20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

Origin.


今度こそ決断しよう


今日は過ごしやすい天候になるだろう。
窓から入り込んでくる風が気持ちいい。


「1つ、いいか。」
「……うん。座る?」
「いや、いい。」
「……そう。」


何を訊きたいんだろう。
彼はソファの背もたれに腰を下ろして、ポケットに手を突っ込んでこちらを見る。
よくやる彼の仕草だ。


「ナマエ、お前を俺のもとに誘導したのは誰だ。」
「――……。」


そうか。それを訊きたいのか。
彼はあの男の人が組織の人間と睨んでいるんだ。
明美を殺した、あの組織と。


「答えてくれ。大事なことなんだ。」
「……。」
「組織は、お前が渡米する直前に監視をつける予定だった。」
「か、監視……?」


それって、ずっとその危ない組織の人たちに見られているってことだよね。
ジョディさんも言っていた。私が殺される、という話を思い出す。


「その前に国外に行けたのは運が良かったな。」


口角を上げてそういうものだから、私は思わず顔が引きつった。
けれど、彼の表情はすぐに真剣なものに戻る。


「だが、今回はそうはいかない。お前はこうして戻ってきた。
そしてお前が接触したのは、組織の人間とみて間違いないだろう。」
「…………。」
「こんな都合よくお前の前に現れて、明美のことも俺のことも告げられる人間。
そんな奴は限られている。ましてや、俺たちに偽りの情報をリークできる人間もな。」


ここであの男の人のことを教えるのは簡単だ。あの人、凄く特徴的だったし。
もしかしたら、潜入していたというこの人もあの人のことを知っている可能性は高い。

けれど。


「ごめん。」
「……何故言わない。」
「……言いたくないから。」


私には教えることはできない。


「ナマエ、お前は奴らがいかに危険か分かっていないからそう言えるんだ。
それとも、そいつに何か口止めをされているのか。」


普段あまり喋る人でないから、再会してからは随分と多弁だなと思ってしまう。
彼の険しい表情を前に、私は首を横に振ることしかできない。


「言えないの。ごめん。これだけは言えない。」
「ナマエ!」


思い出すのはあの人の言葉。

――『でも約束してくださいね。僕のことは公言しないと。』


「あの人、私に親切にしてくれたの。何度も助けてくれた。
例えそれが明美を殺した組織に繋がるとしても、教えられない。」


あの人がいなかったら、私は何もできなかったんだから。
あの人がいたから、私は今こうしてここにいられているんだから。


「ごめんなさい。」


そう告げれば、彼は苦虫を潰したような顔をした。
鋭く睨むような視線が痛いけれど、だからといってこのプレッシャーに負けるわけにはいけない。


「……男か、女か。それも言えないか。」
「……男の人。」
「体格は。」
「……秘密。」
「……そうか。」


ごめんなさい。もう一度心の中で告げる。
彼はこれ以上は聞けないと判断したのか、ふうと息を吐いた。
なんとなく、気まずい。


「ねえ、私、外の空気吸いたいんだけど。」
「悪いが今、外を歩かれるわけにはいかない。」


って、言われると思った。


「見張りの人、つけてもいいからさ。貴方以外で。」
「…………。」
「貴方に見られたら、落ち着いて歩くこともできない。」
「……悪かったな。」


だって。
見張りだと分かっていても、見られていると思うとドキドキして落ち着かないから。


「空気を吸いたいなら、そこの窓からでいいだろ。」
「そんなケチくさいこと言わないでよ。久々に日本の街並みを見たいって思うのはいけない?」
「……必ず、捜査官の言うことは聞け。いいな。」
「分かった。」


見張りを呼んでくる。
そう言って彼はドアを開いた。


「ねえ!」
「ん?」


顔だけがこちらを見る。
昔だったら、長い髪で隠れた横顔が今はハッキリと映る。


「ありがとう。」


それだけ告げると、緑色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。
相変わらず、綺麗な瞳だ。


「なに?」
「……いや。……何かあれば、すぐに俺に連絡しろ。」


見張りの人がいるのに?
そう訊ねようと思ったけれど、意地悪いかなと思い口を閉ざす。
じっと私を凝視していた瞳がようやくして離れた。
それに、ほっと一安心する。


――……


てっきり見張りは1人だと思ったら、2人もついていた。
1人は私よりも数歩前を。もう1人は私よりも数人分離れたところを。
もしかしたら分かるのが2人だけで、本当はもっといるのかもしれない。

じっと見られていると思うと、なんとなく肩身が狭くなった。
周囲を見渡しても、この2人以外外国の人はいない。
目立ってないだろうか。私を見張っている人物だと、周囲に思われていないだろうか。


