「なまえ、なまえ。」
「なに、レオうるさい。」
「ひ、酷い! いつからなまえはそんな子になったんだ!? おれはそんな子に育てた覚えは」
「育てられた覚えはありません。」
「むう、」
勉強机に向かうなまえの背後で揺れるのはレオだ。
つまらなさそうに頬を膨らませて、早く構えと言わんばかりに先ほどから声をかけていた。
だがなまえはレオのその要望に応えることはなくただただ机上で作業をしていた。
「さっきから何してるんだ?」
「裁縫。」
「裁縫? おまえ、ハマってたっけ。」
「最近ね。」
「ふぅん……。」
なまえのその手元を見つめるレオ。
暫くはお互いに口を開くことはなく静かな時が流れていた。
互いの音色が響かないこの空間をなまえは今心地良く感じていたが、レオはそうではなかったらしい。
再びつまらなさそうに、なまえに声をかける。
「なーあー、お腹すいた。」
「もう少し待って。ていうか今日なんで着たの。」
「暇だから!」
「作曲はどうした。」
「今日は降りないんだなぁ。」
「あそう。」
短い単語のやりとりだけでも、レオは楽しそうだ。
結ってある身近な橙色がさながら尻尾のように揺れている。
「レオ、」
「ん?」
「次のステージの衣装、鬼龍さんも手伝うって聞いたんだけど。」
「お? おまえ、クロとずいぶん仲良くなったんだな! 次って言っても4ヵ月後のステージだけどな!」
「その衣装の手伝いの、さらに手伝い。」
「ん?」
「を、しています。」
「おおお!?」
レオのその瞳はみるみる輝く。ばっと両手を華やかに広げて、その場ではねた。片手に持っていた譜面はひらひらと舞い散る。うち一枚がなまえの手の上に被さった。
「うっちゅ〜〜☆ なまえもついにおれたちの傍に来たか!」
「ちょっと、邪魔しないで。」
「ふんふん、ならば今回の曲について教えてやろう!」
「いりません。」
「イメージをすることは大事だぞ。それを表現するのが歌でありダンスであり衣装なんだ!」
なまえはげっと顔をしかめた。レオのことは勿論嫌いではないが、このスイッチが入ると彼はもう止まらない。
「待ってレオ、ご飯にしようご飯。」
「いいか、まず序盤はスローで始まるぞ。これは――」
ああ、ダメだ。
既に時遅し、レオにブーストがかかり、その口は閉じることを知らなくなった。
なまえは手にかかった譜面を横に置いて、作業を続ける。
真横から覗き込むように、そして熱心に耳元で曲について語るレオの声を少しだけ煩わしく思いつつ、その声色がやはり好きなのだと耳を傾ける。
「で、この節に入ったとたんに爆発するんだ!」
「なにが。」
「宇宙!」
「宇宙爆発したらダメでしょー……。」
「爆発しないと信じているものが爆発するのがいいんだろ!」
「いや、分からない。」
「なまえ〜〜!!」
「そういわれても……。」
第三者視点からすれば、この会話自体が訳の分からないものであるが、それを指摘する人物は残念ながらこの場にはいない。
なまえはふぅと息を吐いて立ち上がった。レオの首も彼女を追うように上へと向く。
「ドーナツあるけど食べる?」
「いいのか?」
「うん。」
レオの胃袋に入ったと知れば、きっと母も喜ぶことであろう。
なまえは勝手にそう考え部屋の扉を開ける。持ってくるつもりでいたために、後ろをついてきたレオに首を傾げた。
「私、持ってくるよ?」
「んや、おれも行く。」
「そう? なら、下で食べよっか。」
「おう。」
先ほどまで熱すぎるほどの熱を放っていたレオは、途端に落ち着く。
「なまえ、」
「ん〜?」
「ライブチケット、受け取ってくれるか。」
「……当然でしょう。」
懐から取り出されたそれ。
きっと、これを渡すためにレオは落ち着きがなかったのだろう。
なまえはそう解釈をして思わず笑みをこぼしてそれを受け取る。
断る理由なんてどこにもないのに。そう思いながら。
「なまえとクロの衣装、着るからな。」
「うん、楽しみに待ってるね。」
「ずっとおれだけに刮目しておけよ。」
「レオは目立つからねぇ、嫌でもわかっちゃうよ。」
「ならよかった〜!」
るんるん気分なのだろう。ステップを踏みながら、家主よりも先にリビングへと突撃する。
ドーナツの入った箱はテーブルにちょこんと置かれており、レオは「開けてい?」と尋ねながら箱を開けた。
「聞いている意味ね。」
「わははは☆ っと、たくさん種類があるぞ?」
「プレーン、抹茶、チーズ、オレンジ、そしてプレーンです。」
「プレーンだけ2個なのかっ!」
「定番だからじゃない?」
なまえは冷蔵庫へと足を進めてお茶を取り出す。
「好きなの食べていいよー。オススメは抹茶、意外と美味しい。」
「なまえが一番好きなのは?」
「抹茶。」
「じゃプレーン。」
「なぜに。」
コップに注がれたお茶が揺らめく。蛍光灯の光を浴びて綺麗に輝いていた。
それをテーブルに置くと、すでにティッシュの上には抹茶とプレーンのドーナツが置いてある。それも、半分ずつ。
「半分こな。」
「はいはい。」
「おっ、コレ美味いぞ!!」
「食べるの早い……。」
さすがいつもお弁当を流し込んで食べる男だ。
なまえは椅子に着席して、のんびりとした動作でドーナツを口に入れた。
まずはプレーンからだ。無難な味わいが舌を落ち着かせる。
「なまえのオススメも美味いな、これどこのだ?」
「駅の裏側にあるファミレスの横にあるよ。小さいけど、老舗。」
「へぇ、」
ぱくぱくと進む口元を見つめて、なまえはレオのお気に召したのだと察する。
「今度、行く?」
「行く!!」
「ん。」
予想通りの反応に、ふっと口元が綻ぶ。
「じゃ、私作業の続きするから。」
「それはダメだっ!!」
「えぇぇ……。」
ドーナツを使った作戦は失敗だったのようだ。
「なまえ、せっかくだから外に行こう。」
「外って、今日寒いんだけど。」
「大丈夫だろ!」
「なにも大丈夫じゃないですー。」
「ホラ、行くぞ行くぞ〜!」
「ちょ、引っ張んないで……!」
月永レオというのは不思議な男である。
振り回される一方だ。けれどそれも心地良い。
なまえは瞼をゆるりと閉じた。
「こけるぞ、なまえ!」
「こけませーん。」
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匿名様より月永夢でシチュ希望なしでした。
安定の連載主で、特に主旨はなくのんびりぼのぼのしていただきました。
こういう日だってあるよね。