20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

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この恋はいつか終わる


はぁっ、…はぁっ。

久しぶりに走ると、息が切れるのが早い。
向こうの島で子どもたちと遊んでいても、こんなダッシュすることはなかった。


「はぁっ。……悪いこと、しちゃったな。」


まさかFBI捜査官を振りきれるとは思わなかったけれど、成功して良かった。
辺りを見回しながら人がいないことを確認して、裏路地へと足を踏み込んだ。

途端、影が揺らめく。


「あーあ。どうして戻ってきたんですか?」


目の前には、あの人が綺麗な笑顔を浮かべて立っていた。
耳に届く声は残念そうなものではなく、酷く嬉しそうなものだ。


「あのまま、あの男と一緒に居ればよかったのに。」
「そんなこと言うんだ? 貴方が私のこと、此処に呼んだくせに?」
「やっぱり気付いてくれたんですね。嬉しいな。」


道中できらりと光った鏡の欠片。
捜査官が気付いた時、鏡には私からの位置だけ文字が映っていた。
それはただ一言。このビルの名前だけ。

位置関係で、私の距離からだけ反射した文字が見えたのだろう。
後方にいた捜査官は前方の捜査官の報告で鏡はもう気にしていなかったようだし。

本当にここにいる確証はなかったけれど、
視界の隅でこの人の髪が揺れた気がして、やってきてみたらこれだ。


「ねえ、どうでした? 赤井秀一に会った感想は。」
「…………。」
「あんなに会いたかったんでしょう? 諸星大。」


この人も意地が悪い。
ここで諸星くんの名前を出すんだから。


「諸星くんはもういない。彼は、赤井秀一。……私には、関係ない。」
「そうですか。……なら、僕と一緒に来ますか?」


彼は相変わらず笑みを浮かべたままだ。
そのままの表情で、そっと手をさし延ばしてきた。

彼は、私が何も知らないと思っているのだろうか。


「冗談じゃない。」


吐き出すようにそう言えば、彼は肩をすくめた。


「助けた命、無駄にしないでくださいね。僕が心苦しいので。」
「良く言うわ。」


思わず、笑みが零れてしまう。


「貴方、明美を殺した組織の仲間なんでしょ。
何が目的かは知らないけど、赤井秀一のこと探りたいなら私を通すのは止めて。
彼については何も知らないし、これ以上近づく気もないんだから。」


そう伝えれば、彼は小さく目を丸めた。
その表情はなんだか子どものようで、この人はこんな表情を浮かべるのかと私が驚いてしまう。


「思っていたよりも聡明なようだ。……好きですよ、そういう女性は。」
「それはどうも。私は好きなのは、後にも先にも彼だけだから。」
「これはこれは。残念だ。」


彼は瞼を閉じて、また大きく肩をすくめた。
声色からは決して残念という感じは受け止められないけれども。

けれど、彼はこれで諦めたようだ。
これ以上何かを言うつもりはないらしい。


「でも、これだけは覚えておいてくださいね。」
「?」


すっと、音も立てずに彼の顔が近づく。
思わず後ずさろうとしたら、腕を掴まれて逆に引き寄せられた。


「 貴女の好きな人が、貴女の親友を殺したことを。 」


耳元で擽る声が、酷く残酷に聞こえる。
本当に、こういうの狙ってやっているんだろうと思うと、怖い人だ。


「忘れるわけ、ないじゃない。」


忘れるなんてこと、できない。
彼を睨みつけるようにしてそう返せば、満足気に微笑んで彼は身を離した。


「では、僕はこれで。」


そう言って歩き出したけれど、すぐにその足は止まった。


「そうだ。コレ、」
「…………。」


見せられる黒い塊。
彼の手にコンパクトに収まっているそれが私の目の前にちらつく。


「……貸してくれるの?」
「前まではそうしてましたけど、今の貴女には渡せませんね。」
「それは酷いんじゃない?」
「僕は言いましたよ。助けた命、無駄にしないでくださいねって。」
「…………。」


恐ろしい人。


「本当は赤井秀一に向けてほしかったんですけどね。残念です。
では、僕はこれで。帰り道には気を付けてくださいね、ナマエさん。」
「……貴方も。」
「……ありがとうございます。」


