20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

Origin.


悲しいばかりの時間


多くの店が立ち並ぶその場所に響くアナウンスは、夕方のタイムサービスを知らせていた。
そして次に、広場でヒーローショーが行われるという内容。

そう、今まさに私はショッピングモールに来ている。
目の前には、楽しげに笑う明美と――。


「ねえ、明美。私、諸星くんいるなんて聞いてない。」
「だって言ったら来てくれなかったでしょ?」
「…………。」


明美の腕を引っ張って耳元でそう伝えれば、純粋無垢な笑顔で返される。
あれから、私は明美と諸星くんと一緒に出掛けることは止めることにした。
必然的に、私と諸星くんはこれが久々の再会というわけになる。
というのも私だってやりたくてやったわけではない。

ただ、これ以上明美と諸星くんのデートを邪魔するわけには――いや、見たくないのだ。
これ以上、2人の世界を。


「それに大君だって会いたがってたのよ?」
「え。」
「ねっ?」
「……心配くらいはする。」
「……諸星、くん……。」


止めてほしい。そんな風に言わないで。
ただそれだけで、私の心は単純に高鳴るのだから。
諸星くんは鋭そうだから、きっと分かっているはずなのだ。
意図的に2人が出かける時は同行しないようにしていることぐらい。


「ご心配、おかけしました。」
「いや。元気そうで安心した。」
「……うん。」


細められた瞳と上げられた口元に、もう心が舞い踊ってしまいそうになる。
落ちつけ、落ち着いて私の心。諸星くんには明美がいる。明美だけが。

それでも緩んでしまう私の目元を誤魔化すように、そっと視線を逸らした。
ふっと、彼が良くする笑みが聞こえた気がしたけれど、もう見れなかった。


「私ね、あそこのカフェに行きたかったのよ!」


明美が指差したのは、先月ここにオープンしたイタリアで有名になっているカフェだ。
現地ではかなりの人気を誇っていて、日本への進出が決まったらしい。
その第一号店が、そこ。


「あそこって……結構人いるけど。」


当然、あらゆるメディアに取り上げられていることもあり人が多い。
明美が好きそうなのはよく分かるが、何も諸星くんがいる時に行かなくても。
彼、人ごみはあまり得意じゃない。それは明美も良く分かっているはずなのに。


「ね、いいでしょ?」
「……諸星くんがいいなら。」
「……構わない。」
「大君ならそう言ってくれると思った! 早速行きましょ、ナマエ、大君!」
「だから恋人の名前を先に呼んであげなさいよ……。」


もはや呆れる他ない。
でもあんな笑顔で言われたら、行かないわけにはいかないじゃないの。
先に駆けて行った明美の背中に苦笑1つして、諸星くんを見る。
当然、彼の瞳は明美に向いていた。でも――


「行くか。」
「あ、うん……。」


優しい眼差しが私におりてきて、また胸がドキリと鳴る。
――ダメだ。ダメ。この眼差しは全部、明美のものなのだから。
自分のこの感情を吹き飛ばすように頭を振りながら歩き出す。
ふと、何かが肌を擽った気がした。

店内はほぼ満員状態に近かったが、運よく短い待ち時間で中に入れた。
店の奥。壁に囲まれて、まだ人ごみが得意じゃない諸星くんも息を落ち着かせられるであろう場所。
早速明美と頼んだパフェをお互いに突っつきあう。諸星くんはコーヒーだけとシンプルだ。
やっぱり、甘いものは好きではないのだろうか?


「あ、私ちょっと化粧室行ってくるわね。」
「はいはーい。寝ないようにね。」
「寝ません!」


明美が席を立って、私と諸星くんの2人きりだ。
ざわざわと雑音のような人声とクラシカルなジャズだけがその場を包む。
可能な限り2人きりにならないようにしていたから、
こういう時って正直もう胸がドキドキしてどうすればいいのか分からない。

早く、明美、戻ってきて。
……そんな思いと。
まだこの時間を大切にしたいから、戻ってこないで、もう少しだけ。
……という思いが交差して、とにかく苦しい。


「ナマエ、」
「!、な、なに?」


驚いた。――思えば初めて名前を呼ばれたかもしれない。
名前を呼ばれるだけでこんなに温かくなれるものなの? 嬉しくなれるものなの?
いつも名前を呼ばれている明美は、こんな想いを感じているの?


「これ、さっき落としたぞ。」
「え? って、これ……うわ、ない! いつのまに……!」


テーブルに置かれたのは、可愛らしい猫がモチーフのネックレス。
私にとっての宝物だ。


「さっき、この店に入る時に落ちた。チェーンが切れてる。」
「あ、ほんとだ……。」


言われて見てみると、チェーン部分が切れてる。
いつの間にこんななってたんだろう。全然気付かなかった。


「でも良かった。諸星くんいなかったら、私、家帰るまで絶対気付かなかった。ありがとう!」
「いや、礼には及ばない。大切なものなんだろう? 失くさなくて良かったな。」
「うん!」


照明に照らされて、猫が煌めく。
そっとネックレスを持ち上げて、持ってたハンカチに包んだ。


「これね、明美が初めて私にくれたプレゼントなの。誕生日祝いで。」
「そうか。」
「貰ったときのこと、良く覚えてる。凄く嬉しくて、毎日つけるねとか言ってた。」


家に招かれて2人だけの誕生日パーティをした。
そこで貰った、明美からのプレゼント――何回もありがとうって言っていた私。
そして凄く嬉しそうに笑ってくれていた明美。何度もおめでとう、と。


「私にとっての、宝物なの。」
「ホ――……宝物か。」
「うん。……でも、これじゃつけられないなぁ。」
「チェーンさえ取り換えれば問題はないだろう。それならそこら辺でも売ってるはずだ。」
「そう?」
「ああ。」
「なら、良かった……。」


チェーンだけが別ものになってしまうのは悲しいけれど、全てなくなるよりはマシだ。
本当に、諸星くんがいなかったら私はきっと全てを失くしていただろうから。


「本当に、ありがとう。諸星くん。」
「……いや。大切にするといい。」
「もちろん!」


言われなくたって、そうする。
私にとって唯一無二の物体としての宝物なんだから。
絶対にもう手放したりしない。

ハンカチごとぎゅっと握りしめていると、明美がちょうど戻ってきた。


「どうしたの、ナマエ。ハンカチなんて抱きしめて?」
「ううん。なんでもない!」
「そう? 変なのっ!」


ネックレスのことを口にしなかったのは。
やっぱりチェーンが切れちゃったことへの申し訳なさもあるけれど、
なんとなく私と諸星くんとの初めての共有ごとだったからかもしれない。

ごめんね。明美が好き。でも諸星くんも好き。
どっちも独占したいし、どっちも私にとって宝のような人だから。


「ところでこのパフェ、完食までまだほど遠いよ?」
「これから食べるからいいのよ。さ、ナマエ。たっくさん入れてね。」
「明美の中に入れてよー。」
「私はもうお腹いっぱーい!」
「ちょっと、明美〜!?」


ふっ、と笑みを零した諸星くんの視線が明美でも、いい。
さっきの諸星くんとの共有を忘れずにいよう。今だけは。今だけは。
悲しいばかりの時間なんてないって、自分に言い聞かせるんだ。


「大君も食べるー?」
「いや、俺は遠慮しておこう。」
「ほら。やっぱりナマエ食べてよ!」
「私ー? もう、後でツケは払ってもらうからね。」
「はーい!」



.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -