3周年記念 | ナノ

Origin.


夢への扉


「ねえ、赤井さん。」

そう言った直後、ナマエは咄嗟に口元に手を当てた。
呼ばれた本人は面白そうに口角を上げてナマエに視線を向けるだけ。


「…………。」
「…………。」


じっと見つめられれば誰だって恥ずかしくなるもので。
ナマエは自分の過失のこともあり、気まずそうに視線を逸らした。
だがその口元は遠くからでも良く分かるほど緩んでいる。


「しゅ、……秀一、さん。」
「なんだ?」
「……。」


言えば応えてくれる。
ただし、赤井という苗字ではもう応えてくれることはなくなった。
何故ならばナマエ自身もまた赤井なのだから。


「今日で3回目だな。」
「か、数えてたんですか!」
「憶えているだけだ。」


喉でククッと笑われる。
ナマエは恥ずかしそうに一度、掌で自分の顔を覆った。
1つ大きく深呼吸を吐いて、その手を離す。


「で、なんだ?」
「あ。いや、コーヒーのお代わりいるかなって。」
「ああ。頼む。」
「はい!」


結婚してからまだ1ヵ月余り。
俗に言う新婚というものではあるが、結婚前から同棲していたこともありその実感は湧かなかった。
けれど、心なしか、赤井の帰宅は早くなった気がする。


「はい、どうぞ。」
「ああ。」


言動に何1つ変わったことはない。
けれども家にいる時間が普段より少しだけ長いことが、ナマエにはどうしようもなく嬉しかった。


「なんだ、やけに機嫌がいいじゃないか。」
「そう見えます?」
「ああ。宝くじに当選でもしたか?」
「そもそも買ってませんー!」


もう。と小さく悪態を吐きながら、ナマエは隣に腰を下ろした。
そのまま、自分よりも高い位置にある肩にそっと頭を乗せる。


「どうした。」
「ううん。」
「……そうか。」


赤井は手にしていたカップを置くと、ふうと息を吐く。
暫く、お互いがお互い無言で過ごしていると、ふと赤井の手がナマエの頭に乗っかった。


「ん?」


どうしたのかと少しだけナマエは顔をあげる。
だが赤井は何も言葉を返さずに、そのまま頭をゆっくりと撫でた。
優しい動作に、ナマエは思わず目を細める。


「フ、まるで猫だな。」
「だって、秀一さんに撫でてもらうの、好きで。」
「ホー?」
「凄く気持ちいいんですよ。」


手も大きいし。
ナマエは呟くようにそう付け加え、赤井の手に自分の手を乗せた。
すると赤井の指がナマエの指の間に入り込む。


「……、」
「なぜ黙る。」
「え、えっと……。」


まだまだ、このような手の繋ぎ方は恥ずかしい。
繋がれた手が頭の上からおろされる。
頭が少しだけ軽くなった。そう思った矢先に、先ほどよりも重いものが乗っかる。


「赤井さん、重いです。」
「…………。」
「……秀一さん、重いです。」
「そうか。」


珍しく、赤井が自分に寄り掛かっている。
寄り掛かるというより顎を頭の上に乗せて、が正しい表現ではあるが。
これにナマエは嬉しそうに顔を綻ばせながらも、なんとなくで重いと言葉を発する。
けれどいっこうに退く気はないようだ。


「どうかしたんですか?」
「いや、……少し疲れたのかもしれんな。」
「え。ならベッドで休んだ方がいいんじゃ。」


彼の仕事のことは知っている。
手伝おうと思っても、到底自分には無理なことも。
ナマエは少しでも疲れを取ってもらいたいと寝室へのルートを薦めたが、


「ここで構わん。」
「でも……。」
「動くのも面倒だからな。」


そう、断られる。
一緒の空間にいられることは嬉しいが、やはり身体は大事にしてほしい。


「やっぱり寝室行きませんか? これじゃ休まるものも休まらないんじゃ……。」
「なら、連れていってでもしてくれるのか?」
「えっ。いや、それはちょっと……。」


大人、しかも鍛えられた男性を寝室まで運ぶのは至難の業だ。
ましてやナマエはただの一般人なのだから。
赤井の分かりきった発言に言葉を濁すと、またもやククッと笑われる。
頭上で笑うものだから、振動が身体に直に伝わってきた。


「冗談だ。だがそこまで言うのなら、行くか。」
「はい。そうしてください。」


ずっと乗っかっていた重みがとれて、やけに軽く感じる。
行ってらっしゃいと手を振るナマエだが、立ち上がった赤井が動かないことに疑問を持つ。
不思議そうに首を傾げながら、ナマエは赤井を見上げた。


「秀一さん……?」
「どうした、」
「?、どうしたはこちらのセリフです。」
「行くぞ。」
「えっ!?」


腕を引っ張られ、自然とナマエは立ち上がった。
そのままこちらを振り返ることなく赤井は歩き出す。
明らかに向かう先は寝室――。


「いや、えっ!?」


ナマエはベッドに身を放り投げられても未だ、困惑した表情を浮かべていた。
対する赤井はどこか意地悪気に口角を上げているだけだ。


「寝室へ行くと言ったのはそちらだが?」
「えっと……それは秀一さんだけの話で。私はまだ寝なくても……。」


だが赤井はナマエの弱弱しい主張に耳を傾けることはしなかった。
自分自身もベッドに横になり、ナマエを抱き寄せる。


「いいから、俺に付き合え。」
「……何もしない?」
「してほしいなら、遠慮なくさせてもらうが?」
「何もしないでください。」
「……。」


赤井の鍛えられた胸元に額を当てる。
すると、大きい武骨な手がナマエの頭を優しく撫でた。
それがやけに心地良くて、ナマエの瞼はゆっくりと下がる。


「明日、何時に出る予定なんですか?」
「さあな。」
「さあなって……。」
「そういうのは気にするな。もう、寝ろ。」
「……はい。」


余計なことを話す必要はないというように、赤井はナマエの身体を引き寄せる。
ナマエはその腕の中でもぞもぞと自分の落ち着ける体勢を探す。
そして一番いいポジションにつくと、動きを止めて静かな呼吸を始めた。


「ナマエ、」
「……なんですか?」
「どこか、行きたいところ決めておけ。」


耳元に降りかかる優しい音色に、ナマエは口元を緩める。
瞼を伏せたままでも今の赤井の表情がなんとなく分かった。


「……いつ頃行けますか?」
「さあな。だが、近いうちには休みを取れる。」
「なら……昨日CMでやってた、植物園がいいです。」
「わかった。」
「…ん、……。」


段々、ナマエの意識がおぼろげになっていく。
愛する夫の温かな手に、静かに動く心臓の鼓動音に、確実に夢路へと導かれていった。


「おやすみ。」


胸元に当てていたはずの額。
そこへ優しい温もりが触れたと同時に、ナマエは眠りについた。



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柚子様へ
赤井夢「夫婦でぼのぼの甘」でした。

こういう時のキスは、赤井さんの場合相当優しく微かに触れる程度だと思う。
リクエストありがとうございました!



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