20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

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初めまして、絶望


その連絡を受けた時、全身を巡る血が冷めたような感覚を受けた。
電話越しに震えたか細い声が聞こえて、まさかと思わせた。


『ナマエっ、どうしよう。私、人轢いちゃったッ……!』


あの時の親友の声は一生忘れないだろう。
そして、誰よりも真っ先に私に連絡してくれた彼女を忘れない。
だって、彼女のお蔭で私は一生に一度の恋をしたのだから――。


「明美、もうそろそろ時間じゃないの?」
「あっそうだった! ね、ナマエ。これなんてどうかな?」


今日は親友のデートの日。それも初めてのデート。
親友に頼まれて、彼女の家でのんびり過ごしながら洋服を選ぶのをお手伝い。
鏡の前でワンピースを自分の身体に重ねている彼女の笑みが、今は眩しすぎる。


「うん、似合ってる。」
「もうっそれさっきも言ってた!」
「だって本当にどれも似合ってるんだもの。センスありすぎ、明美。」
「ふふっ。実はほとんど志保が考えてくれたのよ。『お姉ちゃんにはこっちの方が似合う。』ってね。」
「優しい妹さんだね。」
「ええ!」


本当に。優しい。
優しい妹に。優しい姉。2人の中はきっと誰もが羨むほど良いはずだ。
――到底、勝ち目なんてなかった。それはきっと、最初から。

その時、来客を告げるベルが高々と家中に響く。
誰が来たかなんて既に分かっていた。


「あ! 来ちゃった!」
「ほら、明美がもたもたしているから。」
「も〜だって悩んじゃうんだもの! 悪いけどナマエ、リビングに通してくれない?」
「私もお客様なんですけどー?」
「ごめんごめん! 今度ケーキ奢るから。」
「まったく。急いでよね。」
「はーい!」


明美の部屋を出る。
扉を閉める時に見えた彼女の表情は、まるで
「これから愛しい人と結婚します」とでもいうような幸せ絶頂の様子だった。

彼女の代わりに玄関に立って、そっと外を覗けば真っ黒な人――
無愛想で人を寄せ付けない表情を浮かべている、その人が。
相変わらずだと思いながらもどこか顔が緩んでしまう。
これを表に出さないように一度引き締めてから、ドアノブを回した。


「こんにちは、諸星くん。」
「あぁ――驚いた。君もいたのか。」
「私はこの後帰るけどね。」


諸星大。
あの日、明美が車で誤って轢いてしまった男の名前だ。
漆黒のニット帽。漆黒の長髪。漆黒のロングコート。漆黒のブーツ。
どれをとっても真っ黒で、真夏なんて見ているだけで倒れそうなほど黒尽くめの男。


「明美、まだ準備できていないの。リビングに上がってってさ。」
「表に車を置いているんだが。」
「少しだけなら止めておいても大丈夫。私一度も切られたことないし。」
「……そうか。」
「うん。だからどうぞー、っても明美の家だけど。」
「フ……ああ、失礼する。」


扉を開けたまま諸星くんを迎え入れれば、横を通る彼をチラ見する。
端正な顔立ちだ。男らしい凛々しさがある。特徴的なのは目もとのクマか。

目の前で揺れる長い髪を掴みたくなる気持ちを抑えながら、心の扉よろしく玄関扉を閉めた。


「その後、具合はもう大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。」
「そう。あの時電話貰って、吃驚したんだから。」
「ふ、俺も突然飛び込んできた君には驚いた。」
「お互いきょとんって感じだったものね。」


明美から「人を轢いてしまった。」と連絡を受けて、病院に駆け付けた。
幸い、その人は怪我をしただけで済み、命は取り留めたらしい。
それでも、震えた明美の声に自分の身体まで震えて、聞いていた病室に突撃するが如く入った。


『明美っ!』
『――……?』


だがそこにいたのは、ベッドで横になっている諸星大その人だけ。
しかも、目が覚めている状態だった。


『え、と……、』
『ああ。彼女の友だちですか。』


思わずお互いがお互いを見つめ合いぼーとしていると、彼の方から声をかけてきた。
どうやら明美とはきちんと顔を合わせたらしい、それを教えてほしかった。


『は、はい。あの、大丈夫……ですか?』
『ええ。ご覧のとおりですがね。』
『……すみませんでした。』
『いえ。こちらの注意ミスでしたから。』


初めてみたその時から。
思えば私は――、


「ナマエっ、大君! お待たせ!」
「そこは恋人の名前を先に言ってあげなさい。」
「ふふっ、つい。」
「まったく。」


確かあのワンピースは2番目に出してきたものだ。
ふんわりと香るこれは柔軟剤の香りなのだろうか。

明美が暖かな笑顔を浮かべながらリビングに入り、諸星くんと会話をする。
普段は仏頂面であまり変わらない表情も、明美を前にして微かに口角があがっている。
目も普段より細まっていて、ああ想い合っているんだなと改めて痛感させられた。


『私ね、大君と付き合うことになったの!』


そう報せを受けたのは、果たしていつだったか。
明美の言葉を受けて私の心はただただ痛んだ。


『そ、うなんだ……。おめでとう……!』


一生懸命、こう返したことだけを覚えている。
その後どのような会話をしたのかも、電話を切った後自分がどうしたのかも、正直憶えていない。
私にはあまりにも衝撃的で、その時は涙さえも流れることはなかった。


「ナマエ? ナマエってば!」
「あっ、な、なに?」


意識が飛んでいたのだろうか。
明美に声をかけられてはっとする。


「大丈夫? 何度声かけても返事ないし……もしかして疲れてた?」
「いや、平気。ちょっとだけ寝不足なだけで、」
「ごめんね。私、朝から呼び出しちゃったから……。」
「ううん。明美の手伝いが出来て私は嬉しいくらいだから。」


心配してくれる明美に、微笑む。
明美は優しい子だ。誰にだって好かれる明るさと人を思う心を持っている。
こんな醜い感情に溺れてしまいそうな私にだって変わらない笑みを向けてくれる。


「さて、私はもう帰るよ。後はお2人で仲良くねー。」
「んもう! ナマエってばからかわないでよ!」
「からかいたくもなるでしょ。」


恥ずかしさを誤魔化すように肩を叩いてくる明美に、私は微笑んでそう言うことしかできない。
明美越しに映る、諸星くんを見たくなくて。私は早く立ち去りたくてしょうがなかった。


「家まで送るか?」
「え、い、いいよ。別に、家近くだから。」


こんな、時折見せる優しさが、辛いから。


「じゃあ、私帰るから。またね!」
「あっナマエ! ありがとうね!」
「はいはーい! ケーキよろしくー!」
「んもーっ。ふふ、」


こんな気持ち知りたくなかった。

私は諸星大に恋をして。
まもなく親友が諸星大と付き合った。



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