3周年記念 | ナノ

Origin.


「完全休暇」


魔導院での日々の暮らしといえば、朝からの授業に実地訓練だろうか。
時々与えられる休日すらも、自主訓練に依頼、周辺地域の巡回に当てられる。
思えば、休みらしい休みを送ったことなど無かった。


「でも、正直どう動けばいいのか分からないわね。」
「まったくだ。」


サロンのソファに座り、ナマエとエースは小さく息を吐く。
今月から始まった「完全休暇」。訓練も依頼も禁止された、謎の休日。

常日頃から戦いのことを考えているナマエたちに、このような休暇はありがたいものではなかった。
何をすればいいのか、分からないからだ。


「いっそのこと外に出る?」
「出てどうする。町を歩くのはつまり、巡回にあたるんじゃないか?」
「やっぱりそうなるのかしら。」


こうなれば、先週、完全休暇を与えられたセブン・ジャックペアに話を聞いておくんだった。
ナマエは深々と溜め息を吐いて、頭を抱えた。
じっとしていても、次の作戦のことを考えてしまう。これではいけない。


「もー! どうしろっていうのよー!」


ナマエが困ったと声を上げた時、ふと近づいてくる影が。
2人の組担当である、クラサメだ。傍らにはトンベリもいる。


「珍しいな、2人して渋い顔をして。」
「たいちょー……、完全休暇とか何すればいいんですか?」
「急に言われても、困る。」


素直に休暇の使い方が分からないと嘆く2人に、クラサメは小さく目を見張った。
だがそれもすぐに薄まる。


「町へ出てみればいい。」
「巡回してしまうわ。」


首を横に振ってそれはダメだと答えると、クラサメはまた小さく驚いた表情を浮かべる。
次は、目が細くなるのではなく、眉が下がった。


「作戦のことを考えるな、だなんて。マザーも無茶苦茶だ。」
「どんな意図があるのかも察せられないわ。」
「……。」


急に言い渡された「完全休暇」。
やはりこんなものは要らないのでは――2人が本日数度目の溜め息を吐くと、クラサメがまた口を開いた。


「ならば、町のことを考えてみるといい。」
「町のこと?」
「そうだ。戦場としての町ではなく、人々が平穏に暮らす町のことを。」
「人々が、」
「平穏に暮らす町……。」


クラサメはそれだけを告げると踵を返す。
てこてこと、その足元でトンベリも動き出した。
彼らの姿は魔導陣の光に包まれて消える。


「例えば、何かしら?」
「平穏? ……戦場ではない、町。」


与えられたヒントを頼りに思考を巡らせる。
ふと、エースが思い立ったかのように首を傾げながら言葉を紡いだ。


「ご飯を食べる、とかか?」
「そうね。戦場じゃまともに取れない時もあるし……。
それなら、朝起きてから誰かにおはようって言うのも、町のこと?」
「そこで暮らす人たちに挨拶をする機会ってあるか?」
「ほら、例えば買い物の時とか!」
「そうだな。それなら言いそうだ……。買い物か。」


次第に繋がりが見えてくる。


「前行った町、活気があったな。」
「ええ。どこの店も繁盛していたわね。」
「何を買っていたんだったか……。」
「食料と、後は花を買っている人もいたわ。」
「花を買ってどうするんだ?」
「……か、飾る、とか? 世間には危ないものなんて売っていないでしょうし。」


これが闇市場や戦場に隣接した場所なら、
眠り粉を発する花や、軽くその香りを吸うだけでも思考が麻痺する花があるだろうが。
人々が暮らす、戦場ではない町にそのようなものはないだろう。


「そういえば花屋の向かいにレストランがあったな。行列できていたから良く覚えている。」
「どうやらオープンしたばかりみたいよ。オープニングセール中って書いてた。」
「よく見てるじゃないか。」
「……美味しい香りしたから。」


ちょうど頬を撫でる程度の風も吹いており、これに乗って芳ばしい香りが届いてきたのだ。
ナマエはその時のことを思い出し、恥ずかしげに目を伏せた。
それを見て、エースは口元を綻ばせる。


「相変わらず食いしん坊だな。」
「なっ! ち、違うわよ。そういうんじゃないの! あの時はお腹もすいていたし。」
「確かに。任務終わった後だったから、僕も疲れてたな。」


その日の任務は、近場の草原をねぐらにした魔物の討伐だった。
数も多く、集団で行動していたために苦戦したのをよく覚えている。
そして任務を達成した後は、その町の宿でぐっすり眠ったことも。
ナマエはそこまで思考を巡らせると、ふと小首をかしげる。


「宿……。私たちが泊まった宿のオーナー、凄くいい人たちだったわね。」
「ああ、あの老夫婦か? 労わりの言葉かけてくれてたな。」
「それに人当たりの良いあの笑顔、なんか心が落ち着いたのよね。」
「わざわざ僕たちのために軽食まで作ってくれたりもした。」
「思えば素敵な人たちだったわ。」


脳裏には、優しい笑顔で微笑む老夫婦が浮かぶ。
このように考えていると、不思議と自分たちの心が温かくなっているのを感じた。
ナマエもエースも、同じことを思ったのだろう。顔を見合わせて、微笑みあう。


「今から、行くか。」
「今から?」
「ああ。ちょうど昼には着くだろうし、レストランに行くにはいい時間帯だろ?」
「……そうね。そうよね、せっかくの休日だし……。」


エースに手を差し出され、ナマエは何度も頷きながらそれに自分のを乗せた。
そして2人はふんわりとしたソファから立ち上がり、魔法陣へと向かう。


「エース、それなら私、近くの雑貨屋にも行ってみたいわ。」
「髪留め買うのか?」
「えっ、どうして分かったの?」
「横目でじっと見てただろ、町行く人の髪留め。」


まるでお見通しだ、と言われているようで、ナマエは思わず赤面する。
だがエースはその反応を見て嬉しそうに微笑んだ。


「だ、だって。とても綺麗だったんだもの。」
「ああ。ナマエに良く似合うと思うよ。」
「あ、ありがとう……。」


恥ずかしがる様子もなくさらりと告げてくるエースに、ナマエは落ち着かない。
微かに顔を俯けたとき、魔法陣が光り輝いた。

エントランスに着いた途端に、大きな瞳にナマエとエースが映る。


「あっれ〜? ナマエにエースじゃーん!」
「し、シンク!」
「どしたの〜? 2人とも今日は完全休日じゃなかったっけ?」


シンクはにこにこと笑顔を浮かべている。ナマエは思わず顔をひきつらせた。
決してシンクが悪いわけではないのだが、何とも言えないタイミングだと感じたわけだ。


「えっと……。」


思わず口ごもると、繋がれていた手に力が込められた。


「僕たち、これから出かけるんだ。」
「えっ、エース……!」
「そうなの〜? あっ、もしかしてデート!?」
「でっ!?」


ぱあっと子どものように笑顔になるシンクに、ナマエは慌てる。
確かにエースとは恋仲ではあるが、あまり人前でそれらしきことをすることはなかった。
だからこそか、このようなところを見られるとどこか気恥ずかしく感じるのだ。


「この間、任務で行った街へ出かけるんだ。」
「エースッ!」
「別に隠すことじゃないだろ? 悪いがシンク、そういうことだから。」
「は〜い! 行ってらっしゃーい!」


手を引かれ歩き出す。
すると後ろから声がかけられた。


「せっかくだったらチョコボで行けば〜?」
「あぁ、そうするよ。」


足を止めることなく、エースは空いた手を振ることでそれに応える。
ナマエは身を引かれながら、再度赤い光に包まれるのを感じた。


「ナマエ、」
「ん? なにかしら。」
「完全休暇、悪くないかもな。」
「……そうね。」


まだ町へ行ったわけではないが、行くまでのこの時間が楽しい。
向かった先でご飯を食べて、ショッピングして。
考える時間をも楽しいと感じる……。

完全休暇とは、こういう楽しみを見出すことを意図してのものなのか。
ナマエはふんわりと微笑んで、繋がれたてに力を込めた。



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カナツキ様へ
エース夢「甘いお話」でした。

多分、チョコボは2人乗りをするはず(笑)
リクエストありがとうございました!



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