3周年記念 | ナノ

Origin.


時計針の罠


今日は晴天。
いい風も吹いていて、ついつい眠気が誘われる。

だが、ナマエの心は全く晴れ晴れとはしていなかった。
険しい表情を浮かべたまま、腕を組んで椅子に凭れ掛かっている。


「ナマエ?」


そんな中で後ろから声がかけられる。
気配も感じなかったためナマエの身体は小さく跳ねた。


「! あ、赤井さん。」
「驚かせたか。」
「いえ、大丈夫です。どうかしましたか?」
「ならいい。少し出かけてくる。」
「あ、はい……。」


赤井の遠ざかる足音と閉まる玄関音に、ナマエは小さく息を吐いた。
困ったものだ。テーブルの上に置いてあった水の入ったグラスを掴み、口をつける。


「どうしよう。」


"今日"が始まって9時間が経過した。
特別なこの日に何かしてやりたい! と意気込んだのは良いものの、まったく案が浮かばないのが現実。
ナマエは昨夜から酷く悩みに悩んでいた。


「好きな人ができた? 別れて? 実は貴方のことが嫌い?
どれもこれも違う……ていうか、絶対に赤井さんならバレちゃうわ。」


ん〜……。


「子どもができた!!」


思い立ったように立ち上がるが、ナマエはすぐ脱力したように椅子に座りこむ。


「うん、バレるよね!」


赤井秀一という男は酷く切れる。
切れ過ぎてて、こちらが何かしようと思ってもする前にバレるのだ。
そんな男を今日という日に乗じて騙そうだなんて――。
考え始めた自分がそもそも愚かだったのかもしれない。

だが、どうしてもやりたいのだ。
――エイプリルフールという特別な日に、愛する人へ『嘘』を。


「何か、……ないかしら。」


辺りを見回して考えてみるが、何も浮かばない。
はぁああ、と大きな溜め息を吐いてナマエはテレビをつけた。
テレビではエイプリルフール特集が流れている。

確かに騙されちゃうかも……。
そう思いながら見るが、放送されているネタを実際にやるわけにはいかない。
今、出かけている赤井がこれを見ていないとは限らないからだ。


「――……あ。」


ふと、ナマエは情けない声を発する。
思い立ったのだ。あの赤井に堂々と騙す偽りを。


――……


「!、おかえりなさい赤井さん。」
「ああ。……。」


暫く経つと、赤井が戻ってきた。
その手には少し離れたところに位置するコンビニの袋が。
小さな袋パンパンに入っている袋の形状から察するに、サラダを2つといったところか。


「なんだ、飯作ってたのか。」
「はい。まさか赤井さん買って来るだなんて思わなかったですし。」
「悪かったな。」
「ううん。気にしないでください!」
「……。」
「?」
「いや、」


さしずめ、自分がぼーっとしているから買ってきてくれたのだろう。
そんなこと気付いてはいたが、それを言葉にしないままナマエはキッチンへ向かった。
サラダをとるために皿を2枚取り出し、テーブルに置く。


「さ、食べましょう。」
「ああ。」


並べられた食材に口をつける。
我ながらうまくできたと思う。急いで作った割には。


「おい。」
「はい?」
「…………。」
「赤井さん?」
「……いや、」


ナマエは箸を咥えたまま首を傾げる。
だが赤井は何もそれ以上は言わず、どこか顔を顰めながら黙々と食事を続けた。


「? 変な赤井さん。」
「強いて言うなら、その量で足りるのか?」
「あぁ……ちょっと、食欲なくて。」
「なに?」
「あ。でも体調悪いとかじゃないので!」


にっこりと微笑んで、ナマエは目の前の皿を空にする。
これだけ言うと早く食べたと思うが、元々赤井とは量の差があった。
普段よりも食べる量が少ないことに当然彼は気がつくが、体調不良ではないという。

赤井は眉間にしわを寄せたまま、食事を続けた。


「ふぁ…ぁ。」
「眠いのか。」
「はい。おかしいな、睡眠時間はきちんと確保しているのに。」
「……。」
「なんか、最近脚の付け根も痛いし。歳のせいにするにはあまりにも早いし。」
「……。」


