20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

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あげられるのは苦しみばかり


その日は、家に帰らないで近くのホテルに泊まった。
あの男の人が何者なのかは定かではないが、すんなりとお金を出してくれたのだ。
いつか必ず返すと言ったけれど、口元に人差し指をあててただ何も言うなとだけ。

翌朝、早くに家に帰ると諸星くんはおろか人の姿1つなかった。
それに安堵したようなそうでないような、複雑な心境の中帰宅をする。


「ナァ〜!」
「ああ……、お前、」


扉を開けると、家を出た時と全く同じ場所に、同じ格好で白猫が座っていた。
まさかずっとここで待っていてくれたのだろうか。


「ごめんね、待たせたよね。」
「にゃあ?」


頬を舐めてくる猫には、私の涙の痕が分かるのだろうか。
そこを辿るように小さな舌が動いて、本当に手放すのが惜しい気持ちでいっぱいになった。


「お前を勝手に拾って勝手に手当てした挙句、勝手に捨てることになる。ごめんね。」
「ナァ、……。」
「お願いだから、強く生きてね。」
「なぁ?」


小さな体をまた抱きしめる。
お別れだ。もう会うこともないのだろう。


「私、お前のこと忘れないよ。」
「ナァ……にゃぁあ。」


強く抱きしめたら壊れてしまいそうな体。
暫くその温もりを感じているが、ふと目についた腕時計が時間をさしていた。


「もう、行かなくちゃ。お前は今日からまた野良だよ。」
「にゃぁ、」
「ごめんね。……。ばいばい。」


猫を玄関口に降ろして、自分の手荷物を持ち上げる。
白猫は昨日と同様不思議そうな表情で私を見上げてきた。
すると、ドア越しにクラクションが鳴る。どうやら迎えが来たようだ。


「――いいんですか?」
「はい。本当にすみません、こんなことまで……。」
「とんでもない。旅立つことを決意した貴女へのプレゼントですよ。」
「昨日会ったばかりなのに?」
「ええ。でも、貴女の苦しみに思うところがあった、とだけ言っておきます。」


白い車。雨の中私に声をかけてくれた男の人のものだ。
今度は濡れていない状態で助手席に座る。すると、白猫が近づいてきた。


「ごめん、お別れだ。」
「ナァ……。」
「ごめん、本当に。元気でやってね。」
「なぁあ!」


もうそんな声を聞くのが辛くて、扉を閉める。
白猫を見ないふりをして「お願いします。」とだけ告げると静かに車は動きだした。
ミラー越しに猫が走って追ってくるのが分かるけれど、だからといって止まるわけにはいかない。


「いいんですか? 愛猫。」
「元は拾った子なんです。きっと生きていけますよ。」


段々と景色が移り変わっていく。
向かう先は、もちろん空港だ。


「電話、してもいいですか?」
「ええ。どうぞ。」


男の人に許可を取って、携帯を取り出す。
そこには不在着信やメールがたくさんあって、明美と諸星くんからだった。

明美からは、「大君が心配してるけど、何かあった?」とだけ。
つくづく優しい親友だ。私はそんな親友だからこそ、好きになったのだけれど。

アドレス帳から彼女の名前を出して、電話をかける。
プルルルと独特の呼び出し音が3回聞こえると、明美の声が伝わってきた。


≪ナマエ!? もう、どうしたのよ凄く心配して……!≫
「ごめんね。でも大丈夫。」
≪大丈夫って……ねえ、何かあったの? 大君、昨日からずっと貴女のこと捜してるのよ?≫
「捜して……。そっか、嬉しいな。」


諸星くんが、私を捜してくれている。
それだけのことなのに、何だか胸がほんわかした。


「ねえ、明美。聞いて。」
≪なあに? ていうかナマエ、今どこにいるの? 大君にも連絡するから場所を……、≫
「お別れなんだよ、明美。」
≪え?≫


私はなんて最低な女なのだろう。
こんな大切な親友を、自ら傷つけて遠ざけるのだから。


「今日で、私、海外に行くことになったの。」
≪え……やーだ、冗談? もう4月なんてとうに過ぎて……、≫
「明美。」
≪ねえ、嘘でしょ?≫


明美の声が、ちょっとだけ震えている。
嬉しい。それだけでも嬉しい。なんて、酷い女だ。


「本当。だから、もう会えない。」
≪ちょ、ちょっと待ってよ。一体どういうこと!? なんで突然そんな……!≫
「前から話は貰ってたの。相談も何もしなくてごめんね。」


一方的に、私は切り捨てる。
離れたくないと望んでいた愛すべき友を、私自身の手で切り捨てるのだ。


「明美、好き。明美のこと大好き。私の、ただ1人のかけがえのない親友。」
≪ちょっと、どうしたのよナマエ! 今どこ? すぐに会いに行くから、場所を教えて!≫
「ごめんね。そんな明美を捨てて私逃げるね。」
≪急にそんなこと言われたって意味わからないって言ってるじゃない!≫


明美の声が、響く。
もしかしたら隣でハンドルをきっている彼にも声が届いているのではないかと思うほどだ。


「私ね、2人といる時間が好き。でも同時に辛かったの。」
≪どうして、……。≫
「2人のことが、大好きだからに決まってるじゃない。」
≪ナマエ、落ち着いて話しましょ。こんな電話越しにする話じゃないわよ……。≫


ごもっともだ。電話越しにする話じゃない。
でも電話越しじゃないと、私はきっと2人の思うままに留まってしまいそうだから。
それでは、いけないのだ。私が離れないと。


「明美、諸星くんに謝っておいて。でも、嘘は言ってないって伝えて。」
≪やめてよ。どうしてそんな、直接言いなさいよ!≫
「言えないよ。もう、諸星くんに会わせる顔もないもの。」
≪ねえ、ナマエ。もし貴女が大君のことを想って、私のことを想って今回のこと言いだしたのならすぐにやめて!≫
「明美。ごめん。」
≪ナマエ? ナマエちょっと待ちなさ――……。≫


無理やり、通話を切る。
一気に力が抜けて、また涙腺が緩んだ。
堪えるように唇を噛み締める。


「いいんですか。」
「…いいんです。」
「そうですか。」


男の人はそれ以上は何も言わずに、車を走らせ続けてくれた。
遠くに顔を出す空港――私が逃げる搭乗口。


「もしかしたら彼がいるかもしれませんね。」
「え、」
「旅立つ旨を伝えているのなら、空港で待機しているのは当然でしょう?」
「あ……。」


そうだ、しくじった。
私は今日旅立つということを告げてしまっている。


「どうしよう……。」


諸星くんのことだ。
何が何でも私を飛行機に乗せない気がする。


「――大丈夫。」
「え?」


不安な私を余所に、隣の彼は綺麗に微笑んだ。
口元が大きく吊り上っていて、なんだか挑戦的な瞳をしている。


「僕がなんとかしますから。」


その言葉にはまるで他意があるように感じたが、今私が頼れるのはこの人だけ。
彼の言葉に静かに頷いた。



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