20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

Origin.


「もしも」


あの男の人の言葉はすべて正しかった。
私の愛した諸星大という彼は、赤井秀一というFBIの人間で。
彼は潜入捜査の為に明美に近づくことでこれに成功したのだ。


「場所を移そう。もう夜も深くなってきた。」
「…………。」


彼は、明美を愛していたのだろうか。
それとも最初から最後まで偽りの愛を語っていたのだろうか。
私への言葉も視線も、全ては偽りだったのか。

訊く勇気は、私にはなかった。


「安心しろ。仲間もいるが、お前に危害を加える奴はいない。」
「貴方は。」
「……。どうだろうな。」


まるで自嘲するかのように彼は鼻を鳴らして、車を走らせた。

移動している最中に時々彼を一瞥する。
前を見据える彼の横顔は、髪の長さ以外は特に大きく変化していなかった。
強いて言うならば、特徴的でもあったクマが酷くなったくらいか。
きっと毎日が多忙で寝る暇もないのだろう。

もしかして、睡眠もまともにできないほど周囲に敏感なのだろうか。
ドラマやアニメで時々そういう人が出てくるが、この人はその類なのかもしれない。


「――着いたぞ。」
「…………。」


車が停車して、ドアが開かれる。
ここがどこなのかは分からないが、私は着いていくほかない。

彼と共に屋内に入るとどこかホテルの印象を受けた。
長めの廊下を渡り、奥の扉が開かれる。


「シュウ!!」


部屋の照明が存在を主張してきた途端、女性の声が耳に響いた。
どうやら女性が発した「シュウ」とは、私の目の前に立つ彼を示しているらしい。


「もう! 結局1人で行くから心配したじゃない! で? どうだったの? 組織の取引現場は見ることができた? 取引相手も分からないし、向こうから誰が来るかもわからないのに危険すぎるわよ! ああっ、過ぎたこと言ってもダメよね……それで結局、結果はどうだったのかしら?」


驚くほどの早口で捲し立てる。
だが彼はふうっと白煙を吐き出して、落ち着いた声色で返した。


「そう捲し立てるな。取引は行われていない。」
「ええっ!? それじゃ、罠だったってこと!?」


この女性の声は、やはり私の鼓膜を酷く震わせる。
彼が落ち着いているから尚更のギャップを感じているのかもしれない。


「ジョディくん、少し落ち着きなさい。」
「あっ、はい。……でも、」
「分かっている。それで、どうだったんだね?」


ジョディ。
それが女性の名前らしい。なるほど、完全に外国人だ。
そしてそんな女性の後ろから、年配の男性が姿を現した。

どうやら2人とも、まだ私には気付いていないらしい。
……彼の背中は大きいから、私が見事に隠れているのだろう。


「元々、取引を行うつもりはなかったようですよ。
どういう意図か、私に彼女を仕方が会わせたく仕方のない奴がいたようで。」
「彼女? って、……ちょっとシュウ、誰よこの人!」


彼が身体を少しずらして、初めて私が2人の視界に入る。
ジョディという女性は大きく目を丸めて驚いていた。
すぐにキツイ視線をシュウと呼んでいる彼に向けているが、この人の表情は変わらない。
彼女も、FBI……なのだろうか。


「君は……。」
「……お邪魔しています。」


そしてもう1人。
落ち着いたこの男性は私をじっと見つめて、思案している様子を見せた。
彼の紡いだ言葉が何を表しているのかは分からないが、とりあえず挨拶は必要だろう。

軽く頭を下げると、彼は小さく頷いた。
そしてそのまま視線を私から移して。


「赤井くん、隣の部屋を使うといい。他の者には私から告げておこう。」
「ありがとうございます。」
「ちょ、ちょっと! どういうことですか、だいたい彼女はいったい!」
「ジョディくん。今は2人きりにさせてあげなさい。」
「っ、……。」


ジョディという人は、……もしかして彼のことを好いているのだろうか。
背中に突き刺さる視線を感じながら、私はまた、彼に連れられて移動した。


「食事を貰ってくる。先に中へ入っていろ。」
「……その間に、どこか行っちゃうかもね。」
「行かないさ、お前は。……だろう?」
「…………。」


彼は何を持ってそういうのだろう。
強いほど私の目を見て話す彼が、少しだけ怖くて。
でもこんな状況なのに、彼の視線が私だけを向いていることがどこか、嬉しくて。
皆みんな死んだのに、こんなこと思ってしまうなんて私はどうにかしている。

