1周年記念代打 | ナノ
Serene Time
「コイツ頼んだ。」
まるで物を扱うかのように、カノンは兄であるサガをリビングへ投げ飛ばした。
1人のんびりと紅茶を味わっていたナマエは突然のことに目を瞬かせる。
だがカノンはナマエに対してそれ以外は言わずに踵を返しドアノブに手を当てる。
ふと顔だけをフローリングに倒れ込んでいるサガに向けた。
「勤務室に幽霊なんぞ要らん。2日は強制休暇だ。存分に休め愚兄よ。」
それだけを告げ、カノンは音をたててドアを閉め去っていく。
まるで嵐が過ぎ去ったかのようにナマエの家に静寂が訪れた。
「えっと、……大丈夫?」
「あ、あぁ。すまない……。」
未だ倒れているサガの傍に近づいて手を差し出せば、サガはそれを掴んでゆっくりと身体を起こした。
近づいたことによってよく分かったが、彼の顔色はとても悪い。髪もぼさぼさで目元にはくっきりと隈が出来上がっている。
また無理をやらかして仕事ばかりしていたのだろうと、ナマエは思わず苦笑した。
「仕事も大事だけど、サガはもう少し自分の身体を大事にしてあげないと。」
「そうしているつもりなんだがな。」
「つもり、なだけよ。とりあえずソファに座って。」
ナマエはサガの身体を支えながら、先ほどまで自身が座っていたソファまで導いた。
自分の時よりもソファが大きく沈む。ギシリとまで音をたて、そろそろ替え時なのだろうかとさえ考えた。
「本当にすまない。いきなり押しかけてしまう形になって……。」
「気にしないで、むしろ1人で暇していたから大歓迎よ。」
「そう言ってもらえると助かるな。」
薄らと元気のないサガの微笑みに、ナマエは眉を下げる。
少し待っていてと声をかけて少し足早にキッチンへと足を運んだ。
サガはそんなナマエの背中を見送ると、瞼を閉じて背もたれに体全身を預けた。
今までの疲労が集ったのか、自慢の肉体も悲鳴を上げている。首から肩にかけては随分と凝ってしまっているようだ。
サガは内心苦笑しつつ、ナマエの言った通りにもう少し自分の身体を大事にすべきなのかもしれないとさえ思った。
と、そんな中でふわりと優しい香りが漂う。同時に前方からコトンという小さな音が聞こえて瞼を開けた。
「はい、どうぞ。」
「何から何まですまないな、ナマエ。」
「気にしないでちょうだい。」
白い湯気を漂わせたカップを持ち上げると、そこから発せられる香りを味わう。
落ち着いたローズの香りが鼻をくすぐった。
「アフロディーテがこの間調合してくれた特注品。しつこくない薔薇の香りが、セラピー効果を引き出してくれてるのよ。」
「私のためにわざわざ?」
「当然。神経の緊張も解してくれるし、今のサガにはぴったりだと思わない?」
サガの隣に腰を下ろしたナマエは、テーブルに置かれていた自分のカップに口付けた。
それを見てサガもまた淹れたての紅茶を味わう。
口に入れれば広がる温かさ。優しく蕩けるそれに思わず口元が緩んだ。
そんなサガの様子を見て、釣られるようにナマエも笑みをこぼす。
「ふふ、お気に召していただけたかしら?」
「あぁ。とても。」
「それなら良かった。アフロディーテにお礼を言わなくちゃね。」
「そうだな。」
短く返して、サガはまたそれを味わう。
しつこく主張してこない味と香りが、サガにはとてもちょうど良く感じた。
「サガ、お腹すいてない?」
「ん? そうだな……そう言われてみれば。」
ナマエの唐突な言葉に、まともな食事をとったのはいつだったかとサガは考えを巡らせる。
と同時に、今まではそこまで主張してこなかった空腹感がいきなりサガを襲った。
「……………。」
ぐぅ〜と耳に入るぐらいの音が腹部から響く。
「……スコーンしかないんだけど、いる?」
「……すまない。」
サガは綺麗な顔を歪めて、小さく頷いた。
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