1周年記念代打 | ナノ

Origin.


 熱伝導


カノンは、ぼーっと小さく口を開けたまま天井を見つめているティアの傍へと歩いていった。
活発的なカイとは異なり、未だ幼いからかティアは物静かだ。
その姿勢も、くりっとした瞳も、自分が一目で惚れた女にそっくりで。
きっとナマエに酷似してとても美しく、落ち着いた女性になるのだろうとカノンは確信を持っていた。


「ただいま、ティア。」


頬を撫でてそう言えば、ティアの視線は天井からカノンへ移る。
ふっくらとした頬が上へと持ち上がり彼女は笑って見せた。


「いもーと!」
「あぁ、お前の妹だ。…大事な奴は、絶対護れる男になれよ。」
「?」
「……お前にはまだ早いか。」


腕の中で小首を傾げるカイに、カノンは目を細めた。


「…ぱー、ぱぱ!」
「ん?」
「すーき!」
「……あぁ。」


まさか自分が子どもを授かるなんて思いもしなかった。
いや、そもそも1人の女に心底執心し恋い焦がれることすら想像つかなかったのだ。
それもこれも、ナマエという女を目にした日からすべてが変わった。


「……ったく、」


自分のすべてがたった1人の女の存在によって狂わされる。だが、それすらも心地良いと思うのだ。
こんなことが兄であるサガや黄金聖闘士らに伝われば、どう茶化されるか分かったものじゃない。
サガに至っては、とりあえず泣くのだろう。いつもそうだ。奴はすぐに涙を流す。


ナマエと夫婦という関係になってから、ナマエから何度も言われた「地上へ行って報告をした方が良いのでは。」と。
確かに今や肉親と呼べるのはサガだけだ。そして家族さながらの関係である彼らも聖域にはいる。
だがカノンにはそこへナマエを連れていく勇気は持てなかった。
先程もいった茶化される、というのはもちろんのことだが、カノンには決定的に足りないものがあると自負していた。


――自信だ。


自分は聖闘士でもあり海将軍としてもある。
アテナのために尽くし、ポセイドンの代わりに海を護っているのだ。
ただでさえどちらかだけでも死力を尽くさなければならない中で、新たにナマエという存在を抱えられるのか。
そして未来に花咲く大切な子どもたちを護りきれるのか。


こんなことを不安に思っているようでは、到底地上の仲間たちに顔向けは出来ない。
ましてや、アテナの目の前で誓えなどしない。
言葉だけならば簡単なのだ。言葉だけ、必ず彼女たちを護りきるというのは簡単。
だがやらなくてはならないのは、それを指し示すことである。
他が何と言おうと、カノン自身がそれに不足していると理解していた。



「カノンさん?」
「ん、…どうした。」


愛おしい子どもを撫でながら考えていると、ひょっこりとナマエが顔を出す。
手を止めて彼女を見れば、彼女は柔らかく「ご飯ができましたよ。」と。


「今行こう。…さ、食うぞカイ。」
「ごはーん!」


腕の中から抜け出して、リビングへ少しばかり危ない足取りで向かうカイ。
カノンはそんな小さな背中に未来を馳せた。


「カノンさん? どうかしましたか?」
「いや、……。」
「……私、幸せですよ。」
「!」


ナマエは相変わらず微笑みを携えている。
出会ったときから大好きなその表情を浮かべている。


「子どもたちにまで恵まれて、これ以上ないくらい幸せです。
それにほら、カノンさんが護ってくれてますから。怖いものなし、です。」
「ナマエ……。」


そっとその頬に手を伸ばす。
くすぐったそうに身を捩るナマエを、思いきり引き寄せた。わっ、と小さな声が聞こえたが無視だ。
カノンはそのまま彼女の顎に指を当てて上を向かせる。


「……真っ赤だな。」
「……いじわる…。」
「勝手に言ってろ。」


ゆっくりと顔を近づける。
先程まで調理していたからか、ほのかに良い香りが鼻を擽った。


「…ナマエ……好きだ。」
「…はい、私も…。」


ゆっくりと閉じられた瞼を見て、カノンもまた目を瞑る。
そしてそのまま――


「めっ!!」
「「!?」」


とは、簡単には言わなかった。


「ぱぱ、めっ!」
「……カイ、…。」
「あは、は……、」


仁王立ちをして口を尖らせる息子に、カノンは苦笑する。
ナマエもまた、同じように乾いた笑みをこぼした。


「お昼、食べましょうか。」
「夜にお預けだな。」
「っ、もう!」
「ははっ…。」



.
匿名様に捧げます、「衝撃の告白」日常編。
積極的に不器用なカノン。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -