HAS | ナノ
剥け始めた表皮


本日晴天。
太陽が少しギラついている天候の中で、せっせと男たちは働いていた。


「ったくよぉ、なんで俺がこんなこと……!」
「まあまあ、そう言わないでくださいよ。」
「すみません。まさか助っ人があの名探偵の毛利小五郎さんだったなんて露知らず……。」
「いえいえ、ナマエさんはお気になさらず。むしろお美しい貴女の手助けになれること、この毛利小五郎嬉しく……っておい! もっとちゃんと持て!」
「あー先生すみません〜。」


なぜこうなった。


「――車、ですか?」
「え、ええ。出来れば……お借りできないかと。」


事の発端は、私が、そう、安室さんに願い出たこと。
きょとんと眼を丸める姿は、正直高校生だと言われても受け入れられそうなほど幼く見えた。


「大抵、購入時に宅配を手配できると思うのですが。」
「実は来月末まで業者の予定がいっぱいだそうで。」
「なるほど、それで自分でと思ったんですね?」
「生憎、車の免許は持っているのですがペーペーなんです。」


どうして安室さんにこんな話をしなければならないのか……。

つい先日、沖矢さんと一緒に見繕ったソファを購入することに決めた。
早速、給料日を迎えてから買ったのはいいものの、宅配業者が手一杯とのことで。
大型ソファではないため、自分で持ち帰る手段もあるとサービスカウンターのお兄さんが教えてくれた。

とは言え。
車の免許を持っていても大して運転経験のない私では心もとないし。
それ以前に車を所持していない。徒歩通勤である。

結果、車を持っている男手で最後に行きついたのが安室さんだった。
他に職場の人たちや先日再会した沖矢の存在も脳裏に浮びはしたけれど……。
頼めば受け入れてくれそうだが、前者に至っては何故か皆に断られた。え、苛め? と疑うレベルで同じ言葉で断られた。
後者の車はサイズが非常に小さく、到底ソファを運べるサイズではないのを思い出す。
そうしてやむを得ず、こうして安室さんに頼んでいるわけである。


「あー……ナマエさんの頼みはお聴きしてあげたいところなんですけど。」
「ですよね……すみません、突然。」


確か、安室さんの車って綺麗な白いボディをしていた気がする。
見た感じ高そうだし、ペーペーの私が触れていいものではないだろうし、あれにソファー乗せるのもなぁ。
仕方がない、来月末まであのボロボロのソファで我慢するか。


「あ、いや。実は、僕の車は今修理に出してて。」
「修理ですか?」


まさか、あのフォルムに傷が入ったんじゃ……。


「この前、ちょっと車にぶつけましてね。」
「はい?」
「まだ修理には時間がかかりそうなので、車は出せないんですよ。」
「いや、え? 事故ですか?」
「そんなところです。」


安室さんが事故って想像つかない。
なんでもにっこり気持ち悪い笑みを浮かべながら、そつなくこなしそうなイメージだ。
可哀想に……主に車と財布が。


「ちなみにどこで購入を?」
「米花百貨店です。」
「米花百貨店ですか。でしたら近辺でトラック貸出の業者があったはずです。」


ちょっと待ってください。
その言葉と共に、安室さんがポケットからスマホを取り出す。

客が珍しく私以外居ないからいいものの(バイト)勤務中にスマホだなんて。
少しだけ温くなった珈琲に口付けながらぼーっと他人事のように動く指を見ていると。


「ああ、やっぱり。」
「安室さんトラック運転できるんですか。」
「ええ。」
「……。」


うわぁ、嫌だ嫌だ。
安室さんの苦手なことを教えてほしいくらい嫌だ。


「ですが、さすがにソファとなると僕一人では部屋まで運ぶのは厳しいですね。」
「あ。なら私が他の人に声をかけて、」
「男ですか?」
「当然でしょう。」


ソファ搬入なんて業務に女性に助けを求める程酷くない私。
当然だと言えば、安室さんは微かに口を尖らせた。


「助っ人は僕が用意します。いいですよね?」
「え? ま、まあそれは構いませんけど……なんで膨れてるんですか。」
「ナマエさんが呼んだ男性と仲良く作業できる気にはなれません。」
「はい?」
「とにかく、僕が強力な助っ人を連れますから。」
「はぁ……お願いします。」


珍しく感情的にそう告げる安室さんにそれ以上何も告げる気にもなれず。
誰とも確認せずにお願いした結果が――現在だ。


「ひぃ、ひぃ……。」
「すみません、ありがとうございます。毛利さん。」
「こ、これぐらい、ヒィ、なんとも……、」
「あはは。先生、汗びっしょりですよ。」
「なんで、お前は涼しげなんだよ……ちくしょう。」


部屋に置かれた美しいベージュのソファに凭れ掛かる毛利さん。
私の通う喫茶ポアロの上に事務所を構える探偵で、いつだかから広く活躍されている有名人だ。
安室さんがこの人に弟子入りしたのは梓ちゃんから聞いていたけど、まさか事実だとは。


