3周年記念 | ナノ

Origin.


アンハッピーデー?


今日は給料日。
誰もが待ちに待った給料日。
私も大好き、給料日がやってきた。


「お先失礼します。」
「ナマエお疲れー!」
「帰り気をつけてちょうだいね。ほら、今通り魔いるらしいし。」
「何言ってるの。今、昼間ですけど?」
「あははっ冗談よジョーダン!」


まったく、笑いながら物騒なこと言わないでほしいものだ。


「むしろ貴方たちが気を付けてね。男連れて歩きなよ。」
「はいは〜い。」


今、この辺りを騒がせている通り魔。
出没時刻は夜、場所は人通りの少ない裏路地。


「今は問題なし。」


この通り太陽は顔を出している。
そして私の帰り道は車通り、人通りの多い場所。
まったくもって、心配する必要はない。

それにしても、通り魔だなんて物騒だ。
勤務場所が勤務場所ということもあって、ちょっと怖い。
この辺りはコンビニも多いし、よくあるコンビニ強盗が1件はありそうだ。
とは言っても、こんな真昼間から強盗が出てくるわけが――


「キャ――!!」
「!?」


え、な、なに!?
女性の甲高い悲鳴に辺り一帯が騒然とする。
それと同時に、前方のコンビニからいかにも怪しい人物が飛び出してきた。


「強盗よ!!!」


は!? ご、強盗?
どんだけタイムリーにコンビニで強盗する人いるの。

その強盗犯は真黒なフード付きコートで身を隠しており、あからさま過ぎる格好をしていた。
そして、左手にはバッチリお金が入っていますと言わんばかりの袋が。
体格からして男なのだろう。

脚光を浴びながらこちら側へと走ってきた。
…………。……ん? こちら、側?


「……え……。」
「どけっ!!」
「ッきゃ!」


――ったぁ……。


「だ、大丈夫かいアンタ!」
「いってて……なに、もう。」
「強盗だよ、コンビニ強盗! こんな真昼間からだ!」
「冗談じゃ、冗談じゃない……!」


横の通りを、数台のパトカーがけたたましくサイレンの音を鳴らしながら走り去る。
うち1台のパトカーと救急車が、被害の受けたコンビニ前で停車した。
救急車の中から1人の隊員がこちらへと向かってくる。


「君、怪我は?」
「あー……大丈夫、です。」
「そうかい? 何かあったらすぐに言うんだよ。」
「おい、こっちに怪我人がいるぞ!」
「ああ。すぐ行く!」


立ち去る隊員の背中を見ながら、重々しい溜め息のみが零れる。
なんだっけ。私冒頭でなんて言ったんだっけ?


「どうしてこんなことに……。」
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? やっぱり怪我しているんじゃ……。」
「あ、いえ。私は大丈夫です。ありがとうございます。」


サラリーマンの男性に手を引かれて立ち上がる。
ああもう、あの強盗犯のお蔭で服が汚れた。


――……


「――ってことがあって。」
「そ、それは災難だったね……。」


あの後、家で一度着替えてからポアロにやってきた。
というのも、家に食べられるものが置いてなかったから。
目の前にあるコンビニに行こうとしたけれど、さっきのことがあって足が止まった。


「まだ犯人は逃亡中だし、いい迷惑だよね。」
「でも無事みたいで良かった。ナマエに何かあったら大変だもの!」
「まったくです。傷出来たらどうしてくれるんでしょうか。」


…………。


「なんで安室さんがいるんですか。」
「なんでって、」
「バイト入ってるから、ですよね?」
「はい。」


当然のように私の横から顔を出してくる安室さん。
この人がこの時間に入っているとこ見たことないんだけどシフト変えたな安室さんめ。


「本当、せっかくの給料日が悲惨な日になったわ。」
「はい。これでも飲んで。」
「ありがとう梓ちゃん。」


目の前に置かれた珈琲が鼻を擽る。
素敵な微笑みを向けてくれる梓ちゃんにお礼を言って、それを口に含む。
いつもと同様、口の中で広がる芳ばしい――……


「ん?」


あれ。
この味、この深み……。

ちらりと横を確認すると、にっこり笑顔の安室さん。
すぐにカウンター越しに立っている梓ちゃんに視線を移すと、先程とは変わらない表情。


「……安室さん、いつのまに淹れたんですか。」


ずっと私の隣から顔覗かせていたはずなのに。
じとっと睨みつけるように安室さんを見ても、何も言わずに肩をすくめられた。


「凄い! ナマエ、やっぱり誰が淹れたのか分かるんだ!」
「まあ、少なくとも梓ちゃんが淹れてくれたのは……。」
「またまた〜! 安室さんのが、わかるんでしょ?」
「……梓ちゃん、何か意地悪になった?」
「ふふっ、気のせいよ。気のせい!」


いや、梓ちゃん意地悪になってる。
可愛いけど。その顔可愛いけれども。


「嬉しいですね。ナマエさんに味を覚えてもらえるのは。」
「安室さんのは深みがあるんですよ。」
「ナマエさんはお嫌いで?」
「嫌いなら飲みません。」


この安室さんも意地が悪い。
私に例え珈琲であっても「好きだ」と言わせたいのだろう。
確かに安室さんの珈琲は美味しいから好きだけれど、こうあからさまに待機されると気持ち悪い。


「その顔引っ込めてください。」
「あはは、酷いなぁ……って、ナマエさんちょっと!」
「な、なんですか。」


安室さんが急に顔色変えて、私の手首を掴んできた。


「ここ、怪我しているじゃないですか!」
「本当だ。血が滲み出ているじゃない!」
「あぁ、これ?」


何をそんな血相変えているんだと思ったら、この傷らしい。
強盗犯と衝突した際に、地面と接触して擦れたのだ。
少しだけ痛みはするし血も若干滲んでいるけれど、特に酷くはない。


「強盗犯と激突しちゃって、その時の。」
「なんで放置してるんですかナマエさん!!」
「な、なんでって……別に気にするほどのことでも。」
「傷口から菌が入ったらどうするんですか! 最悪、感染症を引き起こしかねないんですよ!?」


安室さんの表情が未だ険しい。
珍しく声を張り上げているから、ほら梓ちゃんもビックリしている。
そんな怖い顔して荒げなくても……思わず顔を顰めてしまったのだろう。
安室さんははっとして冷静を取り戻すように息を吐いた。
そして、穏やかな表情で、落ち着いた声で改めて口を開く。


「どうせ砂だけ落としてきたんでしょう?」


言葉の後ろに「ナマエさんのことだから。」と付いていそうな言い方だ。
確かに安室さんの言うとおり、さっと汚れ落としてきただけだけれども。
何故か素直に頷けない。頷いたら負けな気がする。

思わず口ごもっていると、安室さんが眉を下げた。
やっぱり、と言いたげな顔だ。


「……それだけなんですね?」
「……まあ。」
「はぁ。」
「なんで安室さんが溜め息つくんですか。」
「吐きたくもなりますよ。梓さん、すみませんが……。」
「はい。ナマエのことお願いしますね。」


なんで安室さんと梓ちゃんの間で話がついているの。
完全に当事者であろう私が置いてけぼりだ。
安室さんに腕を掴まれたまま、別室へと案内させられる。


「そこに座ってください。」
「消毒してくれるんですか。」
「当然です。ほら、座って。」


大人しく、言われたとおりに腰を掛ける。
安室さんは少しだけ眉間に眉を寄せて周囲を見回した。
どこに救急箱が置いてあるのか分からないのか。

仮にも治療してもらう立場だし、一緒に探そうと思った矢先に安室さんが動く。
そしてまっすぐに可愛らしい木製のデスクに近づいて、引き出しからそれを取り出した。
良く分かったなぁ、あの段だって。


