20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

Origin.


おわりのあしあと


部屋に、懐かしいタバコのにおいが充満している。
この煙を全部吸い取りたいほど愛おしいくらいの、彼が吸うタバコ。

瞼がまだ熱い。鼻が詰まってる。油断したら、また涙が出そうだ。
たくさん泣いて、声が枯れるくらい叫んで。
そんな私の傍に、彼は何も言わずにいてくれた。
何も言わないで、ただ同じ空間にいてくれた。
それが、堪らなく嬉しかった。


「――ナマエ。」


怖いくらい優しい声で私の名前が紡がれる。
彼の口から私の名前が出るたびに、どれほど心弾むか、彼は知らないのだろう。
それは、今だって変わらない。


「ナマエ、俺は言い訳をするつもりはない。
お前の両親も親戚も、明美も、俺のせいで皆、お前のもとから姿を消した。」


どうして彼はそう、自分が悪いように言うのだろう。
冷静になった心は彼への咎めを抑制して、そんな疑問を沸かせた。

まるで私の行き場のないこの思いを全部自分のせいにしろと言わんばかりだ。
それで少しでも楽になるなら、全部俺のせいにしてしまえと。


「すまない。」


彼の言葉が酷く重くのしかかってきた。
彼は、あらゆる業を背負おうとしているのだろうか。


「諸星くんは、……まだ追ってるの?」
「……ああ。」
「明美のために?」
「……そうだな。」


大きなこの背中に、ずっと。
そして私の今回のことでまた重荷は増えて、罪に苛まれているのだろうか。

でも、彼は前を見据えて、戦っているのか。
私は逃げたけど、彼は戦い続けて。


「……ねえ、諸星くん。」
「なんだ。」
「明美のこと、好きだった?」
「……ああ。」


そっか。


「その言葉聞けて、安心した。」


酷く胸は痛むけど、でも同時に凄く嬉しくて。
明美。明美。貴女は愛されていたんだよ、この彼に。


「何故言わない。」
「え?」
「どうして、俺が悪いのだと咎めない。」


彼の鋭い瞳が私を射ぬく。
そんな悲しい瞳して、そんな悲しいこと言わないでよ。


「馬鹿ね、言わなきゃわかんない?」
「――!」


答えなんて、とうの昔から知っているくせに。


「…………。」
「……赤井秀一、だっけ。」
「ああ。」
「……そっか。……。」


大きく、息を吐く。


「私、もう疲れちゃった。」
「……今日はここで眠るといい。何かあれば、すぐに言え。」
「……ありがとう。」
「……いや。」


短い髪はもう、前のように靡くことはない。
悲しいけれど、これが赤井秀一なのだと思うと仕方がないのかもしれない。

重々しく扉が閉まって、私は壁際に置かれたベッドに身を投じた。
ふんわりとした弾力が私を抱きとめてくれて、冷たいカバーが熱を奪っていく。


「これから、どうしよう。」


そう呟いた途端に、ふと脳裏にあの黒い塊が過ぎった。


――……


明朝。
窓から入り込んできた眩しいくらいの朝陽で目が覚めた。
暫くぼうっと外の景色を眺めていると、扉が控えめにノックされる。
はい。と返事をすると、ゆっくりと開かれた。


「おはよう。気分はどうかしら。」
「……大丈夫、です。」
「そう、良かった。」


彼だと思っていたが、顔を覗かせたのはあのジョディという女性だった。
彼女は少しだけ視線を泳がせて、眉を下げながら再度口を開く。


「少し、話があるの。いい?」
「……どうぞ。」


お邪魔するわ。
そう言って、足音を立てずに部屋の中に入る。
ああ。この人もやはりFBIの人なのかと思わせた。


「昨日はごめんなさい。気が動転してて。」
「いえ。」
「私はジョディよ。一緒に居たのがジェイムズ。」
「そうですか……。突然、お邪魔してすみません。」
「ううん。いいの! 気にしないで。」


あの時は険しい顔と驚いた表情しか見れなかったが、ここで初めて彼女は微笑んだ。
なかなか、綺麗な人だ……。


「貴女が、ナマエなのね。」
「……はい。」


きっと彼から聞いたのだろう。


「良かったわ、貴女が無事で。きっとシュウも心の底から思ってる。」
「あの、……その良かったっていうのは?」


彼も言っていた。2度も、良かったと。無事でよかったと。
暫く姿を消していたのだから、心配してくれたのかもしれないけれど。
けれど、このジョディさんすらもそう言うのは、何か不思議な気がした。


「あら、知らないの?
貴女が渡米する日、アメリカにいた私たちに貴方を捜すよう連絡したのよ、彼。」
「え……。」


私を捜すように?
わざわざ、FBIの人たちに?


「直接、組織と関係ないとはいえ、貴女が国外へ行ったとなると必ず組織の連中は貴女を殺しにかかる。
本当はシュウが日本の空港で引き留める予定だったけど、捕まえられなかったからって。
だから私たちに貴女の写真を送って保護するように電話越しでね。」


こ、殺しにかかる? 私を……?
だから、彼は私が2人から離れることを知ってわざわざ引き留めに?


「でも私たちは貴女を見つけることができなかった……。」


それは、多分、変装していたからだろう。
あの人の指示に従って動いていたから……。
なんだか、凄く悪いことをした気分だ。


「それからずっと、貴女のこと捜していたのよ。
シュウに連絡入れるたびに、電話越しで彼、酷く焦ってたみたい。
ふふ、本人は隠しているつもりだったんでしょうけどね。」
「!、……。」


だから、良かったって。言ってくれたんだ。
私が無事でよかったって。あんな優しい音色で。


「宮野明美、彼女が亡くなって酷く落ち込んでいたわ。同時に、すぐに貴女の捜索が大規模に行われたの。
シュウは、組織の手が貴女に及ぶ前になんとしても見つけるって毎日毎日、寝てなかったわ。」
「……そこまで、……。」
「確かに捜査のために彼女に近づいたけど、多分、きっとシュウは本気で……。」


そこで、ジョディさんが辛そうに顔を歪めた。
ああ。この女性も、彼のことを愛しているんだ。
そう悟るには十分な程に。


「そしてナマエさん、貴女のこともまた大切に思っていたのよ、シュウは。」
「……………。」
「今回の件は、すべて私たちの責任。謝っても許されることじゃないのは分かってる。
でも、……でも、どうかシュウを責めないであげてほしいのよ。」


愛する赤井秀一のために、ジョディさんは今こうして話してくれているんだろう。
もう、いいのに。彼が悪いわけじゃないのは、分かっているんだから。


「……ごめんなさい。こんな話されても、困るだけよね。」
「……いえ。……。」
「……すぐにシュウが来ると思うから。」


ジョディさんは気まずそうにまた視線を泳がせて、そう言葉を紡いだ。
遠ざかる足音と同時に、別の足音が近づいてきた。
猫でもあるまいし確証は持てないけれど、多分、彼。


「入るぞ。」


ほら。


「……? どうかしたのか。」
「……なんでもない。」


結局、あの人たちの死を誰かのせいになんてできない。
誰のせいでもないのだ。ましてや、この人のせいなんかじゃない。

もし、強いてあげるなら。


「1つ、いいか。」


誰かのせいにしようとしている、私自身だ。



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