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 桃色舞踏会


からん…と愛らしい音と共に数多の頭が下がって感謝の意を示される。全ては少し前を歩く痩躯に近い男へ向かって。その男は全ての視線を集め、恐ろしくも太陽の光すらも彼に注がれていた。眩しい。

銀髪はきらきらと輝いていて目を細めざるを得ない。髪の毛一本ですらシルクのように映える。しかも袖口から伸びる肌色は、男性とは思えないほど白く、衣類すらも同色のアロハシャツときたものだから眩しさに磨きだけがかかる。眩い。


「ねぇ、左馬刻くん。」
「あ? んだよ。」


恐ろしく恵まれたその男は長いコンパスで歩みながら、顔だけをこちらに向けた。紅玉が収められた目元は機嫌の良さをこれでもかと表している。


「私、欲しいなんて言ってないんですけれど?」
「知るか。もらえるモンは大人しく受け取っておけや。」
「借りを作る方が恐ろしいわ。」
「分かってんじゃねぇか。」


鼻で一笑いした左馬刻は視線を前方へと向けた。

春先の陽気の中でナマエは左馬刻に呼び出された。「今すぐ降りれっか」その言葉に反論する間もなく切られた電話で、エントランスへ向かったナマエを待ち受けていたのがこの男で。車に押し込められて着いた先には高級感あふれる衣飾店であり、入店した途端に全スタッフかと思えるほど多数に頭を下げられた。


「スーツなんて自分で買えるのに……。」
「いーから貰っとけ。アンタも偶には着飾ってみたいだろ?」
「おしゃれくらいしますー! ……ちょっとだけだけど。」


入店後、あれやこれやと採寸から始まり、生地や色合いを合わせられ身動きとることさえ叶わなかった。相手もプロだからか、左馬刻に何かを告げられたからか、足へと配慮もまた心温かなものだった。

金額何て見たくもないほど肌触りの良い生地に思わず眩暈がしたり、グレーに薄く流れる紫の筋が入ったそれはすぐに目に惹かれた。これを目敏い男が頷くものだから、似た素材を倉庫からも引っ張り出してきてまあ大変。

全てが終わったころには、ナマエはなぜか疲労感を抱いていた。それでも、左馬刻の気遣いが嬉しかったのも事実。


「ありがとうね、左馬刻くん。気にしなくて、いいんだからね。」
「……何の話か分からんねぇーわ。」
「はいはい。…ふふっ。」


突然のスーツ購入に戸惑ったが、なぜかと考えてみれば答えは明白だった。以前みなとみらいで襲撃を受けた際に、スーツが一部破損してしまったのだ。大したことのない程度ではあったけれど、責任感の強い左馬刻のことだから、気に揉んでいるのだろう。
ぶっきらぼうに、それでいてゆっくりと進める歩の優しさに笑みがこぼれる。

車に近づいた時、後方から左馬刻を呼ぶ声が届く。めんどくさそうに頭を掻いて「先に乗ってろ」とぶっきらぼうに言葉を発する。下手に彼関連の話を聞くわけにもいかないため、ナマエは素直に助手席へと乗る。喧騒が少しだけ和らいだ。

* * *

変わる景色をじっと見つめる。手元にはカフェラテが握られていた。どうやら先程、左馬刻に声をかけてきたのは同業者ではなく、地域の住民だったらしい。詳細を述べることはなかったが、左馬刻はそれをナマエへと渡してきたのだ。


「あ、桜だよ左馬刻くん。」
「週末は満開だのメディアが騒いでたな」
「季節ものは楽しまないとね。」
「……見に行くか?」


まさかそんな言葉が出るなんて。ナマエは目をぱちくりさせる。じっと左馬刻の横顔を観察していると眉間にしわが寄った。けれど不機嫌なそれではないと分かっているからこそ止められない。


「このまま帰んのがお望みか。」
「まさか。是非連れて行ってくださいな。」


小さな舌打ちと共にウィンカーが出される。近づく桃色に心を躍らせながら、カフェラテを一口。とても、優しい味がした。

近場に車を止めてナマエのことを考慮してかベンチへと腰を下ろす。肝心の左馬刻は「そこにいろよ」と短く告げてどこへ行ってしまった。一人だけ残されたナマエは去る背中を見つめた後に肩をすくめる。


