不意に目が覚めた。寝苦しかった訳ではないが本当に不意に目が開いてしまった。まだ夜は深く、起きて過ごすには少しばかり早い時間だ。
ぼんやりと霞む視界の中で片手を動かし隣で寝ているナマエを探した。
「…、?」
どれだけ手を動かしても彼女に触れられない。サラサラとシーツの上を滑り、少し冷えたそこ。彼女がいない事に気付きガバと身体を起こした。
「ナマエ」
名前を呼んでみるが返答はなく室内に声が反響する。クシャと髪を掻き上げた。どこに行ってしまったのか、何故隣に彼女がいないのか。
普段であればその内戻るだろう、で済ませる程の事だというのに。
夜のせいか、まるで心が細くなっていくような、そんな覚束無い感覚に苛まれる。
カタンとベッドから立ち上がると扉へと向かう。不思議なくらい頭の中にはナマエばかりが浮かんで、どうしようもなくこの両手で抱き締めたくなった。嬉しそうに笑い、たまに膨れっ面をし、時々涙を流し、そして、溢すように微笑んでくれる彼女を。
ガチャ
「、っと、びっくりしました…扉が勝手に開くなんて…!」
「ナマエ」
「リヴァイさん、起きてしまいましたか?」
まだ外は真っ暗ですよ、と言うナマエの言葉が最後まで耳に届く前に腕を掴んで引き寄せる。
両腕で抱きとめて、そのまま包むように懐抱すれば、先程まで細く成り果てていた心は息を吹き返したように安堵感を覚え、覚束無い感覚は綺麗に消えていた。
「リヴァイさん、どうされました?」
響くナマエの声は何よりも優しく聞こえ、シンとした部屋に心地よく響いた。
「……何処に行っていた」
「今夜は少し冷えたので、掛ける物を取りに」
そう言って少しナマエの身体を離し彼女の手元へと視線を落とすと、毛布がある事に気付いた。
毛布から視線をナマエへと戻す。僅かな月明かりだけでは彼女の顔がよく見えず、両手で包むように頬に触れる。笑っているだろうかと目元と口元に触れて、柔らかい感触に指を弾ませた。
「よく見えねえな…」
「この時間は一番、夜が深い時ですからね」
「…そうか、そうかもな」
「リヴァイさん、……心細く、させてしまいましたか?」
言われて、少し目を見開く。
あの感覚は、心が細くなっていくような不思議な虚無感は、覚束ず不安定な感情は、心細いという事なんだろうか。
「俺がか?」
嘲笑混じりの言葉。いい歳をした男が、心細い等と言うのはどんな気色の悪い冗談だろうか。
「馬鹿言うな、気色悪いだろ」
「そんな事ありません」
「…」
「心細さに年齢も性別もありません」
そう言ってナマエは離していた身体を寄せると、先程自分がそうしたように両手で身体を抱いてきた。彼女の手にあった毛布が足元に落ちる。だがそんな事どうでもいいと言うように抱き締めてくるナマエの身体をもう一度抱いて返した。
「…お前の匂いがする」
「ふふ、どんな匂いです?」
「俺しか知らねえ、俺だけの匂いだ」
「私ちゃんと身体洗ってますよ」なんて戯けるナマエに、そういう意味じゃねえよと言えば、彼女は楽しそうに微笑んで見せた。
「もう一度寝ましょうか」
彼女に手を引かれ促されるままベッドへと戻る。夜はまだ深い。けれど、先程まで暗かった部屋が僅かに明るく見えるのは、暗闇に目が慣れたせいか、それとも目の前の彼女か。
落とした毛布を拾い軽く埃を払うと、ふわりと広げベッドへと掛ける。不意にナマエと目が合う。酷く優しく彼女の表情が緩んだ。
ああそうだ、その溢すような笑みを探していたのだ。
「ナマエ、早く来い」
「はい今すぐに」
そう答えベッドへと近付いてきたナマエに手を伸ばし、細い手首を掴んだ。
「わっ……、ぷっ…」
自分方へ、早く、と思うがままに掴んだ手首を引くとナマエの身体は簡単に倒れ込んでくる。「リヴァイさん、酷いです」と不服そうな言葉の割りには顔が緩みきった彼女。
「酷いのはお前の方だ」
「え?」
俺をこんな風にしやがって
「どうしてくれるんだ、本当に」
「わ、私なにかしましたか?」
「さあな」
先程の緩んだ顔はどこへやら。何かしてしまったのかと、瞬きを繰り返し、目に見えて慌てふためくナマエに、薄く口角が上がってしまう。
ぱちぱちと五月蝿い瞼に口付けを落とせば、月の光がお互いを照らす。
夜は深い。まだ朝はこない。
もう少しだけこうしていようか。
心が細くなろうとも
冷たかったシーツが熱を持ち、部屋には心地のいい声が響く、そして何より腕の中の彼女が優しい笑みを浮べて、楽しそうに言葉を発し、そして俺を瞳に映してくれる。
ただそれだけ、たったそれだけ。
ナマエがいる。
それだけの事で覚束無い心は明瞭に、そして確かに形を持つようだ。
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実は『とまり木コンフォルタ』の続編として考えていた題材を別物にしたという、どうでもいい裏話
2017.03.30
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