大きく頭を振って指定された部屋へと逃げるように入っていった。
音を立てて扉を閉め背中を預ける。
扉越しに、遠ざかる足音を感じた。


「――はぁ……。」


1人の空間が訪れて、長く重いため息が零れた。
本当に、あの男の人の言うとおりだった。全部。全部。

諸星くん……いや、彼は今どんな心境なのだろう。
私と会えて良かっただなんて言ってくれたけど、本当はどう思っているんだろう。
私はこれから、どうしていけばいいんだろう。


「もしも、出会わなければ。」


誰だって、一度は考えたことがある「もしも」。
何から変えれば、今こんなことにならないんだろう。

もしも、諸星くんと出会ってなかったら。
こんな想いもしなくてすんでたのかもしれない。
でもきっと、私と出会わなくたって明美とは出会ってて、明美は死ぬ運命?
それなら、これじゃあ遅すぎる。

もしも、明美と出会ってなかったら。
明美と初めて会ったの、いつだったかな……。
明美がいたから私は今までやってこれた。彼女の芯の強さが羨ましかった。
強いけど、本当は弱い女の子なのも知っていた。
そんな彼女に憧れて、そんな彼女だから好きになった。
明美と出会わなかったらだなんて、思いたくない。


ならば、「もしも」はどこで使えばいいのだろう。
……結果、凄く簡単な答えが出てくるわけだ。

もしも、私が――。


「開けるぞ。」
「!」


彼の声が聞こえて、凭れ掛かっていた扉から離れる。
まだ何も返事をしていないのに声をかけて数秒後に扉は開かれた。
手にはトレイ。作り立てなのか、乗せられていたスープからは湯気が立っていた。


「食べろ。」
「……。」
「ん?」
「…………。」
「食欲がないか?」
「……あ、なたは……食べない、の?」


私と同じく夕食は食べていないのだろう。
でもトレイには1人分しかない。
いくらなんでも私だけ食べるって言うのは、申し訳がないというか。

そう思って、かなり気まずかったが声を振り絞ると、彼は小さく目を丸めた。
そしてどこか嬉しそうに、口角を上げる。


「ああ。」


短いたった一言の返答だけれど、今日の中で一番弾んでいるように聞こえた。
そんな彼にどきりと高鳴る私の心臓は、やっぱり空気を読んでいない。


「……いただきます。」


誰が作ってくれたのかもわからないけれど、その人に感謝をして食事をとる。
まず始めにスープを手に取ると、口に含んだ瞬間に広がる酸味が私の舌を刺激した。


「――……。」


温かい。


「…………。」


温かいスープ。

思い出すのは、お父さんやお母さんが良く作ってくれたスープ。
お父さんのはなんだか極端に辛くって、小さいころは嫌いだった。
お母さんのは逆にしょっぱくって、塩加減間違えてるんじゃないかって何度も疑った。


「……っ、……。」


両親の料理よりも、親戚のおばさんたちが作る料理が昔はお気に入りだった。
若いころはホテルで勤めていたんだと、元シェフの腕を存分に揮ってくれた。
ただ食事のマナーを凄く注意されて、小さいころは鬱陶しくも感じたっけ。


「っふ、…うっ、……。」


1人暮らしを始めてから、明美を泊めたり、明美の家に泊まったりしてた。
料理は一緒に作って、一度ふざけて適当にやったら予想通り食べられたものじゃないのができたっけ。
一口目で嫌になるほど美味しくなかったけど、でも、2人で笑い合った。


「うっ、…ぁっ、…っ……。」


諸星くんと出会ってから、明美も私も料理に一層力入れたっけ。
凄い不思議なことに、諸星くんは料理を食べただけでどっちが作ったか当てたんだよね。
調理しているところ見ていたんじゃないかってくらいの的中率で、明美と一緒に驚いてた。

あの時は、明美が作ったのが分かるんでしょ? って悔しい気持ち抑えながら笑ったっけ。
でも諸星くんは違うって、お前の味が分かるんだって、言ってくれて。
馬鹿みたいに喜んだこと、あった。


「…ああぁ……あけ、み……。」
「…………。」
「っうぅ…っふ、ぁ……。」


なんで。
なんで今涙があふれてくるの。

どうして居ないの。
どうして皆、いなくなっちゃったの。


「ああっ……!」


1人になっちゃったよ。
もっとお父さんとお母さんと話しておけばよかった。
もっと親戚のおばさんたちのとこに遊びに行けばよかった。

もっと、もっと明美との時間を大切にしていればよかった。

明美とも諸星くんとも離れずに日本にいればよかった。


「うぁああぁああっ!!」


もしも、なんて。
叶いもしないこと願って。

もしも、なんて。
思うたびに苦しくなって、苦しくなって。

いないんだ。
皆、もうこの世にはいない。
もう会えなくて、言葉もかわせなくて。


やっと、これが現実なのだと思い知った。



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