20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ

Origin.


足りない、要らない、満たされない


「知らなかった? 私、ずっと、諸星くんのこと好きだったんだよ。」


目を丸める彼の顔が、酷く可愛らしくて。
私の口元が力なく緩むのが分かった。
彼のその瞳に、今の私はどう映っているのだろう。


「明美が貴方を想っているように。貴方が明美を想っているように。
私も、貴方のことを想ってたのよ。ずっと、ずっとね。知らなかったでしょ。」


吐き捨てるようにそう言えば、初めて諸星くんの瞳が大きく揺らいだ。
少し厚めの唇が開かれる。けれどそこから言葉は発されずに息だけが先に零れた。


「前に諸星くん言ってたよね。遠慮しすぎだって。明美との仲を気にし過ぎだって。」


一度吐き捨ててしまえば、簡単に口は動いた。
今まではあれだけ躊躇していたのに。


「そんなの、無理だよ。
明美のことも諸星くんのこともどっちも好きで、でもその2人が付き合ってて、私の入る隙間なんてどこにもない。
気にするなとか、できるわけがないじゃない。ずっと、ずっと貴方たちといるの辛かった! っ苦しかった!」
「ナマエ、」
「呼ばないでよ……。諸星くんに名前呼ばれる度に、どうすればいいのか分からなくなる……。」


こんな時に、酷く優しい声を出さないで。


「一瞬でも期待しちゃってた自分が、バカみたいじゃない。」
「ナマエ、俺は――、」
「やめてよ。」


何も、聞きたくなんてない。


「だから私、遠く行くの。もう2人には会わない。」
「……海外か。」
「そう。でもこれ以上は言わない。」
「…………。」


少しの沈黙が流れた。
諸星くんは今、何を思っているのだろう。

友人だと思っていた女に好意を向けられたと知り、迷惑がっているのだろうか。
明美に対してなんて言おうか、考えでもしているのだろうか。


「ナマエ、」
「やめて、呼ばないで。」
「ナマエ、俺は、」
「いいから、言わないで。何も言わないで。もう、いいの!」
「いいはずがないだろう!」


っ……そんな声、あげられたんだ……。
落ち着いた声、ちょっと意地悪な声、そんなものしか聞いたことがなかったから。


「いいか、ナマエ。よく聞け。」
「いや。言わないで。」
「俺か明美を選べずに海外へ飛ぼうとしているのなら、答えなんて決まっている。」
「やめて、」
「お前が選ぶのは、――」
「やめてってば!!」


こんな、こんな時にまで名前を紡ぐの?
その名前を紡ぐたびに私の心は張り裂けそうなのに。
大好きだけど、大嫌いなの。


「もう、いいんだってば。」
「ナマエ、」
「これが最初で最後だよ、諸星くん。」
「ナマエ!」


肩に手を当てられる寸前に、身を引く。
諸星くんがどこか傷ついたような顔をして、なんでそんな顔するのか全然わからなかった。
私がしたいよ。その顔を。


「大好き。でした。」


それだけを告げて。
私は無我夢中に走り去った。
後ろから、足音が聞こえない所まで。
一生懸命一生懸命。


あんなに名前を呼んでもらったのに。
初めて呼んでもらった時のような胸の高鳴りはない。
もう、私は満たされない。それだけじゃ満たされなくなっている。

なんで、っなんで諸星くんと会っちゃったんだろう。
なんであの時明美からの電話を受けちゃったんだろう。
どうして、明美と出会ってしまったんだろう。


「苦しいよっ……!」


知らないうちに雨が降り始めていて。
辺りには傘を広げている人たち。
そんな人たちに脇目も振らずに駆けて駆けて駆けて。

気がつけば、知らない場所についていた。
誰もいない雨音しか聞こえない場所。


「――……は、は……。」


冷たい雨粒をいっぱいに受けて、立ち止まればじわりと堪えていた感情が溢れてきた。
ずっと我慢していた涙が、次々に瞳から溢れていく。


「も、…やだ……。」


これで終わりだ。冷静になって、思う。
諸星くんに想いを告げてしまった。ぶつけるような、一方的な形で。


「もうやだよっ……!」


なんでこんなことになったんだろう。
なんで。どうして。疑問ばかりが次々に出てくる。
でもそれを解決する答えなんてなにもなくて、悪循環。

雨で濡れた髪が、服が、肌にべとついて気持ち悪い。
でもそれ以上に、ぐちゃぐちゃになった自分の感情が一番気持ち悪くて。
酷く吐き気がした。


「っう……うぁあああっ!!」


力が抜ける。
その場に崩れ落ちたら、びしゃっと雨水とぶつかる音がした。
足元から体中が冷えていく。もうこのまま死んでしまいたいとさえ思った。
結局、私の決別は、逃亡によって行われる。

涙しても。叫んでも。雨が全部掻き消してくれる。
誰にも見つからない。誰にも聞こえない。
自分勝手な愚かな私の感情を洗い流してほしい。


「――あのー、」
「ッ!?」


誰もいない。
そう確信していた中で聞こえてきた控えめな声に、一瞬全てが制止したような錯覚を受けた。
諸星くんなのかと刹那思ったが、明らかに違う。
彼よりも高い、男の声だ。


「大丈夫ですか? まさか何か事件にでも巻き込まれたんじゃ。」
「っ、……っ。」


その人は私のことを真剣に心配してくれているみたいだ。
でも、吐き出して溢れた感情は急に止まることは出来なくて。
嗚咽が私に言葉を紡がせてはくれなかった。

ただ目の前で泣きじゃくる女に、相手は戸惑っているのかもしれない。
立ち去ってほしい。早く。1人にさせて。

そんな私の願いも露知らず、肩に温かい上着がかけられた。
思わず、酷い顔なのを忘れて顔を上げる。
――まだ若い男の人だ。


「とにかく、一度ここを離れましょう。雨が酷いですから。ね?」
「…っ、」
「大丈夫。取って食ったりしませんよ。ただ、心配なだけです。」


優しい音色に誘われて、差し出された手を私は握った。
見た目とは裏腹に力強く私の身体を起こさせるその人は、やんわりと微笑んでくれた。


「さ、こちらへ。あそこに車置いているので移動しましょう。」


もしもこれが諸星くんだったら。
――そう思ってしまう自分に、反吐が出た。



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