20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

Origin.


離さないで!


薄暗い倉庫。
もう日も暮れだした、あの日から1週間後の今日。


『1週間後、宮野明美が死亡した場所で組織が取引をする。
そういう情報をリークします。もちろん、そんなことはしませんけどね。』


私に全てを告げたあの人の言葉が脳裏に浮かぶ。


『貴女は、その倉庫でただ待っていればいい。』
『待つ? それで、諸星くんと、会えるの?』
『ええ。過去に使った場所を選ぶ組織に対し、あの男なら違和感を覚えるのは間違いない。
そして、なによりその場所は宮野明美の死んだ場所――ヤツなら必ず来ますよ。』


明美の、死んだ場所。
言われるたびに、ああ明美はもういないんだと思わされる。
あの人の告げた言葉の1つひとつが全てウソならいいのに。

でも私には今、確かめる術は諸星くん……赤井秀一という男に会うことしかない。
怖いけれど。恐ろしいけれど。
でも、知らなくてはいけないんだ。私は。


「――時間だ。」


腕時計を見ると、既に取引時間。
この時間には既に赤井秀一はどこかに潜んでいるらしい。
そう言われても、私にはまったくもって、人の姿が見えない。


「……諸星、くん……。」


怖いよ。
本当に、貴方は、居ない存在だったの?
本当に貴方はFBIの人間で。明美は犯罪組織の1人で、死んだの?


「全部、教えてよ……。」


なんだか寒くなってきて、思わずその場にしゃがみ込んだ。
ああ。思えば私、両親が死んだと報せを受けてから、一度も泣いてないや。
明美の死には動揺こそしたけど、泣いてないよ。
なんで、涙出ないの。


「諸星くんっ、」


私の声だけが倉庫内に響く。

冷静になれば、来るわけがないのだ。
もしかしたらあの男の言っていたことは全てウソだったのかもしれない。
諸星くんがここにくるなんてこと、ありえないのかもしれない。

……そう、思えるはずなのに。
思うべきなのに。

何故か、私はその場から動けなかった。


「っ……、」


既に取引時間から20分程経過した。
これ以上ここにいても無意味なのかもしれない。

そう、思い始めた矢先だった――


「――ナマエ。」
「ッ!?」


足音なんて聞こえなかった。

でも、低い、大好きな、諸星くんの声が聞こえて。
初めて鼻の奥がツンとする。


「……諸星、くん……?」


顔をあげると、暗がりでハッキリとさえ分からないけれど。
そこには間違いなく、私の知る諸星大がいた。


「まさか、お前がここにいるなんてな。……生きていたのか。」


小さく、良かった。とそんな言葉が聞こえたのは、私の気のせいだろうか。
彼は私の腕をとって、立ち上がらせた。この力強さは、よくよく憶えている。


「諸星、くん……。」
「……これが変装なら、タチが悪いな。」
「変装……?」


近づいて分かる、諸星くんの表情。
まるで自虐するかのように、哀しげに微笑んでいた。


「いや、こちらの話だ。それより、訊きたいことが山ほどある。一緒に来てくれ。
……お前も、その様子じゃ訊きたいこと、あるんだろうからな。」
「…………うん。」


私、一番最初にこの人に会ったら、なんて言おうと思っていたんだっけ。
ずっとずっと考えていたのに、いざ会ったら、言葉なんて何も出てこなかった。

まるで逃さないとばかりに腕を掴まれたまま、私は倉庫から立ち去る。
少しだけ離れたところに車が停めてあって、引っ張ってくれていた手が離れた。

それから場所を移して、郊外で車は止まった。


「…………。」
「…………。」
「……今まで、どこにいた。」


始めに口を開いたのは諸星くんで。
ああ、違う。赤井秀一なんだっけ?


「遠い、島。」
「お前1人でか。」
「……そう。」


彼はウインドウを少しだけ開けて、懐からタバコを取り出した。
そのまま、マッチで火をつけて、先端に灯す。


「なんで、戻ってきた。」
「……。」


ああ、タバコ変わってないんだね。
相変わらずその銘柄が好きなんだ。


「両親が死んだって、親戚から連絡受けたから。」
「数ヶ月前のことだぞ。」
「そうみたい、だね。」
「……なぜ、アメリカに留まらなかった。俺から逃れるためか。」
「……そうかも。」
「…………。」


この人は、一度でも私のことを捜しに来てくれたんだろうか。
ああ。そんな暇ないか。


「あそこにいたのは何故だ。」
「……秘密。」
「あそこがどういう場所なのか、知っていてか。今夜あそこで何が行われるのか、知っていてあそこにいたのか。」


落ち着いているけど、けれどこの人の言葉には覇気があった。
少しだけ早口なのは、組織の人ではなく私がいたからだろうか。


「明美が死んだ場所って?」
「、」


自分でもびっくりするくらい、淡々とした声が漏れた。
途端、この人は息を呑んだ。
暗いからはっきりとは分からないが、少しだけ、目が揺れた気がする。
いったい今、この瞬間、何を思っているのだろう。


