5周年記念 | ナノ

白黒の衣装に身を包み


一歩踏み出すたびに微かに沈む弾力のある床。外国製の絨毯を踏み始めた時には、何とも言えない高揚感と罪悪感に見舞われた。
大きな窓ガラスはカーテンで閉ざさない限り広大な外の景色を映す。巨大な噴水、石造で造られたこの屋敷の主の姿。いかに豪邸であるかがそれだけでも窺えた。


「なまえ、次こっちお願い!」
「はーいはい。」


そんな豪邸で呼び止められたのはなまえだ。だがその背中には命綱ともいえる武器、長槍の存在はなかった。動きやすさを重視した深いスリットの入った衣類も身に纏っていない。
今彼女が身に纏っていたのは、白と黒で統一された衣装だった。胸元は黒い生地で隠されており、膨らみを際立たせるように動くたびに白のレースが揺れ動く。足元も同様、身近なスカートが何度も波打っていた。


「動きづらい……。」


まさに彼女の漏らした言葉が全てになる。


「なまえ、当日ってココどうするんだっけ。」
「えぇ……確か、主人が挨拶したら後方に行ってグラスの回収と配布じゃなかった?」
「あぁ! そう言ってた! メイド長、怖いから聞けないんだよね。ありがとう!」


メイド――そう、なまえは今、メイドの衣類に身を包み、まさにメイドたる仕事に打ち込んでいた。なぜこんなことに、と自分の『あの時』の発言を微かに後悔していた。

時は5日前にさかのぼる。ファイザバード沼野を超えてイル・ファンへ行く目標を持っていたなまえたち。シャン・ドゥにてユルゲンスからワイバーンを借りたが、突如として魔物からの襲撃に遭った。墜落した先は、カラハ・シャールだった。
ワイバーンの治療が終わるまでと一時の休息を味わっていたなまえたちだったが、ローエンがドロッセルの様子がおかしいことに気付く。

なんでもシャール家の家宝がなくなったらしい。ローエンは心当たりがあると、とある名家に潜入をすることを決意していた。なまえたちを巻き込まないようにと水面下で動いていたが、ジュードとなまえが目敏くこれに気付く。


「僕たちも協力するよ。」
「休んだままっていうのは、身体に悪いし。じじ様の手助けさせて。ドロッセルさんにも、恩を返したい。」
「ジュードさん、なまえさん……ありがとうございます。」


そうして3人は名家への潜入を実行した。数日後に行われる園遊会のために人手を欲していたその家は、ローエンの見事な執事技術を称賛し、受け入れてくれた。ジュードとローエン、そしてなまえの3人は、屋敷に仕える従者として園遊会のために働いていたのだ。


「だからって、なんでメイド服。動きづらい。」


はぁ、と思わずため息が零れる。同じ仕事仲間とはすぐ打ち解けたものの、盗まれた家宝の所在は未だ明らかにされていなかった。時折、ローエンとジュードと合流しては情報を交換し合うが、まだその量は不足気味であった。

そして、なまえの中にはもう1つだけ。懸念している事項があった。


「ねえねえ、ジュード! これ一緒に運んでくれない?」
「終わったら休憩しましょ!」
「ちょっとコレ私たちの仕事よ〜? もう、ありがとねっ!」


これだ。


「え、えっとどこに運べば……あ、この仕事は僕がやっておきますよ。休憩はもう少し後でもらいますね。ありがとうございます。」
「きゃーっ!!」
「も〜可愛い!!」
「……。」


この、ジュードの人気ようだ。
彼の外見、中身共に大人気だ。特に年上の女性たちからは必ずといってもいいほど声をかける。あのメイド長ですら「あらぁ、ジュード君。どうしたのかしら?」などと菩薩並みの笑顔を浮かべているのだ。なまえは思わずむっと唇を尖らせた。


「今日も可愛い……。」
「いや、顔怖いけど。」
「あれ、まだいたの?」
「いたよ!?」


なまえへと質問を投げかけていた女性は鋭い突っ込みを入れる。


「しかしまぁ、ジュードの人気凄いね。さすがだね。」
「私の天使なんだけどなぁ。」
「そういえばなまえって、ジュードとスペシャルおじ様と一緒に他所からきたんだもんね。」
「スペシャルおじ様ってなにそれ。」
「何でもそつなくこなすって、この屋敷で評判になってるわよ。確か……ローエンさん、だったよね。」


ジュードも、ローエンも、共に上手くやれているようだ。なまえも含め3人の働きは上々で、休憩時間中に屋敷内を探索しても怪しい目では見られていなかった。とはいえ、歩くたびにジュードは必ず女性に捕まっているのだが……。


