20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

Origin.


罪と罰


唐突な、初めてのプロポーズを受けた夜。
それはもうまったく眠れなかった。
思い出すことすら抑えていた諸星くんのことも叩きつけられて。
まだ困惑は消えない。


「……おはよう、ございます。」
「おはよう。」
「おはよーナマエ!」
「もうクラディス先生始めちゃってるよー!」


いつものように、クラディスさんが開く授業に顔を出す。
かなり気まずかったが、これで行かないとこの子たちが心配してしまう。
なんて、ただのいいわけだけれど。


「ナマエ、少しいいか?」
「えっ?」
「なんだよセンセー、ナマエ独り占めする気かー?」
「そんなところだ。悪いが少し待っていてくれ。」
「ちぇっ。」
「はーい! 仲良くね、ナマエ!」


ぱちりと可愛らしいウインクを受け取る。
だが返す言葉が見つからない程、私は今戸惑っている。

心の整理がまったくついていない中で、一室に導かれた。
クラディスさんが奥にあるデスクまで歩いて、足を止める。


「あの、クラディスさん。昨夜の件ですけど、その、」
「実は君に渡したいものが。」
「え。」


まさか。
まさかそういうモノではないよね?
違う、よね?


「な、なんでしょう?」


柄にもなくビクビクしてしまう。
クラディスさんは、デスクの引き出しから何かを取り出した。


「実は、昨日渡そうと思っていたのだが。」
「あのっ昨夜の件は!」
「君の親戚からだ。」
「……はい?」


差し出されたのは、指輪でもなければネックレスでもない。
ただの、白い封筒。

差し出し人は、私に渡米話をくれた親戚だ。


「……なんで。」


私がここに居ることがバレないように、連絡は控えてもらっていた。
私の心が落ち着いてこちらから連絡を取るまでは、絶対にしないようにと。
そして、非常事態が生じた時のみ手紙を送るように、頼んでいたのだ。

それが今、私の目の前にあるということは――


「まさか、何か……!」


慌てて封を切る。
切り口が乱雑になっているが、気に留められなかった。
中に入っていた便箋を開いて紙に染みている文字を読む。


「――!」
「ナマエ?」
「……うそ。」


そこに書かれていたのは、不幸を報せる内容。


「どうした。顔色が悪いぞ。」
「っ……!」


手が震える。
書かれた文字は、確かな現実だろうか。


『親愛なるナマエへ
お元気ですか。突然の手紙に驚いたことでしょう。
聡明な貴女ならこの手紙を見ている時点で察していると思います。
酷くショックを受けるでしょうが、決して取り乱さず見てください。

ナマエ。貴女のご両親が、亡くなったと報せを受けました。』


「おか、さ……。おとうさ……。」
「まさか――ナマエ、君のご両親、」
「……は、は……しんだ? うそでしょう?」


手紙にはまだ続きが書いてあった。


『悲しいことに、彼らの部屋は酷く荒らされていたそうです。
警察は、物取りが侵入し、帰宅してきた彼らを誤って殺めたと見ています。
報せを受けた私たちも絶句しております。信じられない気持ちでいっぱいです。
まず第一に、彼らの愛娘である貴女に報告せねばと連絡しました。

もし、貴女がそこから日本へと帰還するのであれば、同封されているチケットを使用しなさい。
私たちもこれを送り次第、日本へと向かいます。
どうか、気を確かにね。』


――……お母さんが、死んだ。お父さんも。
なんで。どうして……。

心が冷めて、ごちゃごちゃしていた頭の中が、逆に冷静になった。


「ナマエ、」
「ごめんなさい、クラディスさん。私あの話お断りします。
後、すみません。日本に戻ります。両親が、亡くなったみたいなので。」


捲し立てる様にそう告げれば、クラディスさんは察してくれたように頷いた。
そして腰元につけていたキーの束を取り出す。


「空港まで送ろう。飛ばすぞ。」
「……ありがとうございます。」


子どもたちにを適当に言いくるめて、クラディスさんの車に乗り込む。
変わりゆく景色を眺めながら、私の心は次第にそわそわしだした。

両親が死んだ?
何故か実感が湧かなくて、涙腺も緩まない。
親戚から届いた文章の気遣いが効いたのかもしれないが……。


――……


≪皆様、本日は当航空をご利用くださいまして、誠にありがとうございました。
御出口は前方と中央の――……≫


久々の日本。
晴れ晴れ太陽のもと空気を吸い込んで、一歩足を踏み出す。


「まずは実家に、……。」


段々、気分が優れなくなってきた。
日本に来て両親の死が現実的に思えてきたからだろうか。
いや、事実、2人も死んだ……らしいけれど。


「……。」


こういう時、誰に頼ればいいのだろう。
昔なら迷わず明美に、諸星くんに助けを求めていたと思う。
でも、今はそれはタブー。

きっと、もう実家には親戚が着いている頃だ。
手紙を出してすぐ日本へ向かうと書いてあったし、遺体も確認しているかもしれない。


「お願いします。」
「はい。」


空港前で乗客を待っているタクシーを1台捕まえて、住所を告げる。
懐かしい景色が巡り巡って、なんだか目元が熱くなってきた。

涙が零れそうになるのは、両親のことか。
それとも、暫くは帰国しないと決意して逃げたのに今いる自分にか。
泣いてはいけないと唇を噛み締める。


「あれ、火災でも起きたんでしょうか。」
「え?」
「ほら。右手に煙が。」


本当だ。
凄い煙が黙々とあがってる、火事ならよほど酷そうだ。
でも待って。……あの方角は……。


「あの、……急いでもらっていいですか。」
「え? ああ、はい。お客さんの指定した場所、あの付近ですもんね。」


もしかして。もしかして、とは思うけど……。
ざわめく胸を、無駄だと思いながら手で押さえて。
早く、早く着けと。お願いだから無事でいてと。願う。

でも。


「――……。」
「あぁ、こりゃ酷いですね。お客さん、此処で降りられるんですか?」
「…………。」
「お客さん?」
「あ、あぁ……はい……。」


もういくら払ったんだか憶えてない。
おつりなんてもらう前に、タクシーから降りた気がする。

目の前には茫々と燃える家。もう姿も見えなく火に包まれている。
周囲には人が集まり、消防隊員が消火活動に励んでいる。
どうなっているんだ、これは。本当に。


「うっ、」


思わず吐き気がした。


「中に人いるんだろ?」
「ここって、確か前に泥棒入ったとこじゃなかったか?」
「ああ。住んでた夫婦が殺されたっていう、あの……。」
「やっと親戚の人が来てくれたっていうのに、なんでったってこんな。」
「まだ中にいるんでしょう?」
「大丈夫かしら……。」


ああ……なるほど、そう……そういうこと。
つまり、私に両親の死を報せてくれた彼らは、この火の中なの。


「おい、嬢ちゃん下がって!!」
「まだ危ないんだ!」


ふらりと彼らのもとに行こうとしたら、全力で止められる。
なんで? どうして!


「私はただ、あの人たちのとこに! お母さんもお父さんも、おばさんたちも皆そこにいるなら!」
「君、もしかしてこの家主の娘さんか!」
「なんでッ、どうして!!」


私を嗤うように、めらめらと炎が燃えていた。


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