列分しか点けていなかったため、部屋が更に暗くなる。


「……怪我したと聞いた。」
「おかしいな。そのことはウチの班しかしらないはずなんだけど。」
「口が軽いな。すぐに連絡寄越してきたぞ。」
「説教してもらうよう上に掛け合うわ。」
「で。無事なのか。」
「無事じゃなかったらここいないってーの。」


平然を装うナマエに、降谷は顔を顰める。
まるで対象者を観察するような眼差しを感じ、ナマエは肩をすくめた。


「ちょっと、なに。それとも怪我して欲しかった?」
「冗談は顔だけにしとけ。」
「女性に言う言葉じゃないわ。」


また、背もたれによりかかる。
もう点かなくなった蛍光灯を見つめながら、明日にでも事務に伝えなければとナマエの思考が働く。

すると隣席に座っていた降谷が立ち上がり、ナマエの足元に膝をついた。
視界の隅で動く彼に、当然ナマエの視線が向けられると同時に、鋭い痛みは走る。


「ッ!!」
「なるほど。太腿と足首に一発ずつか。ドジだな。」


声を押し殺して痛みに耐えている中で、降谷の声が耳を通る。
ナマエは顔を引き攣らせながら負傷していないほうの足で彼の顔面を蹴ろうとする。
だがそれは容易く彼の手に掴まり、ゆっくりとした動作で床に降ろされた。


「足癖悪いぞ。」
「降谷あんたねぇ、怪我してるの分かってて触らないで!」
「俺の質問に答えないから直に確認しただけだろ。」
「悪びれもなく言うことじゃないよね。」


未だにじんじんと足が痛む。
2時間ほど前にようやく止血がすんだというのに。
また流れ出てでもしたらどうしてくれるのか。


「歩けるのか。」
「一応ね。もう片足は問題ないし。」
「最後に油断したな。」
「きちんと気絶させたはずなのに。」
「鍛え直しておけ。」
「はいはい。」


適当な返事を返しながら、ナマエはそれでも降谷の言うことはもっともだと受け止めていた。
どんな状況下でも油断は命取り。そのような任務を行ってるのだ。
死にたくなければ、気を抜いてはいけない。


「降谷。」
「なんだ。」
「早く終わらせなさいよ。」
「言われなくても。」
「誰狙ってんの。」
「なに?」


短い言葉を重ねあわせていく中で、ふと降谷の動きが止まった。


「あんた、対象間違えてないでしょうね。」
「……なんのことだ。」
「現状伺ったら、死んだ男のことしか耳にしないんだけど?」
「ウチの連中も口が軽い奴が多いみたいだな。」
「しっかり指導しときなさいよ。」
「ふん、余計なお世話だ。」


降谷の顔が険しくなる。
纏う空気も、小ばかにするようだった目付きも全てががらりと。


「気持ちわかるけど、ヘマしないでよね。」
「……当然だろ。」
「追い出す相手も、追いかける相手も、私たちは一緒なんだから。」
「…………。」
「それだけ、あんたに言いたかった。」
「…………。」


途端に沈黙が流れる。
どことなく重く、悲しい空気。
それでもどこか鋭くて、まるで暗闇の中でナイフが光っているように思えた。

ナマエはそんな空気を壊すかのように、大きく息を吐く。
そして上体を反らして、身を伸ばした。


「あーあ、お腹すいた!」
「何を言うかと思ったら次はそれか。」
「当然でしょ? 私、朝から何も口にしてないの。」
「で?」
「こんな足じゃ料理もしたくないなー。」
「で?」
「美味しいフレンチあたりがいいわ。」
「で。」
「連れてってちょーだい、安室透さん?」


冷ややかな降谷の言葉に同時もせずに、ナマエは初めてここで笑みを浮かべた。
口角を上げ、未だ険しい顔つきの彼を見る。


「……ふん。」


すると鼻で笑われて返された。
降谷は椅子から再度立ち上がり、一度瞼を閉じたかと思うと、次の瞬間にっこりと笑顔を浮かべる。


「それじゃ行きましょうか。僕お勧めのレストランへ。」
「うわ、これは……。」


久々に会って声が高く感じたのは、このキャラのせいなのか。
ナマエは隠すこともなく顔を歪めながら、それでも差し出された手を握った。


「車、壊れたとか聞いたけど。」
「大丈夫ですよ、もうピカピカです。」
「じゃなきゃ乗らないわよ。」
「ナマエさんは僕の車好きですね。」
「車がね。」
「照れ隠しも可愛らしい。」
「ねえやっぱりそれ止めて。」
「なんのことですか?」
「気持ち悪い。」
「お前がやれと言ったんだろ。」
「そっちもむかつくけど、安室の方が腹立つからそっちで。」
「まったく、我が儘は直らないのか。」
「降谷の挑発的なその口調に比べればマシだと自負してる。」
「ふん。」


電気を消す瞬間、先程切れた蛍光灯が一瞬光ったような気がした。


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うちの降谷は口が悪いけど、相手によって対応変わると思う
(降谷×気の合う同期)といったところでしょうか

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