5周年記念 | ナノ

世界へ拡散するその前に


長い拘束時間から解放してくれる鐘の音は皆の救済者だ。
今日も全ての授業が終えたことを鐘が知らせてくれる。
一斉に立ち上がり、集団でいそいそと立ち去る目的は明白で、今日は私も立ち上がる。


「あれ、もしかしてなまえも遂に来る!?」
「ざーんねん。今日は他の予定があって。」
「なんだ! 来週は絶対に行こうね、なまえの好きな『Knights』出るから!!」
「好きっていうか……。」


知っている『ユニット』が『Knights』だけなのだけれど……。


「じゃあね!」
「また明日―。」


さて。
教室から出てスマホを取り出すと、通知が数件。
どれも同じ人物からで思わず苦笑いしか出てこなかった。


「どれだけせっかちなの。」


それでもどこか愛おしさを覚えて、返事をすぐにする。
すると返信するのが面倒だと言わんばかりに着信の通知が届いた。


「遅くなってごめんね。」
『まったくだ! おれはもう30分も前から待ってるぞ!』
「むしろそっちの方が授業長いはずなんですけど……。」
『気にするなっ☆』


……。
いや、まさか、サボったわけでは、ないよねぇ?


『とりあえず、もう先にいるからヨロシク!』
「は? え、一人で行ってるの?」
『そうだけど? なんだ〜寂しいのかなまえ〜? 迎えに行ってやろうか!』
「結構です。」
『残念残念♪ ま、そーいうことだから早く来いよ。』


それだけの会話で、通話が切れる。
昨日、いつもの場所で落ち合ったときに彼に誘われたのだ。
「明日出かけるぞ!」と。その先が――


「ん〜ふふ〜♪」
「……。」


カラオケ。


「で、何したいの。」
「決まっているだろ、次の曲を作るんだ!」
「何でカラオケ。」
「歌いやすいから?」
「いつもそこら辺で歌っているのに?」
「今日はココの気分!」


どうやら次のライブで発表する予定の作品を作っているらしい。
とはいえ譜面を覗き込むと、ほぼ出来上がっているように見えるけれど……。


「それってまだ完成じゃないの?」
「大枠はできたって感じだな。後はパート分けて実際にアイツらと歌ってから最終調整をする段階だ。」


仕事早いなぁ。


「なら今日は何でカラオケ?」
「パート分けをどうしようか考えようと思ってな!」
「それ、私いる?」
「いるいる!」


「ほいっ!」と渡されたのは勿論カラオケには必須のマイク。
……え、マイク?


「とりあえずなんか歌って?」
「……はい?」
「ホラ、早くっ! この時間が惜しい! この時空の中でどれだけの名曲を作れるか……!! なまえも分かるだろッ!?」
「いや、分からな――」
「じゃこの曲で♪」


待って、待って待って。……え?
リクエストされた曲のイントロが流れ出して、思わずマイクを持つ手に力が入る。
というか何でこの曲?


「う、歌えなかったらどうするの……?」
「なまえは俺の曲歌えるって知ってるから。」
「いや……」
「だろ?」


純粋無垢にもほど近いその瞳で見つめられると弱いの、絶対知ってるでしょ。
思わずため息が出て、それをマイクが拾う。


「さ、気合入れろよ〜☆」


プロと言っても過言ではない相手を隣に、なぜかその人が作った曲を歌わされる私。
ファンが知ったら倒れるだろうが、私には過酷な試練に他ならない。

耳壊れても知らないから。
そう事前に予告だけをして、出だしのピッチに注意して歌い始めた。

――ああ、私がレオの曲歌えるの、なんで知ってるの……。
羞恥心に見舞われながら、隣から感じる視線に冷や汗をかきながら歌う。
メロディーが完全に終えるまで、彼が口を開くことはなかった。


「…………。」
「…………。」
「……おまえ、」
「……。」


隣の部屋からかすかに漏れる声量だけが流れる空間。
ぽつりとレオが口を開いて、ニッと口角を上げた。


「歌へっただなぁ〜♪」
「……。」
「わはははは☆ 意外だ意外ッ! 最初のフレーズ以外、全部半音ズレてるぞっ、なまえは歌がへたっぴだったのか知らなかったなぁ〜!」
「む、むかつく……!!」


わはははは、と笑われると嫌でも怒りがこみ上げる。
マイクをレオに差し出せば、きょとんとした顔で小首をかしげられた。


「次。レオの番。」
「おう、なんでもいいぞー俺の曲ならなッ☆!」


なら、とすぐにリクエストを送信する。


「お、一番最初に起用された曲だ。」


懐かしいなぁ、と嬉しそうにほほ笑むレオのその姿に、怒りが鎮火される。
ああ、私って単純だ……。


「〜♪ ふふーん、このフレーズ、おれのお気に入りなんだよなぁ♪」


――!
ああ、レオの声、きれい……。

やっぱりレオの声は一味違う。
透き通っていて、高音が特に心地良い。
息継ぎすらをも味わいたくなるその全てが、心に浸透してくる。
これが『月永レオ』なんだ……。


「ん〜気持ちいいな☆ どうだった、なまえ?」
「私も、気持ちよかった。」
「最高の誉め言葉だなっ! じゃ、はい。」
「え?」


レオに手渡したマイクが更に私に戻ってくる。
え? 散々ヘタくそと放った相手に渡すモノではないよね。


「言っただろ。パート分けしたいって。コレ楽譜。歌詞も書いてあるから。」
「待ちなさい月永くん。」
「んぁ?」
「初めて見る楽譜、初めて見る歌詞、まったくわからないメロディーに参考音源もなし! 歌えるわけが、ないでしょ……!!」


危うく貴重な譜面をくしゃくしゃにするところだ。
せめて他の面子を呼んでほしい。瀬名さんとかナルちゃんとか。
ていうか『Knights』のメンバーとやることじゃないの、コレって。


「なまえ、」
「なに。」
「おれのこと好きだろ?」


……。


「……好きだけど。」
「おれと一緒だな☆ だから大丈夫だ!」
「まったく意味わからない……。」
「ホラ、ここに音源用意したからやるぞ!」
「もー……。」


こうやって振り回されて一日が過ぎていくんだなぁ。
きっと『Knights』の皆はもっと大変な思いをしているんだな。

なんてことを思いながら、それでもやっぱり彼との共有できる時間は楽しくて。
結局、遅くまで2人でマイクは離さなかった。


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紫音様/月永/「アイドル科の〜」でシチュお任せでした。
連載主で月永氏のお手伝いを無理やりさせられるほのぼのエピソードをお送りしました(笑)

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