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Origin.


鬼龍

夜空に広がる温もり

「クロ――! どこ行ったの――!?」


そんな声が響いたのは、つい先月に真夏のピークを迎えた季節。
幼馴染の家に乗り込んだとある女は、口元に手を当てて大きく発声した。


「クロ――! 良い子だから出ておいで――っ!!」


長い廊下を足早に進みながら、尚も呼び続ける。
すると、ガタンッと奥の間から音が聞こえ、女はにっこりと微笑んだ。


「クロォ……、そこにいるのね?」


ふふふ、と笑みをこぼしながら女は勢いよく戸を開けた。


「みっつけたあ!」
「大声だなさなくても聞こえてるって、いつも言ってんだろ。」


はぁとため息交じりに帰ってきたのは、愛らしい子犬の鳴き声ではなく、芯の通った男性の声。
炎を彷彿とさせる真赤な短髪を荒々しく掻いて、男はもう一度深々と息を吐いた。


「クロてば、いつも返事してくれないんだもの。そっちが悪いわ。」
「そっちの近所迷惑さの方が悪いと思うがな。」
「近所迷惑? 失礼しちゃう! これでも向かいのカズコおば様からは『ナマエちゃんも紅郎ちゃんも元気で、若くていいわねぇ。』って褒められてるんだから!」
「それ褒められてるのか?」
「当然でしょー?」


腰に両手を当てて仁王立ちするナマエに、紅郎は呆れたように目を伏せる。
手元を動かしていた手を止めて、ちらりと元気な幼馴染に視線を向けた。


「で、何の用なんだ?」
「ふふん! よくぞ聞いてくれましたぁ! じゃっじゃ――ン!!」


派手な効果音と共に、紅郎の目の前にAサイズのチラシがつきだされた。
でかでかと書かれたその文字をなぞる様に、唇が動く。


「……花火大会?」
「そ。毎年、近所の公園でやってるじゃない? 再来週なんだけど今年こそ一緒に行こう!」
「悪いけどよ、」
「はい却下。決定! 鬼龍紅郎は花火大会に私と共に行きます!」
「おい。」


話を聞かない普段通りの幼馴染に、紅郎の溜め息は尽きない。


「だって、こうでもしないとクロちゃん遊んでくれないでしょ〜?」


続く「アイドルの学校忙しいのは分かってるつもりだけど、やっぱり寂しいよ。クロいないとつまんないし。」。
その言葉に、紅郎は口を閉ざすほかなかった。


「……善処する。」
「やった!」


やっと出てきた言葉はそれだった。
飛び跳ねながら喜ぶナマエに反して、紅郎の表情は硬い。

その後は浴衣の話や花火を見るためのスポットの話に繋がり、あっという間に時間は経った。
去り際にも「楽しみにしてるね!」と言われれば何も伝えられない。

閉じられた扉を見つめて「頼むから当たるなよ……。」と紅郎は心の中で強く願った。
だが、喜ぶべきか喜ばざるべきか、「当たって」しまったのだ。


「――え?」
「悪ィ、その日にライブ出場することになった。」
「嘘でしょ? だって約束したじゃない。」
「あの時はまだどのユニットが出場するか未定だったんだ。」
「アカツキが当たったってこと?」
「ああ……悪い。」


目の前の、ショックを受けている幼馴染に紅郎は心から謝罪の意を渡す。
けれど当然、楽しみにしていたたために反動は大きく、ナマエは顔を曇らせた。


「……。」
「埋め合わせは必ずする。再来週は行けねぇが、来月頭にある川辺の祭りに行かねぇか?」
「……や。」
「ナマエ、」
「……あの、花火大会が良いの。」
「……。」


出来ることならば出場をキャンセルしてやりたい。
紅郎個人としての気持ちはそうではあるが、団体で動いている以上、簡単にはいかない。

花火大会と同じくしてまさか遠方でライブが決まるだなんて――。
今回のライブ出場権は、他のアイドル育成校も入り混じっての抽選方式で、かなり倍率は高かった。
この中で唯一、夢ノ咲学院から決まったのが『紅月』なのだ。
颯馬の喜びようはもちろんのこと、あの敬人でさえ嬉しそうにしていた。
これを蹴ることは到底できない。


「……悪い。」
「……ううん、私が勝手だったね。また今度、時間が空いたら遊ぼ?」
「ああ。」
「……じゃ、私、もう帰るね。」
「送る。」
「ううん、いい。寄り道してから、帰るから。」


最後にもう一度、すまねえと声をかけるも返事は暗い背中だった。
はあ、と溜め息が重々しく零れる。


「――はぁ、」


どうしたものか。
脳裏に浮ぶ輝かしいばかりの幼馴染の笑顔が、次第に曇っていった。

以降、紅郎はライブに向けて詰まったスケジュールで動き、ナマエとは会えずにいた。
そうして時間は刻々と過ぎ、約束を破った花火大会の日が訪れる。


「いいもんね。1人でだって行くもんねクロちゃんのバカバカバカ、私がナンパされてもしらないんだから、良い男見つけて自慢してやるもんね。」


ぶつぶつと眉間にしわを寄せながら、浴衣を身に纏ったナマエが縁日の場を歩く。
何度も肩や腕が行きかう人にぶつかるが誰も謝罪を口にはしない。
荒々しい波のように入り乱れるその中に、暗い雰囲気を纏ったナマエはどこか目立ってさえいた。