ふぅ、と小さく息を吐いて、ナマエは首を回した。
軽く音が鳴るのは、昨日はパソコンの画面と睨めっこをしていたからだろう。
おかげで、追っていた組織の取引現場を突き詰めることができたが。


「おい。」
「はい?」
「……熱があるわけじゃないだろうな。」
「はい。気になって調べたんですけど、平熱でした。ただ……。」
「ただ?」


ナマエは少しだけ困ったように眉を下げる。
それを見逃さない赤井は、言いよどんだ言葉のこともあり目を細めた。
まるで何かを逃さないとばかりの眼光だ。


「そこまで怖い顔しなくても!」
「ただ、なんだ。」
「……私、基礎体温の管理をしているんですけど……高いんですよ。」
「なんだと?」


ちょっとだけ言うのが恥ずかしいが、仕方がない。
自分で毎日付けている基礎体温表を近くの引き出しから取り出して赤井に見せた。


「ほら、見てください。ここ2,3週間高温期が続いてて……。」
「……。」
「とは言っても、そこまで高いわけじゃないんですけど。」
「……お前、他に最近、変わったこととかないか。」
「ええ?」


変わったことだなんて。
ナマエは赤井のその言葉に首を傾げながら考える。


「…………。」
「あるんだろ。早く話せ。」
「う。」


何故分かるのか。
ナマエは困ったように肩を落とす。
そして、先ほどよりも恥ずかしそうに眉を下げた、


「つ、月のモノが近くなるとここ痛くなって……吐き気もちょっと。」
「…………。」
「そ、それがなんなんですか?」


下腹部を抑えた状態で、ナマエが目を泳がす。
赤井があまりにもこちらを凝視するものだから、思わず。


「あ、赤井さん?」


すると音も立てずに静かに席から立ち上がった。
そのまま赤井はナマエへと一歩一歩近づいてくる。
ナマエは思わず、手にしていたグラフ表を抱きしめ後ずさる。


「あの、……なん、ですか?」
「…………。」


何が怖いって。
彼が無言のまま険しい表情で近づいてくるのがだ。

ナマエは口元を引き攣らせたまま、さらに一歩後ずさる。
だがその瞬間、赤井の腕が伸びてきてナマエの手首を掴んだ。


「っ、」
「お前……。」


鋭い眼光がナマエを射ぬく。
その表情や醸し出す雰囲気に口を開けないでいると、赤井が更に目を細めた。


「食事傾向の変化。食欲の低下。睡眠リズムの崩落。」
「あ、あの……?」
「足の付け根の痛み。基礎体温の高上。月経前の子宮痛。」
「うっ、」
「そして吐き気……。」
「赤井さん?」
「……まさかとは思うが、……。」


赤井の顔がぐっと近づく。
お互いの鼻先が微かに触れる距離に、ナマエは息を呑んだ。


「――妊娠、しているんじゃないだろうな。」
「えっ……。」


思わぬ言葉。思わぬ単語。
ナマエは目を大きく丸めた。


「っま、まさか! そんなわけありませんよ!」
「いや。可能性がないとは言い切れないだろ。」
「わ、私が妊娠? でもだって、ちゃんと……し、してるじゃないですか!」
「ゴム1つで完全に避妊できるわけじゃない。」
「おっ、オブラートに包んだ言い方してくださいっ!」


