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少年との邂逅


ふぅ、と一つ溜息がこぼれた。今日も仕事を終えて職場を立ち去る。
職場の先輩や後輩に挨拶をして、一人いつもの道を進んでいった。
普段であればそのまま自宅に帰宅し、疲れた体を休ませるところだが、今日は家へと向かう曲がり角を逆方向へ。
常連といっても過言ではない、その店へと足を運ぶ。


「あら、いらっしゃい。ナマエ!」
「こんにちは、梓ちゃん。」


愛らしい笑顔に迎えられたのは勿論、喫茶ポアロ。
珍しく高頻度で通っている店である。梓ちゃんが可愛いからね。
そんな彼女が、一番に微笑んだ後、少しだけ眉を下げた。


「残念。」
「なにが?」
「今日は安室さん、お休みなのよ……。」


待て待て。
どうして安室さんがお休みで残念なの。


「むしろ好都合です!」
「またまたぁ〜!」
「梓ちゃん。」
「えぇ? お似合いだと思うんだけどなぁ。」


冗談はよしてよね、とよく座るカウンター席に腰かけた。
店には数名の客がいたが、誰もこちらを気にする様子はない。


「今日はどうするの?」
「ん、カフェラテ。と、パンケーキ。いちごの。」
「ナマエがパンケーキ頼むの珍しい!」
「甘いのがほしい気分なの。お願いできますか、梓さん?」
「もちろんです!」


ぎこちない敬礼をして、梓ちゃんの長髪が揺れる。
何があったわけではないが、今日は疲れた。言葉通り、甘いものがほしい気分なのだ。


「じゃ、今からのんびり作るね!」
「はいはい。のんびーりどうぞ。」
「ふふ、ゆっくりしていってね。」


カバンからスマホを取り出して頬杖を突きながら画面をタップする。
新しくラインのメッセージが来ていた。


「(あ、)」


懐かしい人物からのメッセージに思わず口元が緩む。
そのまま、メッセージの中身を確認しようとしたとき、視界の隅で影が動いた。
思わずそれを目で追ってしまう。


「こんにちは!」
「……こんにちは?」


小さい背でカウタンー席に座ったのは小さな少年だった。
あまりに小さな彼が一人で来るには少し違和感がある……親御さんはいないのかと思わず視線を店内に向けてしまった。


「ボク一人だよ?」
「そう、えらいのね。」
「えへへ。」


まるで疑問を分かっているかのように答えを言われて、少し拍子抜けした。


「お姉さん、いつもポアロにいる人だよね。」
「いつもって言われると暇人みたいだから嫌だなぁ。」
「アハハ、ごめんなさ〜い!」
「でもよく知ってるね。」
「うん! ボクもここにおじさんたちと来るんだ!」


というか小学生にしては可愛い恰好をしている。
青色のジャケットはお似合いだけど、胸元の赤いリボン……いや、蝶ネクタイは中々見ない。
どこか私立小学校に通っているのだろうか。この辺にあったかなぁ。


「あら、コナンくんじゃない。いらっしゃい!」
「こんにちは!」
「知り合い?」


カフェラテを置きながら、梓ちゃんが小さく頷いた。


「毛利探偵と一緒に住んでいるコナン君よ。」
「ふぅん、」
「ボク、江戸川コナン。よろしくね!」


エドガワ、コナン……?
またユニークな名前だ。というか苗字が仰々しい。
どこかのお坊ちゃまであろうか。そう思われても仕方がないと思うわ。


「お姉さんは?」
「……。」


というか、この少年、馴れ馴れしすぎない?
今時の子はこんなにズケズケ入ってくるの?
私には無理だ……。


「ねえねえ、お姉さんのお名前はなんて言うの?」
「もう、ナマエってば意地悪しちゃダメじゃない。」
「へえ、お姉さん、ナマエさんって言うんだ。素敵な名前だね!」
「ボクの名前もね。」


梓ちゃんはよく私の代弁をしてくれるらしい。
要らぬ情報もよくよく流してくれるけどね。まったく。


「そういえば、今日って安室さんはいないんだね。」
「ええ。お休みなの。」
「ふぅん。あ、ボク、オレンジジュース!」
「今出すわね。」


いやいや、え、そのまま隣に座るの? 居座るの?
何とも言えない心地悪さを感じる。


「ナマエお姉さんって、安室さんと仲が良いよね。」
「はい?」
「だって、よく見かけるよ! 安室さんとナマエさんが仲良くお話しているところ!」
「……あ、そう。」


短い脚をブラブラとさせて、好奇心旺盛な表情でこちらを見るのはやめて頂きたい。
出されたばかりのカフェラテに口づける。


「ボク、てっきり安室さんとナマエお姉さんが恋人なのかと思っちゃった!」
「…………。」
「だってお似合いだもん!」


予想だにしない言葉に、カップの傾きが急になって、多量を含んでしまった。
ああ、もったいない。とうか熱い。


「ボク、」
「なあに?」
「好奇心は別のところに向けておきなさい。」
「え?」


これが子供ではなかったら大人げなく睨みつけていたであろう。
なんとか胃に流れ込んだ熱い液体で意識を他所へと向ける。


「ボクは好きな女の子いるの?」
「え? えっと、い、いるよ……?」
「好きな女の子いるのに、別の女の子と付き合ってるって周りの友達に言われたらいやでしょう?」
「う、うん……。」
「似たような気持ちなの、お姉さんも。これあげるからその話はもうやめてほしいなぁ?」


梓ちゃんから直接受け取った皿をコナンくんとやらに渡す。
梓ちゃんは苦笑していたけれど、致し方ない。


「えっと、じゃあ、お姉さんは別に好きな人いるの?」
「たとえ話です。」
「う〜ん。」


このボウヤ、ありがとうとか言いながら躊躇なくパンケーキに切り込みいれやがった……。
ああ、美味しそうなパンケーキ……自分で渡しておいて名残惜しい……。


「ねえねえ、」
「お次は何かしら、ボウヤ。」


このボク、しつこいなぁ。
いやいや、落ち着こう私。きっと疲れて沸点が低くなっているんだよ。
本来、子どもって可愛いものだから。この子だって本当は癒される子なんだから。


「梓さんや安室さんとの出会いとか、知りたいなぁ?」
「ボウヤは好奇心がほんっとに旺盛なのねぇ。どれだけお姉さんのことが気になるのかしら?」
「だってボク、前から気になってたんだ! お姉さん、ここの常連さんだからよく見かけたし!」
「…………。」


純粋無垢なその大きな瞳がこちらを見つめる。


「パンケーキ、食べたでしょ。」
「え、うん……。」
「私の言ったこと、覚えてるかな?」
「え?」


きょとん、と小首をかしげる姿は愛らしい。
けれどそれもそこまでにしてもらおう。


「パンケーキあげるかわりに、安室さんの話はナシって約束。」
「えぇ〜?」
「約束守れないと、好きな女の子に嫌われるわよ。」
「ナマエさんズルイよ……。」
「ズルくて結構。さ、早くお食べ。」
「うん……。」


かなり、それはもう非常にしぶしぶといった表情でフォークを動かす少年。
どうやらようやく丸め込むことに成功したらしい。どっと疲れが押し寄せてくる。


「ねえ、ナマエお姉さん。」
「お次はなあに、ボク。」
「またお話してくれる?」
「気が向いたらね。」
「ありがと!」


嬉しそうに笑うのはなんなのか。
よくわからないボウヤに懐かれたものだ。

――それにしても、安室さんとの出会いかぁ。
あの人、初めて会ったときは本当に好印象だったんだけどなぁ。
どうしてこうなったんだか。


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