20ノ題-いつか終わる恋 | ナノ
「なんてカワイソウな私たち!」
「ごめん。もうすぐ電車乗るから切るね。」そう言って、早々に電話を切った。
一番最初に嘘を吐いたのはいつだったか。もう覚えていない。
あの時は酷く痛んだ胸も、悩ませていた頭も、今じゃ気にもならない。
恐ろしいものだ。
何度も嘘を吐いていると、罪悪感も薄れていくのだから。
「――……。」
電話を切った手をぶらりとおろす。
電車なんてもちろん乗らないし、駅の近くにすらいない。
1人で、無人の公園を歩く。
今日は平日に加えて大雨だから、無人が生み出されたのだろう。
大きな広場に自分しかいないと思うと、虚しくなると同時にほっとする心があった。
『この後、大君と食事するの。実は好みとか全然知らないんだけど、これを機に知れたらいいなー!』
電話越しに聞いたばかりの言葉。
私の心を大きく揺さぶるにはあまりにも十分すぎた。
もちろん分かってる。分かってるんだ。
明美は何も悪くない。
もちろん諸星くんだって何も悪くない。恋人なんだし当然のことだ。
分かっているはずなのに、私の心は冷静に受け入れてなんてくれなかった。
もう聞きたくなくて。考えたくなくて。嘘を言って電話を切った。
「――……。」
私が離れれば早い話なのだ。
私があの2人から離れればこんな思いもしなくてすむ。
けれど離れられない私がいる。明美も、諸星くんも、大好きだから。
結局、誰が悪いのかと理由を付けるなら決断できない私なのだろう。
「あれ?」
雨が傘にぶち当たる音を聞きながらぼーっとしていると、ふと耳に聞こえる声。
人の声じゃない。これは猫の声だ。しかも1匹だけじゃなくて2匹はいる。
どこから声がするのかと辺りを見回すと、目の前に影が飛び出した。
「!、」
そう、まさにその影こそ猫。しかも身体中傷ついてる。
この雨の中で泥まみれだ。相当ひどい状況だけど。
駆け寄ろうとした瞬間に、更に同じ場所から別の猫が飛び出してきた。
この猫も身体に傷はあるけど、そこまで酷くない。
「って、ちょっと止めっ、止めなさい!」
「ッシャァアア……!」
ただでさえ傷だらけだった最初に飛び出してきた猫に、更に襲い掛かっている。
これ以上何をしようというのか。
慌てて近づいて声を荒げると、激しい威嚇をしてきた。
でもこんなところで放っておいたらあの猫が死んでしまうかもしれない。
負けじと睨みつければ、一歩一歩その猫は後ずさりを始めた。
「にゃぁあ……?」
「えっ。」
すると、更に猫が顔を出してきた。藍色の毛に身を包んだ猫。
その猫が出てきた途端に、私に威嚇してきた猫が甘い声でその猫にすり寄る。
――もしかして、この藍色の猫を取り合っていたのだろうか。
「ナ、ァ……、」
「シャァアアア!!」
「にゃぁ……?」
やっぱりそうだ。見た目で猫の性別なんてわからないけど。
この藍色の猫を巡って、2匹が争っていたのだろう。
けれど勝敗は見ただけでも良く分かる。
今、藍色の猫に甘えているこの猫こそ、勝者だ。
でも、負けている傷だらけの猫は頑張ってまだ戦おうとしているようだ。
一生懸命声を出している。でも、これ以上やっても、意味はなさないだろう。
「ニャッ!」
「にゃぁあ!」
「…ナァ……、ナァア……!」
勝者の猫が、藍色の猫をつれて茂みに入ってしまう。
傷だらけの猫が一生懸命声をあげても、もう振り向きはしない。
――敗れた傷だらけの猫は、哀しいほどに泣き続けた。
か細い鳴き声を発して。
「……お前、大丈夫?」
「な、ぁ……。」
「藍色の猫、取り合ってたの?」
「……なー。」
「そう。お前、頑張って戦ったんだね。」
もうボロボロだ。元は白い猫だったのだろうが今は泥まみれ。
そっとその猫を抱きかかえて、これ以上雨に濡れないようにしてあげる。
体温が冷たい。息はちょっと乱れはしているけど、多分大丈夫だとは思う。
「お前から挑んだの?」
「…ナ、ァ!」
「……でも、負けちゃったんだ。」
「なー……。」
「……お前は、偉い子だよ。」
小さな頭を撫でてやれば、薄く目を細めた。
これ以上ここにいないほうがいいだろう。
とりあえず家に連れて帰って処置くらいはしてあげたい。
猫を連れて、自宅へ走って戻る。
これじゃあ電車に乗れないし、不審な目で見られると思ってダッシュ。
「――ほら、暴れないでね。」
「な、ナァ……!」
猫の処置方法なんてわからないけど、動物病院近くにないし。
人とそう大差ないだろうと思いながら、一応ネットで調べながらやってみる。
「お前、野良猫?」
「ナァ。」
「そう。……あの猫のこと好きだったの?」
「ナァア!」
一見、猫と会話しているヘンテコな女だろうが、私1人だし問題はない。
それにしても、この猫はやっぱりあの藍色の猫を取り合って戦ったのか。
猫と話ができるわけではないから分からないけど、何となくYes,Noの返事は分かった気がする。
この猫、優秀だ。
「お前は、あの藍色の猫が好きだった。
けど、アピールを充分にする前にあの猫が現れて戦ったんだね。お前から喧嘩を吹っかけて。」
「ナァ!」
「でも、あの猫の方が強くて、結局藍色の猫もあの猫を選んじゃったんだ。」
「ナァ……。」
「お前は、偉い子だよ。」
しょんぼりと肩を落とす猫の頭を撫でる。
気持ち良さ気にまた目を細めてくれた。
「お前は、偉い子だ。だって、お前は戦ったんだから。」
「なぁ……?」
「戦う勇気を持って、諦めずにやりきったじゃない。」
「ナァ。」
そっと、その子を抱きしめた。
暴れずに大人しく私の腕の中でじっとしてくれている。
「私は、私は戦うことも、しないで逃げているだけだから。」
「ナァ?」
「お前は、偉い子なんだよ……。」
「ナァ……!」
「っ、……慰めてくれるの?」
「ナァ!」
頬に伝わっていた涙を猫が舌で拭ってくれる。
私がこの猫を解放しているはずなのに、逆に私が介抱させられている気分だ。
介抱よりも慰められているという言葉の方が正しいけれど。
「お前、これからどうする?」
「ナァ?」
「これからよ、これから。分かる?」
「なぁ……?」
分かっていないようだ。
「とりあえず、今晩はここで過ごそう。明日、動物病院に連れてってあげるから。」
「なぁ!」
尻尾がふんわりと揺れた。
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