「まずはもう一度水洗いしましょう。ナマエさん、こちらへ。」
「はぁ、」
「これしきの傷、となめたらいけませんよ。周囲は雑菌だらけなんですから。」
「消毒なら、自分で……。」
「ナマエさんより手慣れている自信があるのでご安心を。」
「…………。」


気のせいだろうか。
今日の安室さんはいつになく辛辣な気がする。
言葉自体というよりも、纏っている雰囲気がというか。


「痛みますか?」
「いえ。」
「ナマエさんは我慢強いんだか鈍いんだか、分かりませんね。」
「褒めてるんですか、貶しているんですか。」
「褒めているんですよ。さすが僕が好きな女性だ。」
「…………。」


さらりと今何言ったこの人。
思わず安室さんに視線を向けると、彼の視線は私の傷口にだけ向いていた。


「……。」
「……。」
「……。」
「……。」


安室さんが何も言葉を発さない。
私も特に話す内容がないので口を開かない。

けれど、この沈黙の直前に言われた言葉がやけに心を占める。
真顔で面と向かって言われるのも勘弁だけれど、こうさらりと流れるように言うセリフでもない気がする。
……私だけか、そう思うのは。


「それにしても、ナマエさんの肌に傷つけるだなんて許せませんね。」
「別に安室さんが許さなくても。」
「牢屋から出てこれても、まともに過ごせないと思ってもらわないと。」
「そこまでですか。」
「当然ですよ。」


安室さんが言うと、冗談も冗談で済まされない気がする。
本当に手慣れた手つきで私の傷口が洗われ、そこにラップがかぶさる。
周りをテープで止め、安室さんが小さく息を吐いた。

昔は水洗いして消毒して〜が一連の流れだったけれど、今は違うんだっけ。
とにかく湿度を保って乾かさない湿潤療法の方がいいとか、なんとか。
前にテレビの特番でやっていたのを思い出す。


「はい、これでいいですよ。毎日取り換えてくださいね。」
「……ありがとうございます。」
「とんでもない! ナマエさんのお役にたてるなんて光栄です。」


にっこり。
いつもの笑顔を浮かべながら安室さんは身に付けていたエプロンを外した。


「?」
「送りますよ。」
「はい? いや、いいですよ。こんな傷で。」
「まだ強盗がうろついているかもしれないんでしょう? 女性の1人歩きは危険ですから。」
「そんなこと言うなら、梓ちゃんを守ってくださいよ。」
「帰りはマスターがついてくれるはずですからご心配なく。」


そう言いながら、安室さんはエプロンをロッカーに入れる。
同時に中から上着を取り出して、腕を通していた。


「ところでナマエさん、強盗犯はどんなやつで?」
「え? ……さあ。体格的に男性としか。身長は170後半だと思いますよ。」
「そうですか。他に特徴的なことは?」
「他? バッグは左手に持ってましたけど。」


変わらない笑顔のまま、強盗犯のことを安室さんはやたら知りたがって。
思えばこの人探偵だったよな、などと以前も感じたことを思い出す。
別に隠すことでもないし、私はとりあえず話せること話した。


「ありがとうございます。さ、ではご自宅まで送りますよ。」
「はあ、どうも。」


前までなら即刻断っていた。
が、何故か、何故か自宅が知られているのだからその理由もない。
ここは素直に足を手に入れたと考え、受け取っておこう。


――翌日。
例の強盗犯が警察に自首したことをニュースで知った。

その時の犯人の表情は、まるで悪魔やお化けでも見たかのような程真っ青で怯えているものだったとか。
何度も激しく謝罪の言葉を連ねており、盗んだ金もそっくりそのまま返したとか何とか。


「良かったですね、ナマエさん!」
「そうですね。」


そして安室さんは今日も、気持ち悪いほどのにっこり笑顔だ。
あと距離近い。腕触れてる離れろ。



.
友梨様へ
変態安室シリーズより「怪我したまま放置する夢主と心配する安室」でした。

処置中の安室さんの表情は真剣かつ悲しげかつ、犯人への恨みつらみがこもったものだと思います。
リクエスト、ありがとうございました!



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