その日のポアロは盛り上がっていた。この喫茶でアルバイトをしている安室にみんなの視線が向いている。
視線が向いているのは正直な話、今に始まったことではない。だがおかしい。
何がおかしいって――
「で、僕が彼女を振り回したのにもかかわらず、なまえさんは『安室さん、お優しいんですね』って!」
「へぇ〜素敵〜!!」
「語尾に感じた熱情はやっぱり間違いなかったみたいですね!」
「ね、ね、他にはないんですか?」
この会話である。
どこをとってもおかしい。
何の罰ゲームなのだろうか。
「ちょっと、安室さん。」
「はい?」
「いい加減その口縫い殺しますよ。」
「あはは、もうなまえさんてば照れる気持ちは分かりますけど、口が悪いですよ。」
「誰が照れてるって言ってるんですか、誰が。」
「ふふ、またまたぁ。」
思わず手に力がこもる。「まあまあ、」と宥めてくる梓ちゃん可愛いけど今は同罪だ。
何が恥ずかしくて、この変態気質の男から赤裸々に私のエピソードが語られなければならないのか。
しかも
「その時の微笑みが、印象的だったんですよね。」
「へぇ、」
「どんなふうにですかー?!」
「ふふ、君たちには分からないだろうけど、胸を貫かれた感じがしたんだ。」
「すっごーい!」
「胸貫かれたのか!? ねーちゃんの笑顔ってすげーんだな!!」
「いや、元太くん、たとえですから、たとえ。」
「へっ、そうなのか!?」
梓ちゃんだけのみならず、なぜ他人にまで暴露しているの。
いつからか目にするようになった少年たちに、近所の高校の女子高生たち。
何故か彼らに安室さんは話をする。
始まりは、女子高校生のうちの1人が「安室さんがそんなに好きになったのって何かキッカケがあったんですか?」という実に余計な一言だった。
もう一度言うと、実に、余計である。
そこから安室さんの私に関する話がつらつらと述べられた。出会いやら何やら包み隠さないものだから、こっちが恥ずかしくなる。
「もしなまえさんに恋人とかいたら、安室さんどうするんですか?」
「どうって……当然奪いますよ。」
「キャーッ、う、奪うの!?」
「さっすが安室さん!」
いや、待って、何がさすがなの?
ねえ梓ちゃんや。
「もちろん物理ではないですよ? 要は自分を好きになってもらえるよう努力すればいいんですから。」
「簡単じゃあないと思いますけど……。」
「でもよぉ、安室の兄ちゃんならできそうだよな……。」
「うん、かっこいいし…何でもできるし…。」
「何でもじゃありませんよ。ただ、それ相応になろうとはしますけどね。」
こら、こっちに向かってウインクするな。
話に加わるわけにもいかず、かといって放置するわけにもいかず。
どうしたらいいのか悩みながら、珈琲に口付ける。
「あ、あとは。」
「まだあるの……?」
見て。安室さん。
眼鏡をかけたボクはもう呆れた表情をしている。
それに気づいて諦めてそろそろ帰って。仕事終わって。アルバイトしなくていいから。
「何を言うんだいコナンくん。さっきのは唯の出会いがしらのエピソードであって、僕がなまえさんに惚れ続けているエピソードはまだ星の数ほどあるよ。」
「うえぇ、止めてください安室さん本当に。切実に。」
「なまえさんのお願いなんて、久々に聞きました……!」
「嬉しそうな表情しないでください、気持ち悪い。」
「あはは、」
もうだめだ。安室さん、重症だ。どうしようもない。
少年の表情を見てほしい。もう知らねーぞオレって顔してるから。
助けてくれる人だれもいないんですけど。
これってどういう罰ゲームなわけ。
「なまえさんのこういう辛辣さだって、僕だから吐いてくれるんだなという、ある意味信頼すら感じていますからね。」
「いや違うんですけど。」
「他人だと気遣って皮被る人もいますが、こうやってなまえさんはすべてをさらけ出してくれている……。」
安室さんは途端に空気を変えてくるから苦手だ。
さっきまで厭らしい笑顔を浮かべていたくせに、今はすごく温かい印象が伝わってくる。
逆に、怖いくらいだった。その変化が。
「僕に気を許してくれているってことでしょう。」
「……違うますけどねぇ。」
「またまたぁ!」
けろり、とほら、今も変わった。
「そんななまえさんが、僕は好きなんですけどね。」
キャーッ、と背後から上がる黄色い声とは対照的に、こちらとしてもはや羞恥心が勝る。
居ても立っても居られずに立ち上がると、梓ちゃんが目を瞬かせた。
「え、もう行っちゃうの?」
「当然でしょう。これ以上居られないって。」
「えぇ? せっかく安室さんから熱烈な愛の言葉聴けるのにぃ?」
「私の知っている熱烈とは程遠いみたいだったので帰ります。」
このままでは、いずれ安室さんから私が標的にされてしまう。
それだけは何が何でも避けたい。若干気疲れした。
梓ちゃんには申し訳ないが帰ろう。珈琲代を置いて席を立てば、からんころんというベルがお疲れと労わってくれた。
後ろから駆け寄ってくる足音がしたのはたった数分後だった。
ふと気になって後ろを振り返ると、エプロンを外した安室さんの姿が。
思わず顔がゆがむと、安室さんに苦笑された。
「そんな顔しないでくださいよ、なまえさん。」
「安室さんがそういう顔にさせているんですけれど。」
「少し意地が悪すぎましたか?」
あれを意地が悪いで片付けるのか。
「こう、なまえさんへの熱が冷めなくって。」
「そろそろ冷めていいですよ。」
「例え冷めたとしても、すぐに再熱しますよ。今度はもっと、高い温度で。」
「……沸点低いんじゃないですか。」
「はは、なまえさん限定で。」
限定、に女が弱いと思ったら大間違いだ。
はいはい、と軽くあしらって再び歩き出すと、隣を安室さんが歩き出した。
やめてくれ、目立つ。
「お送りします。」
「結構です。」
「させてくださいよ。」
「しつこい男は嫌われますよ。」
「押さない男にチャンスは訪れませんから。」
ああ、思わずため息が出る。
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匿名様よりHAS安室で夢主に惚れたエピソードを周りの人に恥ずかしげもなく語る話
エピソードの中身重視ではなく、恥ずかしげもなく語って奮闘する安室氏重視です(笑)