3周年記念 | ナノ

Origin.


水槽で揺蕩う


白羊宮にて、慌ただしく貴鬼が走り回っていた。
その腕の中はころころと変わり、時には包帯、時には消毒液、
時にはボウル、時にはタオルなどとさまざまだ。

そしてやっと落ち着いたと息を吐いた時、体はソファに埋まっていた。
次第に意識が落ちていく傍らで、女性の痛々しい声が聞こえた気がしたのだが、
貴鬼は疲労から睡魔に逆らえず、そのまま夢の中へと落ちていった。


「っつぅ……!」


一方その頃、ナマエは顔を酷く歪めていた。
肩を押さえながら歯を噛み締める。


「まったく、無理するからですよ。」
「ムウ……。」
「悪いですが、切らせてもらいますからね。」


ムウは大きなハサミを手にして、ナマエの服にその刃をあてた。
そして衣服を着る音が静かに脱衣所に響く。
ナマエは痛みで顔を歪めたまま、その様子を見ていた。


「さ、手を離してください。」
「ねぇムウ。その、さすがにここからは私が……。」
「肌傷つけられたくなかったら、じっとしていてくださいね。」
「は、はい。」


怪我をしたのは昼間。
聖闘士同士の訓練中に近くを通りかかったナマエが、その戦火に巻き込まれた。
幸い右肩を殴打しただけではあるが、お蔭で彼女の腕があがらなくなったのだ。


「本当に動かない。」
「当然です。絶対に無理に動かそうとしないでくださいよ。」
「分かってるよ。」


ナマエの利き腕は右腕。
自由に動かせない利き腕に、ナマエの行動は一気に制限された。
料理を作ることも、掃除をすることもまともにできない。
なによりも一番困難なのが――


「なんでお風呂まで……。」
「仕方がないでしょう。貴女1人ではいれるんですか?」
「……入れないです。」


それどころか、服すら脱げない。
ナマエは困ったように息を吐いて、切られていく衣服を見つめた。
風呂に入る、入らないを置いても、汚れた服を着たまま寝ることはできない。


「ムウ、ごめんね。貴方も暇じゃないでしょうに。」
「ええ。まったくですね。」
「あははぁ……。」


ムウの素直な回答に思わず苦笑いが出る。
ハサミで衣類を綺麗に切り、ムウはナマエに白いバスタオルを渡した。
ナマエは手を借りながら肌が見えないようにバスタオルで隠す。


「さて、これでいいでしょう。」
「ありがとう、ムウ。」
「これくらい構いませんよ。」


もう着れない状態になった服が、洗濯機の上に置かれた。
お気に入りだったのにな、とそれを見つめているとムウの視線に気が付く。


「どうします?」
「え?」
「入るのであれば、可能な限り介抱くらいしますよ。」
「あ、あぁ……そうね。……お願いしても、いい?」
「ええ。」


これが赤の他人であれば恥ずかしい上に申し訳ない気持ちで断るが、
ナマエにとってムウはもはやそういう対象ではない。
そして羞恥心で断るほどの初々しい関係でもない。
こう考えると、随分熟しているのかもしれないとナマエは失笑した。
まだ若いはずなのに、熟すには早いはずなのに。


「加減は。」
「大丈夫。」


ぬるいくらいの温度で、シャワーが足元に当たる。


「体全体を濡らすくらいであれば、左手だけで充分でしょう。」
「うん。あ、向こうむいててね。」
「分かっていますよ。」


一時タオルを外して、ナマエは体全体を濡らす。
すぐに前をタオルで隠してムウに声をかけた。


「もう大丈夫。」
「そうですか。では背中から。」
「お願いします。」


黙々と背中が洗われる中で、ナマエはぼんやりと考え込んだ。


「(……男と女が風呂場にいるのに? なにもない。
怪我人の私相手にどうこうっていうのもないだろうけれど……。
それって、女としてどうなのかな。それとも熟し過ぎちゃっている?)」