こんな優しい顔して、優しい声をして。お礼まで言って。
それなのに私に拳銃を渡したり、あの人に向けてほしいだなんて。
この人は、本当に終始掴みどころのない人だ。

闇の中へと消えていく彼の背中を見つめて、暫くぼうっとする。
さて。この後どうするか――なんて、決まってる。


「さすがに貰えなかったか。」


残念、残念。
――まあ。貰えるだなんて、思ってなかったんだけれど。
もしかしたらって期待もしていた。

ともかく、移動をしなければ。
ここにいつまでもいるわけにはいかない。
捜査官を振り切った場所からそこまで遠い場所でもないし。
適当に、どこか遠くに行かなければ。


「まずはタクシーを捕まえられる通りまで――ッ!?」


一歩。たった一歩足を前に踏み出した途端に、腕を強く引っ張られた。
体勢が思いきり崩れて、身体を壁に押し付けられる。


「った……!」


背中がじんじんと痛む。冗談じゃない。
もしかして、彼らの言う組織が私を!?


「――随分じゃないか。」
「! ……は、は……。」


目の前に下りた影が、まるで悪人よろしく口角を上げていた。


「発信器を付けておいて正解だった。」
「……、」


あの男の人の言葉、帰り道には気をつけろとは、このことだったのだろうか。
ああもう!


「タクシーを捕まえて、どこへ行くつもりだった。」
「貴方たちのところへ戻ろうかと。」
「ホ――……上手く嘘を吐いてくれるじゃないか。」


ダメだ。多分、この人にはバレてる。


「ナマエ。今、お前に返事を返していいか。」
「え、へ、返事……?」


返事って、なんの?


「あの時、お前が俺に言ってくれた言葉へのだ。」


あの時? …………。
思案しても答えが出てこない。

そんな私に、彼はフッと笑みを零した。


「忘れたのか。俺を好いているという言葉は。」
「!?」


なッ、な……!
なんでそんなこと今引っ張ってきて……!?


「ナマエ。」
「っなに!」
「フ、そんな顔をするな。……ナマエ、」


ぐいっと彼の顔が近づく。
ダメだ。諸星くんだ。私の大好きな諸星くんが、こんな近くにいる。

彼の吐息が頬を擽ってきて、私の心を昂らせる。
止めてよ、本当にもう……!


「ナマエ、」


そんな切なげな声で、でも芯のある声で、私の名前を呼ばないで。
答える? 私の想いに?

分かりきっている答えを、今この瞬間に言おうだなんて言うの?


「やめて、」
「ナマエ。」
「言わないでっ!」
「ナマエ、」
「聞きたくないんだってば!!」
「俺は、お前を愛している。」


――な、にいって……。


「明美を愛していなかったと言えば嘘になる。俺は明美を愛していた。
だが、お前のこともまた愛していたんだ。」
「…ば、かじゃないの。」


何言ってるの、貴方は。
誰が、誰を愛しているだって?

諸星くんが好きなのは、明美で。私じゃない。
私のことを愛していた? 馬鹿じゃないの。
なんでそんなことを言うの。


「ああ、大ばか者だ。最低な男だろう。
だが確かに俺はお前を、ナマエを確かに心から愛していたんだ。
明美じゃない、お前への想いはお前だけに……この想いは向いていた。」
「――、」


嘘だって、吐き出したいのに。
彼の綺麗で鋭い緑色の瞳が私にそれを言わせない。
捕まれていた腕から手が離されて、私の両肩に置かれる。


「だからナマエ。もう一度戻ってこい。
次は勝手にお前の心を振り回し、勝手に死んでいった最低な諸星大のもとへじゃない。
お前を守ろうと今ここで誓っている格好悪い男のもとへ、赤井秀一のもとへだ。」
「……、」


なんでそんなことを言うのよ。
そんな真剣な顔をして、そんな声で私になんて言葉を向けているの。

だって、だって諸星くんは、明美の恋人で。
明美は私の親友で。裏切ることなんて、できないのに。


「逃げたければ逃げてもいい。だが、俺はお前を追うぞ。」


そんなこと、


「今度はどこまでも、絶対に逃しはしない。」
「ば、か……。そんなこと、いわれたら――……。」
「ナマエ。」


――この恋は、いつか終わる。


あんなに愛していた、私の初恋の人、諸星大。
彼への愛が冷めぬ中で、それでも彼への恋が、終わりの予感をちらつかせた。

全てはこの、不器用なままに、それでもまっすぐにぶつかってくる赤井秀一のせいで。



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配布元「TOY」
「いつか終わる恋の20題」〜Fin.
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