「こんなに綺麗なのに、もったいないなぁ。」


視線を上にあげると、細い枝に花咲くが顔を覗かせる。一輪、また一輪と淡い色が日差しを浴びながら美しく存在していた。風が吹くたびに舞い踊る姿は毎年の光景なのにどうしてこんなに気持ちよくなるのだろう。


「ん、ん〜〜!!!」


ぐーっ上半身を伸ばす。今日は一日、動いているようでまったく体を動かしていない。だからか、血液がこれでもかと勢いよく流れるのを感じた。外の空気が美味しいのは、久しぶりである。


「お、ちゃんといい子にしてたんか。」
「してないと発信機つけられちゃいそうだもの。」
「違いねェ。」
「えぇー? そこは嘘だって言ってよね、もう。」


戻て来た左馬刻の手には何やらビニール袋がある。何を買って来たのかと問おうとすると、フリーの手が伸びてきた。


「…?」
「……。」


頭に触れたかと思うと、そのまま髪を流れに沿って触れる。想像以上の優しい手つきに口がぽかんと開いてしまう。けれど左馬刻の紅玉は何やら穏やかで、恐怖を感じさせない手つきにナマエは身を委ねていた。


「ばーか、安心してんじゃねぇよ。」
「ふふ、」
「笑ってんじゃ……あーもういい。」
「んにゅ!? も、なにひゅるろ!」
「あ? なんつってんのかサッパリだわ。」
「む〜〜!!」


優しく撫でていた掌が、ナマエの頬を摘まむ。決して強くないがうにりうにりと、桃色の柔肌が形を変える。むっと眉を寄せて咎めれば当人は楽し気に歯を見せて笑っているのだから、熟成した果実のように肌色が濃くなる。


「ナマエ。」
「なんですか、左馬刻くん。」
「アンタ、桜似合うな。」
「……!」


どうしてこの人は、こう、突然告げるのだろう。普段はぶっきらぼうだったり、揶揄うような態度だったりするのに。心臓が跳ねて、視線をそらしてしまう。頬から離れたその白は桃色の桜を摘まんでいて、自身の髪についていたのだろうかと想像する。けれど、それもすぐに跳ねられるほど距離は、近かった。


「顔真っ赤でちゅね〜?」
「ッ…もう、バカ!」
「おいおい、暴れんなって。」


鼻すら擦れそうな至近距離で細められた瞳。何かを愛でるようなそれにくらりとすれば、口から出たのは幼児をあやすような発言。別の意味で、ナマエの頬は赤くなった。


「年上をからかう左馬刻くんなんて、しーらない。」
「はいはい。んじゃコレいらねぇんか?」
「…お団子?」


代わりに差し出された袋を受け取るか、シンプルな三食団子が二本。先程席を外したときに買ってきてくれたのだろうか。言葉に甘んじて一本手に取る。少し大きめの三兄弟はお花見でも定番で、桜の木々を背景に質素ながら映えていた。


「季節ものは楽しむんだろ?」
「ふふふ、ありがとう。」
「で、機嫌はなおったかよ。」
「おかげさまでね。ほら、左馬刻くんも座って。」
「おー。」


最初から、機嫌なんて悪くなかったけれど。ナマエは楽しそうに笑みを浮かべる。足のことなんて今は全部吹っ飛んでいた。ただ、目の前に美しい風景、隣に安心できる男性がいることに幸せをかみしめていた。


「綺麗ね。」
「ま、偶にはこーゆーのもアリかもな。」
「お団子は食べないの?」


自分のを持ちながら袋ごと差し出すと、左馬刻は微かに思案する様子を見せた。けれどそれも一瞬、口角は厭らしく上がり再び紅玉が近づいたかと思えば


「あっ!!」
「……まあまあだな。」
「なんで私のを取るかなぁ?」


互いが互いの遊戯に振り回される。それを、悪くないと思う自分もいる。穏やかで、ほんのり色づく甘美な心を表すように、花びらがまたひとひら揺らいでいく。


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詠子さま、ご報告とリクエストありがとうございます!
左馬刻連載の番外編となります。ほんのり甘めでお届けいたしました!



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