期待しているわけではないが、若干寂しい気もする。
ナマエはバレないように小さく息を吐いて、背中に触れる感触に目を閉じた。


「今、痛みはどうですか?」
「うん? 平気よ。」
「そうですか。流しますよ。痛かったらすぐに言うように。」
「はーい、了解!」


背中からボディシャンプーの泡が洗い流されていく。
きちんと流れるようにと、ムウの手が背中に触れた。
明らかに違う感触にナマエの身体が小さく震える。


「痛かったですか?」
「あ、ううん。大丈夫……。」
「風呂場で欲情しないでくださいね。」
「はっ!?」


何を突然言い出すんだ!?
ナマエは思わず体をひねらせてムウを向いた。
平然と突拍子のないことを言い出した本人は、普段と変わらない様子だ。
それどころか、どこか面白そうに目を細めている。


「なんです?」
「な、なんです? ってねぇ……!」
「そこまで恥ずかしがるほどの間柄ではないでしょうに。」
「っ!」


確かに自分でもそうは思うが……。
だからといって本人から直接言われて何も思わない程鈍感ではない。
ナマエは恥ずかしそうに眉を寄せて顔を俯かせる。
そんな照れくさそうな様子に、ムウは静かに口元を緩ませた。


「貴女の照れた表情は久々に見ましたね。」
「もうっ、ムウ!」
「そう声を荒げずに。」


浴室は音が響く。
ナマエの声もまた響き、ムウはナマエの唇にそっと指をあてた。
思わずナマエは口を閉ざす。


「ナマエ。」
「な、なに?」
「……すみません。」
「えっ?」


突然の謝罪に、ナマエは思わず目を丸めた。
何も謝られる理由はないはずなのに。


「私が貴女と共に行動していれば、こんな怪我。」


優しく、優しくムウの手が右肩に触れる。
肩への痛みはないが、ムウの言葉が切なくナマエ自身の心が痛んだ。


「ムウが謝ること、ないのに。」
「いえ、先に貴女を行かせたのが誤りでした。
あの辺りはいつ二次被害が起きてもおかしくない場所だ。
聖闘士でなければ、あの場所を通るのは危険なのは十分に知っていたはずなのに。」


怪我のない左肩に、そっと温もりが伝わった。
シャワーのものではない、もっと別のもの。


「ムウ……。」


彼が左肩に顔を埋めている。
美しい髪色が視界の隅に映った。


「ムウ、私は大丈夫だよ。確かに痛いけど、こうして……。」
「?」
「こうして、ほら、一緒に居られるし、ね?」


怪我の功名、だよ。
ナマエは少しでも安心させるように、そう微笑みながら告げる。


「ナマエ……助けられますね、貴女には。」
「ううん。むしろ私が助けられているんだもの。」


そっと、ムウの頭に乗せる様に、ナマエも首を傾けた。
暫くそうして過ごしていると、ふとムウの身体が動く。


「さ、早くあがってしまいましょう。」
「うん。」


ムウがそっとナマエの額に口付けた。
ふとその時、浴室に近づく足音に気付く。
思わず2人で扉へ視線を移すと、小さな影が映った。


「2人とも、中に……?」
「貴鬼ですか。寝ていたのでは?」
「ん、起きちゃって……。」


やはり貴鬼だ。
本来ならばドキッとするところなのだろうが、生憎そこまで純情ではなく。
ムウもナマエもまた、通常通りだった。


「おいら、何か手伝えることあったらって思って……。」


控えめな貴鬼の言葉に、思わず2人は目を合わせた。
お互い、口元に笑みを浮かべている。


「貴鬼、一緒にお風呂入る?」
「えっ!? い、いや、おいらはいいよ!!」
「遠慮することはないんですよ。」
「ほっ、本当にいいんだ! おいら、寝るからっ!」


おやすみ!!
そう投げつけるように言葉を放ち、影と共に気配が遠ざかった。
なかなか可愛らしい子だ。ナマエもムウも同じことを思ったのだろう。
お互い、目を細めて笑っていた。


「さ、では貴鬼を待たせないように早く済ませましょうか。」
「お願いしまーす。」
「お願いされましたよ。」


そして再度、ムウの手がナマエに触れた。



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凛様へ
ムウ夢「怪我した夢主を風呂場まで介抱」でした。

風呂場で介抱とか怪しい香りしかしないけれどそこはムウ様だから。
リクエストありがとうございました!



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