20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

Origin.


幸せ=不幸せ


男の人に優しく肩を抱かれて、真っ白な車に入る。
少し待っているように言われて車の中で1人。まだ涙は、止まらない。


「っふ、…うぁあっ。」


押し殺そうとしても口から洩れて、堪えられない。
全てが終わってしまった。全てが何もかも。もう諸星くんに会わせる顔なんてない。
明日、最後にと明美に会わせる顔もない。


「これ、どうぞ。」
「っ、…。」


車の扉が開かれて、雨風と共に温かい缶を渡される。
それを両手で抱きしめて、お礼を呟くように言うけれどきちんとした言葉にはならなかった。
けれど男の人は察してくれたのか優しい音色で「どういたしまして。」とだけ返してくれる。


「車、狭くてすみません。気分は悪くないですか?」
「っは、い……っ。」
「無理して喋らなくていいですよ。泣きたい時は我慢しないでください。」


どうしてこの人がこんなに親切にしてくれるかは分からない。
けれど、今はそれがどこか心地よかった。

その半面で、声をかけてくれたのが追いかけてきてくれた諸星くんではないのが、どこか残念で。
なんて私の心は贅沢で浅ましいのだろうかと、目を背けたくなる。


「家までお送りします。」
「ッ、」


家。
あの家には、私とあの白猫しかいない。
でも、もしも私の帰りを諸星くんが待っていてくれていたら?


「……もしかして、家には帰れませんか?」
「、……。」


ダメだ。会えない。
優しい声に素直に頷く。


「そうですか……。」
「…っごめ、なさ……。」
「いえ。謝らないでください。貴女は何も悪いことしていないんでしょう?」


悪いこと……。
私が自分勝手に逃げ出すことも、明美の気持ちも諸星くんの気持ちも無視したことも。
これは全部、悪いことなのだろう。


「ッ、……。」
「落ち着いて。大丈夫ですよ。」
「……あな、たは……どして、」


ハンドルに両腕を乗せて、優しい眼差しでこちらを見てくる男の人。
どうしてこんな意味の分からない女に優しく接してくれるのだろうか。
疑問でならない。


「どうしてって……女性が1人で泣いているのを放っては置けません。」
「……でも、……。」
「何か事情がおありなのでしょう? 家から逃げるように走って来たようですし。」
「え、」


なんで。


「ほら、貴女サンダルじゃないですか。しかもお世辞にも外へ履いていく用とは思えません。
大方、ごみを捨てようと外に出た時に何かがあって、逃げるように走ったらあそこにいたんじゃありませんか?」
「……は、い。」
「やっぱり。雨も急に降って、知らない場所にいて、さぞ怖かったでしょうね。」
「…………。」


男の人はハンカチを取り出すと、私の頬を拭ってくれた。
本当に、何から何まで優しすぎて、嬉しい反面どこか辛さが溢れ出てくる。

これが、これがもしも諸星くんだったら――。
なんで何度も、何度もそう考えてしまうのだろう。


「あ、それ飲んでください。きっと温まりますから。」
「…あり、がと……ございます。」
「はい。」


渡されていた缶のふたを開ける。
ふるふると手が震えたけれどなんとか開けられた。
その瞬間に漂ってくるココアの甘い香り。


「――……おいしい。」
「自販のものですけどね。さて、これからどうしましょうか。」
「……家に、帰らなくちゃ。」
「でも帰ろうにも帰れないんでしょう?」
「…………。」


家に、諸星くんがいるとは限らない。
居てほしいと思う反面、居てほしくないという思いもあって。
私は結局何を望んでいるのか、自分自身で全く分かっていなかった。


「何か辛いことがあったんですね。」
「、……なれないんですかね。」
「え?」


唇から洩れていく。


「なんで、みんながみんな、幸せにはなれないんですかね。」
「……。」
「誰かが幸せな一方で、必ず誰かが不幸せになる。」


万人が幸せになることなんて、ありえないのだろうか。


「……好きだったんです、」
「……ええ。」
「好きで、……好きで。
親友も、親友の恋人も、どっちも好きで、どうすればいいのか、分からなくて。」
「…はい。」
「結局私は、……自分が不幸だと被害者ぶって、逃げる……。」


一気に貰ったココアを飲み干すと、胃がじわりと熱くなった。
先程まで雨で冷えていた全身が、ほんのりとぽかぽかする。


「こんな浅ましい女の友であってくれた彼女にも。彼女の恋人にも、申し訳なくて。」
「だから、逃げるんですか?」


男の人の言葉に、改めて自分が目を背けたのだと突きつけられ、また勝手に胸が痛んだ。
でも、それは事実だから、小さく頷く。
すると男の人は何をいう訳でもなくただそうですか、とだけ。


「もう、私には傍にいる資格なんて、ない。」


もう。ないんだ。
明美とも諸星くんとも、築いてきたものは崩れ去った。


「逃げる場所は、決まっているんですか?」
「…渡米話があって、それを受けたんです。」
「アメリカですか。」


親戚からのこちらに来ないかという話。
日本に両親はいるが、昔、お父さんと親戚がアメリカに住んでいた。
その中の良い親戚が、チケットをよこしてくれたのだ。
私はこれを利用して逃げようとしている。親戚の思いも踏みにじって。


「アメリカは逃げ場としておすすめできませんね。」
「え、…どうして、ですか?」
「ありがちすぎるんですよ。逃げる場所として。」


確かに。それは否定できないが……アメリカは広い。
例えば、もしも仮に諸星くんたちが私を追ってきてくれたとしても。
きっと会うことはないだろう。


「僕なら一度アメリカに足を付けてから、別の場所に行きますね。」
「別の場所、」
「はい。本気で彼から逃れたいというのなら、お手伝いして差し上げますよ。」
「――え……?」


男の人がぐっと顔を近づけてくる。

大きな瞳。褐色の肌。艶のあるブロンドの髪。
美しいくらい、唇が綺麗に弧を描いた。



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