5周年記念 | ナノ

芽吹く前の地中


カクン、と傾いたのは橙色のそれ。
いつか額をテーブルにぶつけるのではと冷静に見つめている自分がいる。

――もうすぐ夏が訪れようとしている中、自宅のチャイムがリズムよく鳴らされた。
始めは驚いて何事だと親も驚いていたが、もう慣れた様子で微笑んで迎え入れられたのが、彼だ。


「うっちゅ〜☆ なまえ、遊びに来たぞっ! ……ってアレ? サッチー?」
「おはよう、レオくん♪ なまえなら上よ、あがってあがって!」


いつもありがとう!
などとお礼を言って駆け足で私の部屋までダッシュしてきた。
一体、いつの間に、我が親と仲良くなった……。


「じゃ、ごゆっくりしてね!」
「ん!」


実の子よりもレオの方がどうにも可愛いらしく、出会ったその日から名前で呼び合う仲だ。
というか人の親の名前を『サッチー』と愛称をつけて呼ぶあたり、やはり彼は凄い……。


「で、何用?」
「用はない!」
「だと思ったけど。」


念のため訊ねてみれば、にっこり笑顔で返される。
彼はそのまま鞄の中からまだ何も刻まれていない五線譜とペンを数本取り出す。


「なまえ、何か話してくれ。」
「えぇ、またそれ?」
「些細な会話の中に無数の可能性が隠されているんだ!」
「はいはい、それを見つけたいんでしょう。」
「わはは☆ さっすがなまえだなっ!」


何十回と言われればいやでも覚える。
彼に急かされるままに、とりあえず昨日母親と買い物したら仕事帰りの父親と会って、久々に家族一団で外食した話をした。
そんなオチも何もない、適当な話でもレオは面白そうに頷いてくれる。
意外と、黙っていれば聞き上手なのかもしれない……。


「おれもなまえと飯行きたい!」
「今度ね。」
「ん!」


会話をしている中でも彼のペンは動いていて、譜面に乱雑に何かを書き込んでいる。
音符が出てきていない辺り、曲そのものを作っているわけではないようだ。
作曲のためのネタ――でも考えているのかな?
真っ白だった譜面は、まるで落書き帳のような扱いをされていた。


「んぅ……、」
「どうしたの?」
「…暑い…熱で頭が蒸発して霊感も宙へと散ってしまう……。」
「つまり、」
「冷房を付けてくれ、頼む……。」


部屋の隅に置いてあった扇風機に電源を付けてあげる。
ゆっくりと首が動いて風が運ばれてきた。


「ああああバカッなまえのバカッ!」
「え、なに?」
「飛ぶ! もっと飛んでいく〜!!」
「はぁ?」


どうやら風で蒸気と化した霊感が云々……らしい。


「なまえでも許さないからなッ!」
「でも気持ちいいでしょ、扇風機。」
「うう〜〜……。」
「ね。」
「……気持ちいいけど。」
「じゃ、ちょっと休憩しよう。」


さすがにずっと譜面と向き合っているのも疲れるだろう。
どこかでストップをかけないと、彼は本当に突き進みのめり込むだけだ。


「じゃあ烏龍茶。」
「完全に我が家の飲み物に精通してる……。」
「後、サッチーが後でケーキ買ってきてくれるってさ!」
「なにそれ私知らない。」
「わはははっ☆」


やっとペンを置いたのを確認してから台所へと向かう。
どうやら母親は出かけているらしい――もしやケーキを買いに行ったのだろうか……。
どれだけ好きなんだろう、レオのこと。

冷蔵庫を開ければ、やっぱり烏龍茶しかなかった。
うん、我が家、みんな烏龍茶を何故か飲んでいるから。
実は私が緑茶派とカミングアウトしたら、父も母もどうでもいいと笑っていた。
それはそれで酷い話だ。あ、この話もレオにしてあげよう。


「おまたせー……ん? レオ?」


部屋に戻ると彼は項垂れていた。
どうしたのだろうと、飲み物を置いて顔を覗き込むと、


「あ。寝ているのね。」
「んー……、」


静かな寝息を立てていた。
きっと扇風機の風が気持ちいいんだろうな。
どこか口元が緩んでいて、愛らしさを覚える。

起こす必要もないので、向かいに座って静かに冷たい飲料を口にする。
小型のテレビの電源を付け、すぐに音量を最小まで落とした。
ちょうどよく家族で見ているバラエティー番組の再放送をしているらしい。
ラッキーと思いながらリモコンを置くと、運悪くCMに入ってしまった。

まあ、数十秒待とうと再度コップに口づける。
すると近場の大型ショッピングモールのCMが流れ出す。


「あ。」


小さな音量でもよく聞こえる、テンポの良いBGM。
以前これが好きなのだと彼に告げると、酷く嬉しそうに「そうかそうかっ♪」と反応されたことがあった。
後日、ナルちゃんにその話をすれば「それはそうよ〜、アレ『王さま』の曲なんですもの♪」と返されたのは記憶に新しい。


「これも生まれたら、起用されるのかな。」


まだ音符が何も描かれていない譜面を見つめてふと思う。
きっと、このBGMみたいに大きなところで使われて、皆の耳に入るんだろうなぁ。

――かくん、と再び彼の頭が動いた。
いい加減、額がテーブルに衝突しそうだ。
それはそれで面白そうだから、起きるまでは黙ってテレビでも見ていよう。


「おやすみ、レオ。」
「…んぅ……。」


頭を撫でたいその衝動を抑えながら、そっと譜面が汚れないように纏めてだけおいた。
きっと目が覚めたころには「音楽が消えたっ! なんでななんでだ!?」と大騒ぎするに違いない。


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比良飛鳥様リクエスト、月永でほのぼの甘いお話デシタ
連載夢主で本当にほのぼのしていただきました……アマイ?

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