「……。」


一番初めに、勢いで購入した大きな林檎飴を舌で舐めながらぼーっと進む。
きっと紅郎とならば光あふれる方角へ向かったのだろうが、独りという環境が暗い場所へと足を進ませていた。


「……本当なら、きっとクロと……。」


ここに、来ていたのだろう。

外れの小さな丘にある大木。
ここから見える景色は、高層ビルに邪魔されない広々とした空が印象深い。
隠れスポットと呼ばれる場所には数組のカップルがひっそりと時間を過ごしていた。

ここに、ぽつりと今は独り。


「クロの、ばか……。」


昔の出来事を覚えているだろうか。
ナマエは太い幹に身体を預けて息を吐く。

生まれてから、初めて参加した「祭り」がこの花火大会だった。
幼馴染の紅郎と共に、ちょっとしたオメカシをして仲良く縁日を楽しんでいた。
どこか恥ずかしげに、それでも力強く紅郎はナマエの手を掴んで過ごしていた。
そんな記憶が、今も鮮明に脳裏に浮ぶのは、やはり強い想いがあるからなのかもしれない。


「……足、痛くないよ。」


あの時、足が痛いと泣き叫ぶナマエを、小さな体をした紅郎は背負った。
まだ筋肉だって大層無い彼に、女の子どもとはいえ辛かっただろう。
けれど紅郎はただ「大丈夫だって。」と言い聞かせながら小さな坂道を上っていた。

そうして辿り着いたのが、現在、ナマエがいる場所だ。


「痛くないのに、どうして私は独りでここに居るんだろう。」


空に煌めく花火に、幼少期のナマエは酷く興奮した。
痛みの涙を忘れ感動に目を輝かせた。
紅郎もまた、同じ景色に目を奪われていた。

また来よう。
そう、小さい2人は確かに約束をして、あれから一度も来ていない。


「は――……。」


深いため息とは裏腹に、高い音色を上げて花火が空に上がった。
花火独特の音が耳に届き、遠くから歓声も聞こえる。


「ばか。」


かき消されるほどの小さな声で罵倒する。
けれど、彼は来ない。

知っていて尚、ナマエは再度呟いた。


「ばか、ばかばかばかクロばか。」


きっと彼が居れば「誰がばかだ。」と呆れながらも目を細めて言っていたであろう。
容易に想像つくからこそ、心に生まれる虚無感は果てしない。


「クロのばか―――!!!」


この感情をどう処理すればいいのか。
ナマエは花火があがるのに合わせて声を荒げる。


「さびしいって言ったじゃんか――!! だから、だから無理やりッ……!」


誘ったのに。

紅郎は悪くない。そう分かっていても、心がこれを拒絶する。
次第に遠くなる幼馴染との距離を埋めようとした結果が、これだ。

周囲が明るくなるに比例して、ナマエの心はぬかるみに嵌っていく。


「クロがいないと、意味ないでしょーがぁぁ――!!」


喉が枯れる程に叫ぶと同時に、今回一番の巨大な花火が夜空を埋め尽くす。
火花がゆっくりと天から降ってくるのを見下ろして、全身の力を抜いた。


「……かえろ……。」


これ以上、ここにいてもばかばかしいだけだ。
そう思って踵を返した途端に、居るはずのない深紅がそこにいた。


「!」
「っは。おいおい、もう帰るのか?」
「……、」
「…悪ィ、遅くなった。」
「……ばか、じゃなの。」
「普通、そう言うか?」
「言うよ。クロばか。」
「酷い言いぐさだな。」


珍しく息を切らして、額に汗を垂らして。
明らかに事が終わってすぐ駆けつけたみたいな格好をして。

ナマエはぐっと唇を噛み締めた。


「花火、もうピーク終わったよ。」
「けど、まだあんだろ?」
「焼き鳥だってもう売り切れるよ。」
「代わりのモンで我慢してくれ。」
「りんご飴だって、もう食べちゃった……。」
「今日は特別に奢ってやるって。」
「……くろぉ……。」


口角を上げて、華やかな衣装から逞しい腕が伸びてくる。
そっと、男性らしい大きな掌が差し出された。


「足、まだ痛くなってねぇだろ?」
「……うん。」
「大声、出さなくたって聞こえてるって言ったはずだぜ。」
「だったら出させないでよ。」
「違いねぇ。」


その掌に、そっと自らのを重ねると強く握りしめられる。
同時に広がる胸の跳躍感にナマエは静かな喜びを覚えた。


「行くぜ?」
「うんっ!」


食べられなくてもいい。
遊べなくたっていい。
花火を見られなくたっていい。

ただ、この幼馴染と共に居られればそれでいい。
感じる温もりを逃さないように、強く指が絡み合った。



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某企画に提出予定だった9月を題材とした鬼龍夢。
ちょっと我が儘な幼馴染ヒロインでした。

あんスタ一周年祝企画-3_鬼龍

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