20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

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Secret


――最初に彼女と接触できたのは、本当に偶然だった。

その日は、突然降り出した雨に鬱陶しさを感じた。
まったく、昨日洗車したばかりだというのに……。

仕事終わりに車を走り出していると信号が赤になる。
早く帰宅して一息つきたいと思いながら、青になるのを待つ。
その時、歩行者にぶつかりながら走り去る女の姿が目に入った。

皆が傘をさしている中で、1人だけ無我夢中で駆けている。
表情は何も見えないが、明らかに何かがあった様子。

ただの好奇心が出たのかもしれないし、自身の中にある善意が働いたのかもしれない。
もしかしたら、奴のニオイをこの瞬間どこか感じ取ったのかもしれない。
思わず彼女の後を追った。


「――あのー、」
「ッ!?」
「大丈夫ですか? まさか何か事件にでも巻き込まれたんじゃ。」
「っ、……っ。」


蹲る女に声をかけ、その顔を確認した時に既視感を覚えた。
どこかで見たことがあったか?
思い出そうとしても、靄が邪魔をして分からない。
とにかくこのまま見過ごしにはできないと車内に連れた。

自販で飲み物を買うついでに、急いで調べれば案の定。
この女、あの諸星大と宮野明美、両名と親しい間柄にある存在だ。
確か組織の連中が彼女への監視を検討していたはず……。

これは偶然なのか――?


「なんで、みんながみんな、幸せにはなれないんですかね。」
「……。」
「誰かが幸せな一方で、必ず誰かが不幸せになる。」


しかもこの女、諸星大に恋をしているらしい。
だがあの男は宮野明美と交際をしているはず。……なるほど?

泣きながら告げたのは、貰っていた渡米話に乗るということ。
だがアメリカか。奴らの庭に飛び込むとは……。
いや、あの男がFBIの人間なのはこの女は知らないのだろう。無理もない。


「僕なら一度アメリカに足を付けてから、別の場所に行きますね。」
「別の場所、」
「はい。本気で彼から逃れたいというのなら、お手伝いして差し上げますよ。」
「――え……?」


ならば、悩み悩んでいるこの女に手助けをしてあげようじゃないか。
軽く彼女に助言をすれば、彼女は僕の言葉を意外にも受け入れた。
きっと、それほど心が病んでいたのだろう。
自分の思い通りに動き始める彼女のことを思うと、口元が緩む。

必死に親友を演じてみせ、親友の恋人に笑顔を振っていたのだろう彼女の姿。
親友にも親友の恋人にも嫌われないように、どちらも大切だからこそ。
……酔狂な話だ。


「――大丈夫。」
「え?」
「僕がなんとかしますから。」


だがそんな彼女に手を貸そうと思ったのは、ただの奴へのあてつけだったのか。
それとも、酷く苦しむ彼女の姿に、酷く惹かれたのか。


――それから月日が経った。
もう見ることもないであろう彼女を署の近くで発見したのは、もはや偶然という言葉で片付けるには惜しい。

気が動転した様子で走り行く彼女の後をついていくと、どうやら宮野明美の死は知らなかったらしい。
何度も躓きながら、ただひたすらに走り続けていた。彼女の死んだあの場所に。
何度も宮野明美の名前を呟く。そして諸星大の名前もまた。


カワイソウに。あの男は、諸星大という男はいないのに。
カワイソウに。あんなに想っていたのに。想っていたが故に離れたのに。
その離れているうちに彼女のすべては失われたのだから、どうしようもない話だ。

まあ、直接手を付けていないとはいえ、僕自身もある意味で失わせた要因なのだが……。
彼女の身だけはなんとか守ってあげたんだ。感謝して欲しい。
それなのに、のこのこと日本へ戻ってくるなんて――ましてや今このタイミングで。