なんてこと言うんだ! とナマエは顔を真っ赤にさせる。
だが赤井の表情は変わらず、相変わらず険しい表情だ。


「調べたか。」
「ま、まさか。」
「……。……あるか。」
「まさか。」


検査キットのことを指しているのだろう。
そんなもの家に置いてあるわけがないとナマエは激しく首を横に振る。


「買いに行くぞ。」
「わ、私もですか!?」
「……俺に買えというのか、お前は。」
「……ですよね。」


男が1人で。
しかもこんな無愛想な顔で買ってたら、正直……。
ナマエが店員なら正直、いろいろと怪しむ。

赤井がポケットに手を入れた。
車のキーを取り出そうとしているのだろう。

――さて、ここら辺でもういいか。
ナマエは先程までの表情が一変、にっこりと笑みを浮かべた。


「赤井さん。」
「なんだ。変な顔していないで早く出かける支度を――」
「行く必要なんてないですよ。」
「……なに?」


ぴくりと赤井の眉が動いた。
だがナマエはそれに怯える仕草もなく、人差し指を立てて


「Aplil Fool!」


満面の笑みで赤井の鼻先に当てた。


「…………。」
「ふふ、赤井さんって鋭いから、下手に口で言うのは無駄だって気付いたんです。」


そう、ナマエが思い立った『嘘』は言葉を発することで告げるものではなく。
それらしい雰囲気を作り、疑わせることなく空気ごと騙すこと。


「だから、まるで私が妊娠しているかのような初期症状を訴えたんです。
赤井さんなら、一連の症状を組み合わせたら絶対に悟るはずだってね!」


ナマエの予想通り、赤井は1つひとつの症状を見聞きするたびに表情が険しくなった。
そして最後には、彼の口から今回の『嘘』のネタである「妊娠」が出てきたのだ。

あまりにもポピュラーすぎるネタではあるが、実際に「妊娠した!」というより、
「妊娠したのではないか?」と相手に疑わせることで信憑性が一気に上がる。
鋭い赤井相手だからこそできる技だと、ナマエは見越していた。


「さすが赤井さんです! ふふっ、でもそんな赤井さんでも嘘だなんて想像してな……赤井さん?」
「…………。」
「あ、あの……もしかして、怒ってます?」


先程から赤井が怖いほど無言だ。
しかも、瞼を閉じていて、どんな色を浮かべているのか瞳で分からない。
ナマエは口角を引き攣らせながら、鼻先に突き立てていた指を離した。


「あ、あー……ほ、ほら! 今日はエイプリルフールデー!
これぐらいの嘘なんてありがちだし、そんなに怒らないでくださいよ!」
「…………。」


ね?
と、ナマエは可愛らしく声を発するが、これにも赤井は無言。


「あ、赤井さんってば!」
「…………。」
「ね、ねえ赤井さん!」


何も言葉を発してくれない。
これはまさか、相当、本気で怒っているのではないだろうか。
いよいよどうしたものかとナマエが悩みだした時、くくっと笑う声が。


「へ?」
「くくっ……ナマエ、時計を見てみろ。」
「え。あの、まだ11時ですけど……。」


壁にかけられた時計を見ながらそう答えると、赤井は薄らと瞼を開いた。


「っ、あ、赤井さん?」


その瞳は、まるで『恋人』を見つけた時のような色をしていて。
ナマエは咄嗟に身を引こうとするが、後ろには壁。


「携帯を見てみろ。」
「あ、はい。…………えっ!?」


言われたとおり、ポケットから愛用のスマホを取り出すとナマエは目を丸めた。
電源を入れてみると、そこに表記された時間は「13:34」という数字。
咄嗟に壁にかけられた時計に視線を移すと、短い針は11と12の間。


「……う、うそーん……。」
「どうせお前がこの日に乗じて何かやるのは容易に想像ついていたからな。
悪いが、少々時計を弄らせてもらった。さあ、俺が言いたいことは分かるな?」


酷く楽しそうに、赤井の口元が緩む。


「あ、あの、ほら、でも日本じゃ嘘は1日吐いてもおっけーなんじゃ……。」
「あいにく俺たちが今居るのはイギリス。嘘は午前までだ。」
「……お、怒ってます?」
「ああ。可愛らしいことをしてくれた恋人にどう仕置きしてやろうかと、ぞくぞくしているくらいだ。」
「うっ!」


本気だ。
赤井の瞳があまりにも本気過ぎる。

ナマエは身の危険を感じて即座に、包囲網を突破しようとするが――


「逃げられると思うなよ。」
「……ですよねー。」


簡単に、その腕は赤井によって拘束された。
そして彼の利き手がナマエの顎を掴み、上へと向かせる。


「あ、赤井さんっ……。」
「さて。今日の夕飯は抜きだな。」
「ひぃ!?」


エイプリルフール。
一見成功したかのように思えたそれは、彼には始めからお見通しだったようだ。


「ま、数週間前から兆候を見せられれば嵌っていたかもしれないがな。」
「ううっ……。」



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柚子様へ
赤井夢「エイプリルフールネタで赤井を振り回す夢主」でした。

結局振り回されちゃいました。赤井さん手強い。
非常に酸味がきいた料理を顔を顰めながらも食べ続けた赤井さん凄い。
リクエスト、ありがとうございました!



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