「大したお礼はできませんけど、良かったらどうぞ。」
「おお、これはどうも。」
「ナマエさん、僕の分は?」
「はいはいありますよ。」


ローテーブルに2人分の冷たい麦茶とチーズケーキを置く。
毛利さんはよほど喉が渇いていたのであろう。
一気に麦茶を飲み干すものだから、すぐに新しく注いだ。


「こりゃあ旨いですなぁ!」
「市販のものなんですけれど。お口にあったようで何よりです。」
「勤務先の裏手にあるケーキ屋さんのですよね!」
「……よくご存じで。」


もはや、なぜ知っているかは問わないでおこう……。


「ほぉ、失礼ですがナマエさんはどちらにお勤めで?」
「ていと銀行です。」
「ていと銀行といえば確か以前、強盗が……。」


やはり有名な事件なのだろうか。
小さく頷けば神妙な顔で「そうでしたか。」と呟き、すぐに表情がキリっと変化した。


「この私がいれば銃声など鳴らさなかったというのに、怖い思いをしたのでしょう!」
「え、ええ。まあ、」


悪夢にうなされる程度には。


「ですがご安心ください! この毛利小五郎がいればもはや恐れるものなどありやしません!」
「はあ。」
「何かあれば、迷うことなくこちらにご相談を! ナマエさんのお悩みはズバッ、ササッと私が解決してみせます!」
「あ、ありがとうございます……。」


で。
なんでこの名刺はこんな光り輝いてるの?
ゴールドカードなの? 初めて見た。


「毛利さん、毛利さん。」
「だぁっ、なんだ!」
「そろそろお時間じゃありませんか?」
「あ? っしまったぁああ!」


安室さんの言葉に時刻を確認した毛利さんは叫ぶや否やすぐに立ち上がった。


「それではナマエさん、私は次が控えておりますのでこれで。」
「お、お忙しいなかありがとうございました。」
「いえ。ではまたお会いしましょう!!」


さすがに名探偵ともなれば分刻みのスケジュールなのだろうか。
慌ただしく去っていった毛利さんのインパクトは、非常に強かった。


「なんであんな忙しい方を呼ぶんですか、安室さんは。」
「あはは、でも競馬には間に合う時間ですしいいじゃないですか。」
「競馬?」


……え?
事件じゃないの。打ち合わせとかじゃないの。競馬なの?


「ところでナマエさん、このソファの決め手はなんですか?」
「はい?」


ころりと話題を変えられる。
いや、競馬が気になるんだけれど、どういうこと。


「百貨店で、お一人で決められたんですか?」
「なんでそんなこと……。」


またこの男は。
完全に呆れながら横目で安室さんへ視線を動かした途端、身体が硬直した。


「……安室さん?」
「ね、ナマエさん。教えてください。」


安室さんの艶やかな唇が、薄っすらと不気味に弧を描いている。


「誰かと、ご一緒していた様子でしたけど。」
「…………ストーカーですか。」
「たまたまです。と、言っても信じて頂けないのであれば、それでも良いんですけど。」


うわぁ。
安室さんがいつになくおかしなモードに入っている。
口角だけをあげて、その意味深げな瞳は勘弁してほしい。


「なんか怒ってます?」
「いいえ?」
「……。」


いや。怒ってるでしょう。
纏う雰囲気というのは、普段はどこか茶目っけのある邪推に満ちたものだったけれど。
そう、特に笑顔とかはまさに。

けれど、今はそう言うのを抜きにして本気で気分はよろしくないように映る。
なにこれ?


「怒ってはいませんけど、気分は良くないですね。」


言葉に詰まっていると、目尻を動かさないままに笑ってみせる。
ホラーにも近い笑みを受け取らざるを得ず、私の口角はぴくぴく引き攣っている。


「安室さんが気分良くないと仰る意味が分かりません。」


私が誰とソファを決めていようと何の問題もないはずだ。


「本気でそう思っているようですが、」
「本気でそう思っていますよ?」


続く言葉を遮るようにして返すと、安室さんは深々とため息を吐いた。


「本当に貴女ってお人は……。」


そんな言葉が耳に届く。
さすがにおかしい。そう思って、口を再び開く。


「何故、そこまで言われなければならないのでしょうか。」


気付けば眉間にしわが寄っていた。
安室さんは再度溜め息を吐いたが、いい加減こちらが吐きたいものだ。


「いいたいことがあるなら……。」
「言いましたよね、僕は。」
「はい?」


次は、私の言葉を遮って安室さんが言葉を紡ぐ。
言ったって、何を?
そう小首を傾げると、緩やかに首を横に振られた。


「僕は貴女に、好意があると確かに伝えたはずだ。」


え。
え?


「好きだと、告げた言葉を冗談だと受け取っていたのかは分かりませんが、少なくとも僕は本気で貴女を女性として意識しています。」


た、確かに以前そんなことを言われた気も……。
忘れていたわけではないが、変態発言の延長線上かと思っていたのも事実。


「それなのに、貴女ときたら他の男と一緒に出掛け、ソファを見繕うだなんて。」


あれ?
もしかして、本当に告白されている?


「いくら僕でも、不機嫌になりますし、嫉妬もしますよ。」
「…………。」


安室さんの目は、確かに本気だ。
いつものにっこりと邪心に満ちた影は見えない。
あれ。もしかしなくても、本当に告白されているのだろうか。

そう自覚をするや否や、ふつふつと何かが込み上げてきた。

じりじりとそれは熱くなって、胸元がどくりと高鳴ったのが不思議と分かる。
一気に枯渇を覚えてごくりと唾を飲むと、次に目元が熱くなってきた。
ぐらりと頭が揺れ動く。


「ねえ、ナマエさん。」
「は、はい……?」
「辛辣な言葉を発するナマエさんも素敵ですが、そろそろ教えてくれませんか。貴女の想いを。」


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時系列は、うら若き女子高生によって
犯人がバイクで暴行(物理)を受けた事件の後
って、そんなこと言っている展開ではない……!?



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