さて。このまま赤井秀一に会わせるのは面白くない。
あの男はこの女のことがよほど大切と見える。
――利用してやろうじゃないか。

この女の心を更に掻き乱して、赤井秀一に対面させてやる。
奴がどんな顔をするのか、今から見るのが楽しみだ。


まさか女が海に飛び降りるだなんて思わなかったが、なんとか救助に成功した。
これはこれで、信頼確保にも繋がっていい結果だったのかもしれない。

居場所がないと呟くように言った彼女の瞳に生気はない。
彼女には悪いが好都合だ――僕が、彼女の居場所になればいいのだから。
案の定、彼女は差し出した手をとった。


だが、その瞳に映るのは諸星大――赤井秀一で。


何故か、この心が黒い感情で渦巻いた。
それに気付かないふりをして彼女を招く。こちらへと。
赤井秀一を壊す道具に仕立てようじゃないか、僕自身の手で。


「貴女が望むなら、教えて差し上げますよ。
宮野明美の死についても、諸星大という皮をかぶったあの男のこともね。」


なんでって顔をしている。
ああ、なかなかいい顔だ……この表情が、どう変わる?


「結論だけ言いましょう。あの諸星大という男は、FBIの捜査官です。」
「…………は。え、FBI?」
「ある組織に潜入するために、末端の存在である宮野明美に近づいたんです。
結果、みごとに交際・潜入することに成功したというわけですよ。」
「は。……え、何? え?」


そう、酷く困惑した表情。
そこから……もっと、もっと絶望に満ちた表情を見せてくれ。


「諸星くんが、明美を、利用した……?」
「ええ。聡明ですね、貴女は。まさにその通りですよ。」
「諸星くん、は……知って……?」
「はい。だから彼女に近づいた。」
「……付き合ったのも?」
「すべて計画のうちでしょうね。」
「……まさか……。」


ほら。酷く動揺し始めた。
あともう少しだ。


「そして諸星大は自分の存在が明るみになった途端に逃げた。宮野明美を、捨てて。」
「!」
「貴女が愛した諸星大という男は、元からいない存在なのですよ。
赤井秀一が自己利益のために造り出した人物。宮野明美を、貴女を騙すために生み出された存在。」


彼女の唇が、掌が、体全身が震えている。


「赤井、秀一って……それが、諸星くんの、名前?」
「はい。FBI捜査官、赤井秀一。」
「……逃げたって、……。」
「組織への潜入捜査がバレたんですよ。彼は見事に逃げおおせましたがね。」


もう少しで、彼女の想いは純粋なものから変化する。
それはどす黒く、どうしようもないほど憎しみに溢れたものに。


「その男のせいで貴女はあんなに苦しみ、
その男のせいで貴女は親友を失くし、
そしてその男のせいで、貴女は全てを失った。」


そんな表情を見たいとは、僕はいったい何に感化されたんだか。


「大好きな宮野明美という親友も、愛する諸星大という男も。
唯一の血の繋がりがある家族も、逃れる術を与えてくれた親戚も。
みんな、あの男がいたからなんですよ。」
「――っは……は、……。」


いい顔だ。絶望に満ちた顔。
さあ、早くその顔を赤井秀一に向けてくれ。

そして戻ってくるといい。
今度は、俺のもとに。


「――会わせて上げましょうか、赤井秀一に。」
「、」
「でも約束してくださいね。僕のことは公言しないと。
あと、必要ならこれ貸してあげますよ、必要ならの話ですけど、」


見せる黒い塊に、彼女の目は大きく揺れた。
焦点が合ってない。もう彼女の中に自我なんてないかもしれない。

そっと彼女の手を掴んで、塊を掴ませる。
びくりと揺れた瞳が俺を見上げてぞくぞくと背筋に稲妻が走った。
情事中に受ける快感にも似たソレが俺を襲う。


――だが。


「結局、貴女は諸星大を愛し続けるのですか。」


テーブルに置かれた黒い塊。それは彼女の答え。
はっきり分かる。俺には到底届かない掴めない女なんだと。

気にくわない。
俺の中に渦巻くこのどす黒い感情を無視して、車を出す。
きっと彼女は、赤井秀一のもとから離れるはずだ。

きっかけを作ってやろう。
そして、最後に告げてやらなければ。


「でも覚えておいてください。貴方の好きな人が、貴女の親友を殺したことを。」


繋ぎとめておきたい。

いつのまに俺は、この女に溺れていたのだろうか――。



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