「両親が死んで、日本に帰国して。先にこっちにいるはずの親戚までもが炎の中で消え去った。」
「なに?」
「そしたら明美が死んだって知った。広田雅美だなんて偽名、どこからでてきたんだろう。」
「お前、」
「諸星くん、FBIの人だったんだってね。」


本当に鼻先がツンとして、少しだけ瞼が熱くなった。
私の言葉に驚いたのだろうか。次は、小さく目を丸めている。
けれどそれはすぐに細く、鋭く変化した。


「どこで知った。」
「秘密。でも、全部教えてくれた人がいたの。」
「なに?」
「ねえ、お願いだから教えてよ。」


ああ。あんなに長い髪の毛も切っちゃって。
本当にこの人は、諸星くんで、諸星くんじゃないのだろうか。


「貴方は本当に、明美を騙していたの? 明美を愛してたのも嘘だったの?
私のことをあんなに気遣ってくれたのも、全部明美を通して組織に入り込むため?」
「!」
「明美が死んだのも、私のお父さんにお母さんが死んだのもっ。
あんな親切な私のおばさんたちがいなくなったのも全部全部、貴方のせいなの!?」
「ナマエ、……。」
「貴方が、諸星大じゃないのも……本当なの?」
「お前は、どこまで――。」


そんな顔しないでよ。
全部全部、嘘じゃないって、そう突きつけられちゃうじゃない。


「赤井、秀一……。」
「…………。」


はっきりと紡ごうとしたダレかの名前が、
いざ口にしたら、酷く掠れてまるで声にもならなかった。
それでも私の目の前にいるこの人は、酷く悲しげに眉を下げた。


「……そうだ。」
「――、」
「全部、お前の言うとおりだ。」


なんで。


「俺は諸星大という偽名を使い、明美を利用して組織に潜入した。
だが、このことが発覚し、俺は捜査を中断してFBIに戻った。」
「……。」
「結果、裏切り者である俺と繋がりの深い明美は、殺された。
そしてお前の両親や親戚が死んだのも……間違いなく、俺のせいだろう。」


なんで、そんなこと、言うのッ……!


「……すまない、ナマエ。」


嘘だって。
そんなのは全部でまかせだって。そう言ってほしかった。
明美は生きてるって、そう言ってほしかった!


「なんでッ……! なんでっ、」
「すまない。」


淡々と告げてくるこの人に、私はなんて返せばいいの。


「お前を護るつもりだった。それなのに、」
「護るとかそんなのいらないッ!!
私はただ、諸星くんが、諸星くんでいればそれでよかった!
明美が本当は生きていて、諸星くんと幸せに居てくれていれば…それで……。」


それが、私が、逃げた愚かな私が、ただ切に願ったことなのに。
それすらも叶わないだなんて――。


「ナマエ、……。」
「わけわからないよ、全部全部、嘘だと思いたくてもここに来たのに。
全部本当なの。明美がその組織の1人で、強盗したのも本当なのね。」
「いいか、ナマエ。確かに明美は組織の一員だった。
だが末端の存在で、ほぼ関係ないと言ってもいい。あれも、……。」
「あれも?」


でも、この人は瞼を閉じてそれ以上、話してくれない。
一度言葉が呑み込まれ、結果的に車内は沈黙が流れた。
けれどこれもまた、彼が壊す。


「ナマエ、お前は何故ここにいる。誰と繋がってる。」
「……誰とも。」
「偶然あの場所に居て、偶然組織の取引日時と被ったとでも?
いいか、お前が繋がっている相手は酷く危険なんだ。
もし組織の中枢とも密に繋がっている奴なら、今度こそお前の身が――!」
「明美は助けられないで私は助けようとするんだ。」
「――。」


違う。


「明美は助けられなかったから、代わりに私はなんとしてでも助けたいって?
諸星くんはずるいよ。そんなの、私はただの明美の身代わりじゃない!」
「違う! ナマエ、俺はそう言うつもりで言ったわけでは!」
「じゃあどういうつもりで言ったってわけ!?」


諸星くんは、そんな人じゃないって、知ってるのに。
酷く心が荒れて、そんな言葉が吐き出された。

また、破られたばかりの沈黙が流れる。
先程よりも空気は重くて、私もこの人を見ることは到底できなかった。


「……ごめん。私、今、全然整理つかなくて。」
「……いや、無理もない。」
「…………。」
「…………ナマエ、」
「…………。」


いつの間にか俯いていた顔をあげる。
タバコを咥えたこの人は、酷く優しい瞳をして私を見つめていた。

彼の大きな手が、私に近づいてきて。


「っ、」


頬に当てられる。
温かくて、ごつごつしてて、さっきよりも瞼が熱くなった。


「お前が無事で、良かった。」


優しい音色でそう告げてくる彼の真意が分からない。
でもただ、この温もりが酷く恋しくて。本当に、涙が溢れ出そうになった。



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