5周年記念 | ナノ

愛すべき親友の愛らしき宝物


世界が落ち着くことはなくて。
私の心が安定することもなくて。
いつだって、彼への想いに心が躍ると同時に、彼女への罪悪感で心が冷たくなる。

けれど、そんな私を許してくれる存在は確かにあった。


「ねえ、聞いてるの?」
「う、うん。聞いてます……。」


高級そうな茶葉で作られた紅茶を口に含みながら、ちょっと緊張してしまうのは仕方がないだろう。
目の前には、美しい茶色を輝かせた短髪の少女がいた。名前は、灰原哀。
この名前は知らないけれど、彼女の口から自分は『宮野志保』であることを告げられた。
薄々、この子と出会ったときから似ているとは思っていたけど、まさか小さくなるなんてファンタジーは予想してなかった……。

それにしてもか、可愛い……でも、ちょっとクール過ぎて私が萎縮しちゃう。
今日は隣に安心できる赤井くんもいなければ、甘えられる白猫も居ない。
彼女と二人のティータイムなのだ。


「だ、だから……。」
「ん、明美の話だよね。」
「貴女が嫌じゃなければの話よ。別に無理に傷穴穿り返そうなんて思ってないから。」
「傷なんて何もないよ、明美との思い出に物騒なもの――ないから。」
「……そう、貴女も少しは成長したのね。」
「あはは。」


彼女は許してくれた。
私の過ちを。彼女たちへの裏切りを。
そのうえで彼女はこうして仲良くしてくれている。
時々、照れたように視線を外す姿が明美と酷似していて、愛らしかった。


「って言っても、何から話せばいいのか。」
「なんでもいいわよ……お姉ちゃんのことなら。」


彼女は普段、どうにも人を寄せ付けない空気を纏っている。
見た目が小学生だから、本来の年齢の態度が出て、尚更そう見えるのだとは思う。
ただそんな彼女が、明美のことを考えるときだけ、とても相応の表情を露わにするのだ。


「ちょっと、何笑ってるわけ?」
「え、ああ、ごめん。きっと明美も嬉しいだろうなって。」
「え?」


ああ、明美。
貴女の愛する妹は、貴女のことを今だって大切に思ってるみたい……。


「明美、よく哀ちゃんの話してたの。」
「私の……?」
「うん。自分にはよくできた妹がいるんだって。」


思えば、明美の生活にはいつも哀ちゃんが背後にいた。


「明美はよく、貴女が選んでくれたっていう洋服きてたよ。」
「え、」
「大学進学したお祝いで出かけた時も、髪切った後のお披露目の時も、初めて彼氏とデートに行くときも。」
「ちょ、ちょっと、私そんなに服なんて選んでないわよ。」
「『お姉ちゃんにはこっちの方が似合う』」
「!」


ああ、懐かしい。今でもすぐに明白に思い出せる。
あの日彼女と一緒に、諸星くんとのデート服を選んでいたんだ。


「あれはお姉ちゃんが洋服の写真ばかり送ってくるから……。」
「哀ちゃんに着てほしくて送ってたのよ。」
「私はあんな服着ないわ。お姉ちゃんにこそ似合うんだもの。」
「でも明美は、哀ちゃんに着てほしかったみたい。確か洋服も何着か送ったことあるって、言ってたけど。」
「ええ。確かに届いたわ。でも、……。」
「もしかして、着てないの?」


もったいない。


「お姉ちゃんの選ぶ服は、」
「ん?」
「……。」


なにやら少し言いづらそうである。
なんだろう、と気になるのはもう仕方がないことだ。
じっと彼女の口が開くのを待っていると、見る見るうちに彼女の頬が赤く染まる。


「か、可愛すぎて……。」
「……え?」
「だから、可愛すぎて着れないのよ! 私にはやっぱり似合わないし……。」
「えぇえ、それで着てないの?」
「悪かったわね……。」


明美ぃ、この子、可愛い!!


「どうして2人が頻繁に会えないのか、理由は分からないけどさ。」


ふと、明美の部屋を思い出す。


「貴女に送るもの、たくさんあったのよ。」
「私に……?」
「ええ。一緒にどこか行くたび、哀ちゃんにあげようってたくさん買ってね。」
「……。」


しんと静まり返る。
どうやったって、彼女のことを思い出して笑いだけでなんてすまない。
それだけ宮野明美は、私にとっても哀ちゃんにとってもかけがえのない存在。


「まだとってある? 明美からもらった服。」
「捨ててなんていないけど……。」
「じゃ、哀ちゃんが元に戻ったら一緒に明美のお墓参り行こう。その服着て。」
「お墓の前で着るような服じゃないわ。」
「ならスーツにする? 明美は喜ばないと思うけどなぁ。」


ま、哀ちゃんが来てくれた時点で、きっと喜んでいるんだけどね。
哀ちゃんは言葉を噤んだまま静かに頷いてくれた。


「で、そのあとは一緒にご飯行こう。美味しいお店あるの。」
「お姉ちゃんと行った?」
「そう。きっと哀ちゃんも喜ぶと思うからさ。」
「……。」


あれ、無言で立ち上がっちゃった。
あれ、私もしかして地雷ふんじゃった?


「え、えと哀ちゃん……。」
「志保でいいわ。」
「え?」
「ただしこの家でだけよ。他は盗聴器が仕掛けられてる恐れがあるから。」
「へ?」
「ここでは志保。それ以外、返事しないから。」
「んん?!」


颯爽と背中を向けてキッチン方面へと姿を消す小さな背中を見つめる。
……どうやら、地雷を踏んだわけではないらしい。
ゆるゆると口元が緩んだ。

手に持っていたもはや空のカップをもってその背中を追いかける。


「待って、志保ちゃん! 私も手伝うから!!」


ポケットに入れていた携帯の振動を無視した。
今だけはもう少し彼女との時間を堪能させてほしいから――ごめんね、赤井くん。


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裕子様リクエスト「いつか終わる恋」で哀に明美との思い出話を強請られ仲良くなる話
灰原氏と出会ってからそれなりに経った後をイメージして執筆
最後の携帯の振動は、赤井氏からの早く戻ってこいメールです

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