「!」


ふと、視界にきらりと何かが光る。
私が気付いたのだからFBIの人も気付いたようだ。
前を歩いている人が、その方向を酷く気にする。


「――……。」


けれど、ただの割れた鏡の破片だったらしい。
前方を歩く捜査官が、襟元に手を当てる。
もしかして、後方を歩いている捜査官の人に報告しているのだろうか。

私の我が儘で振り回してしまって申し訳ない。本当にね。
もし私の身に何かが起こったら、彼らは怒られるのだろうか。
でもさすがに職を失うとかにはならないだろう。


「…………。」


 * * * * 


「ねえ、シュウ。彼女のことどうするの?」


ナマエが外へと出歩いてから数十分が経過した。
視線を落として手にある画面を見ると、此処から南方へ直進しているのが分かる。

ナマエは街並みを見て、外の空気を吸いたいと言っていたが……。
あの時のあいつの目――まるであの日を思い出す。
あいつが、俺に初めて語ったあの言葉。


『知らなかった? 私、ずっと、諸星くんのこと好きだったんだよ。』


今まで秘めていたのであろう想いを告げてきた時のナマエの目は、
まるで何かを諦めるように、そして何かと決別するような目だった。
事実、あいつは俺のもとから姿を消したのだが――


「ねえ、シュウってば!!」
「! ……ああ、なんだ?」
「もう! 彼女のことよ。ナマエ! これからどうするつもりなの?」


どうする、か。
そんなのは決まっている。


「保護する。」
「保護って……証人プログラム受けさせるの?」
「いや、……。」
「シュウ?」


これを受ければ、確かに組織の連中に襲われる可能性は限りなく低くはなる。
ナマエの今後を思えばこれを受けてしまった方がいいだろう。

今や、彼女には家族も親戚もいない。
彼女と過ごした過去の中で、明美以上に親しい友人も見られなかった。
誰とも対等に接していた中で、明美だけが飛びぬけていたと言ったところか。

既に全てを失った彼女に、これ以上消えるものはないだろう。
ならば証人プログラムを受けるのはきっと問題ないはずだ。

だが――。


「シュウ? ねえ、どうしたの?」
「……いや。」
「で、どうするつもりなの?」
「ナマエは……アイツは俺が、――。」


ん? なんだ……?
ポケットに入れていた携帯が震える。


「どうした。」
≪すまんっ、シュウイチ!≫
「なんだ?」


電話越しに聞こえる声主は、今、ナマエの護衛を頼んでいる奴の1人。
かなり慌てているし、少し息が切れている。

まさか……!


≪ナマエさんを見失っちまったんだ!≫
「なんだと!」


嫌な予感が的中だ。
おいおい、勘弁してくれ!


「シュウ? どうしたの?」


すぐに手元にある画面を見る。
緑色に点滅した円は、東の方角へと方向転換していた。
この速度なら、車ではない。まさか走って逃げているのか?


「東の方角に向かえ。俺もすぐに捜索する。」
≪あっああ!≫
「どうしたの、シュウ!」
「ナマエが逃亡した。」
「ええっ!?」
「俺はナマエを捜す。ジョディは念のため待機だ!」
「ちょ、ちょっとシュウ!?」


何故だ、ナマエ。
どうして俺のもとから逃げようとする!


「ふざけるなよ……!」


あの時はナマエを捕まえられなかったが、今度はそうはいかない。
今度こそ絶対に逃さない。アイツを捕らえて、否が応でも閉じ込めてやる。


「……待てよ。」


――そうだ。

ナマエが渡米する日、空港に向かったにもかかわらずナマエを捕まえられなかった。
捜索中に、ちょっとした事件が起きて巻き込まれたのだ。
普通に考えても、偶然にしては出来過ぎている。


『あの人、私に親切にしてくれたの。何度も助けてくれた。』


奴らが、ナマエを俺に引き合わせるために親切にするとは思えない。
そこまでお人好しな奴らではないのは、分かっている。

だが、それでも親切という言葉が出てくる奴が相手。
何度も助けてくれたいうのならば、空港での出来事ももしかしてそいつが……。

そう考えれば、結果的に相手の像が浮かび上がってきた。


「……そうか、そういうことか。」


変装が得意なあの女の可能性もある。
だがナマエの情報も知り得て、俺たちへ偽情報を巧みに流す人物。
あえて彼女を標的として俺と会わせてくるような、良い趣味の持ち主。
そんな奴は1人しかいない。

奴ならば、彼女に全てを告げて俺への恨みを持たせることに意味がある。
そしてその上で、俺と引き合わせるのにも意味が。


「まったく、勘弁してほしいものだな。」


緑色に点滅する光が、止まった。
車で飛ばせば10分もしないうちに着くだろう。
それまでに、何もなければいいが――。



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