5周年記念 | ナノ

隣を望みます


からんころん、と少し陽気なベルの鐘が響く。
その度に店内にいる人はその方角を向いて口を開く。口元に笑みを浮かべて。


「いらっしゃいませ。」


そうして大切なお客を迎え入れ、今日担当していた安室は席へと目線で案内した。
客はそのまま指定された席に座って、頬杖をついた。


「ケーキセット、お願いします。」
「はい。」


短い簡単なやり取り。
それ以降、口を開くことなく時間が流れた。


「そういえば。」


安室が他の客の相手を終え、カウンターに戻ってきた際それを告げた。
客であるなまえは傾けていたティーカップをコースターに戻して小首をかしげる。


「昨日、お客様が教えてくださったのですが。」
「ええ。」
「近所の植物園がリニューアルオープンしたらしいですよ。」
「そうなんですか? 安室さんはそこへ行かれたことは?」
「残念ながら一度も。近いうちにでも、行こうと考えてはいるんです。」
「ふふ、」


突然笑い出したなまえに、安室はきょとんと眼を瞬かせた。
ばかにしたわけではないとなまえは首を横に振りながら伝えて、落ち着いたときに唇を開ける。


「安室さんに植物園、お似合いだなと思って。」
「……そうですか?」
「ええ。」
「ほ、本当にそう思ってます?」
「安室さんには、お似合いだと心から思っておりますよ。」
「……なまえにも、お似合いかと。」
「ふふ、ありがとうございます。嬉しいです。」
「……。」


微笑むなまえに反して、安室は細い眉を下げて肩をすくめた。
どうやら今の状況ではこれ以上何も言えないらしい。

――そうして、翌日へと時は経過した。
リニューアルオープンを掲げた巨大な門へ近づく華奢な影が一つ。
そこへ合わせるように、一台の白車が彼女の真横に停車した。


「こんにちは、なまえさん。」
「こんにちは、安室さん。もしかして安室さんもここに?」
「昨日のお話をしたら、なんとなく来たくなって。」
「一緒ですね。」


薄っすらと微笑みを浮かべ合う。


「よければ一緒に回りませんか?」
「よろしいのですか?」
「もちろん。さ、どうぞ。」


一度運転席から降り、なまえのためにと扉を開けて再び車は動く。
植物園の駐車場へと向かって、休日ゆえに混んでいる駐車枠を探してそこへと停める。
丁度、奥の柱に隠れた一枠に停められた。


「すみません、歩いて行った方が早かったですね。」
「いいえ。一緒に空いている場所探すのも楽しかったですよ。」
「そうですか。……ところでなまえさん。」
「はい。」


安室は一度彼女の名前を呼ぶと、ため息をついた。
普段は大きく万人受けするような笑みを見せるその顔も、今は打って変わって呆れたような表情だ。


「なぜポアロに来るんだ。」
「あら、いけませんでした?」
「誰が見ているかも分からないと何度言ったらわかる。」
「来るな、とは言われていませんもの。」
「……。」


居心地が悪そうに安室もとい降谷は口を閉ざす。


「なまえ、あまり目立つ行動はとるなよ。」
「貴方が私を乗せてくれた時点で、ある意味目立っているかと。」
「……ずいぶんと口が達者になったな。」
「なんだか鍛えられちゃったみたいですよ。どこかの、誰かさんのせいで。」
「……。」


再び、狭い空間にため息があふれ出た。
なまえはくすりと口元に手を当てる。


「意地悪でした?」
「いや、いい……さ、行くか。」
「よろしいのですか。」
「?」


鍵を開け、ドアノブに手をそえるとなまえの不安げな声が聞こえた。
降谷は急にどうしたと彼女の表情を窺う。


「なんだ、突然。」
「私、貴方と一緒にいても、大丈夫ですか。」
「……。」


ドアノブにそえていた手を放し、そのまま褐色はなまえの頬へと動かす。
ぴくりと震えるその身を愛おしむように降谷の口角は自然と吊り上がる。


「バカか、お前は。」
「だって」
「……呼べ。俺の名前を。」
「……。」
「かまわない。この空間だけなら。」


自分の現状を話していないのに。
それでも悟って無理をする彼女に降谷は笑みを抑えきれなかった。
幾ばくの月日が経とうとも、こういうところは変わらないのだとどこか安堵する。


「なまえ。」
「……良いのですか。」
「そう言っているだろ。しつこいぞ。」
「……貴方も大概、意地が悪くなりましたね。零。」
「お前に言われたくはないさ。」


細眉を上げて今日一番の口角を上げれば、降谷は微笑みを取り戻したなまえに顔を近づける。
艶やかな肌を味わうようにそっと額を重ねた。


「かおが、ちかい……。」
「端正な顔を近くで見れて光栄だろ。」
「……、自意識過剰よ。」


ほんのりと赤みがさした顔に、降谷は笑みを抑えることはできない。


「なまえ。」
「はい。」
「お前は変わるなよ。黙って、ここに居ろ。」
「零が望んでくれる限り。」
「……なら、一生だな。」


ふっくらとしたその唇に軽く押し当てて、身を離す。


「行きましょうか、なまえさん。」
「……ええ、そうですね。」


なんと愛らしいことか。


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もみ子様リクエスト「邂逅を願います」シリーズにて番外編でした
もうね、好き。安室氏かつ降谷氏好き
書き手としては楽しいが、読み手としては分かりづらいでしょうかね?この二面性

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