「なんか面白くないなぁ、」
「あ! もしかして、なまえってジュードのこと好きなの〜?」
「好きだけど?」
「え!?」
「可愛いよね、国宝級だよね、天使だよ。どこぞの女性よりも可愛いよ。」
「……あれ、なまえってそういうキャラだったっけ?」


ぽかん、とする女性の横から、他の人物が姿を現した。ジュードと同じ服装を身に纏っている青年だ。青年は人のよさそうな笑みを浮かべてなまえへと声をかけた。


「なまえさん、これから休憩どう?」
「あら、お疲れさま。貴方もこれからなんだ?」
「そうそう。だからなまえさんと一緒にと思って。」
「オレも一緒にいいっスか!?」
「ま、ジュードの人気並みになまえも人気だけどね……。」


気付けばなまえの周りにも人が集う。男性が数人、中には隣にいた女性の他にもいつの間にやら同性の仕事仲間が集まっていた。彼らはみな、これから昼食の休憩に入るところだという。なまえもまだだったため、快く頷こうとしていた。


「なまえさんっ!!」


その集団の中をかき分けて、黒い影がにょっと顔を出す。どこか焦ったような声色に視線を向けると、声の主はジュードだった。まだ成長期を迎えていない高音がなまえの耳に届き、視野に彼の姿が入る。


「ジュード君! どうしたの?」
「え、えっと、……ご飯まだだったら、一緒にと思って……。」


遠方から男たちに囲まれているなまえの姿を見て、ジュードは焦っていた。自分が女性に声をかけられていることは自覚しており、なまえにも何度か茶々を入れられたことがある。だがそのなまえは、自分が男性の視線を集めていることには気づいていないのだ。こればかりはジュードも焦り、彼女が離れないようにと勇気を振りぼしたのが現在。


「もちろん、ジュード君のお誘いなら断れないよ〜行こ?」
「う、うんっ!」


なまえは勧誘してきた男性たちに謝罪の言葉を告げて、ジュードと共にホールから立ち去る。残念そうな声色が一斉に聞こえてきた。


「嬉しいなぁ、ジュード君とご飯食べるの一昨日ぶりじゃない?」
「だってなまえさん、他の人と食べちゃうから……。」
「あらら、そんなこと言ったらジュード君だって、他のキレイなお姉さま方と仲良くしてたじゃない?」
「こ、声かけられたら対応しなくっちゃ! 別にやましい気持ちなんてないからね!?」
「ふふっ、なーにをそんなに焦ってるの。可愛いなぁ、もう。」


なまえはジュードの頭に軽く手を置き、その艶のある髪の毛を一房摘まんだ。途端に顔を真っ赤に染め上げるその反応に愛らしさを噛み締めていた。少し俯いているジュードの口から、ポツリと何かが聞こえてくる。


「……だって、」
「え? ごめん、聞こえなかった。どうしたの?」
「……なまえさんだって、か、かわ……可愛いよっ!!」
「……。」


しーん、と2人の間に無言が流れる。幸いなことに廊下には人が居らず、ジュードのこと言葉に反応して誰かが顔を覗かせることもなかった。自分が何を言ったのか自覚したジュードはみるみる元々赤かったそれを更に熟成させる。


「〜〜っ!」
「……ジュード君の方が可愛いな、これは。」
「っもう!! なまえさんの方が可愛いよ、その、ふ、服だってよく似合ってるし……!」
「あら、ありがとう。さすがに動きづらいけどね。」
「だ、だから他の人が寄って……寄ってきちゃうんだよ。」


足を止めたジュードに、なまえもまたその歩を止めた。


「どうしたの、ジュード君。」
「……なんか、作戦のためって分かってても、なまえさんが、」
「私が?」
「なまえさんが囲まれてるの……なんだか、嫌なんだ……。」
「……。」


なまえは目を瞬かせた。気まずそうに指先を絡めてジュードは俯いている。いつになく素直なその感情を露わにしたジュードに、思わず笑みが零れる。それに勿論、俯いているジュードは気づきそうにない。なまえはそっと、どこか華奢な身体を抱きしめた。


「っなまえさん!?」
「かーわーいい!!」
「えっ、ちょっとなまえさん!?」
「もう、お姉さんはちゃんとジュード君のところに戻ってくるからね。」


身体を強く抱きしめたまま、なまえはジュードの頭を撫でた。さらりとした髪質が心地良い。ジュードもまた同様な感情を抱いているのか、瞼を閉じて身を預けていた。

そんな2人だけの空間は、遠方から近づく足音に気付くまで静かに流れていた。


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もけ様より、連載夢主にてエクシリアドラマCDのストーリーに参加していたらでした。
今回は共にストーリーを進行するというよりは、閑話を意識してみました。
もちろん、メイド服ということなので……のCDですね(笑)

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