オシャレに拘りなんてなくて。周りを見て流行りを知って。何となく自分に似合いそうな物を着る。この色じゃなきゃ嫌だとか、あそこのお店がいいとか、生地は、形は、と言う女の子特有の会話とは無縁。

そんな私でも、大切な人、自分の恋人には少しでも可愛いと思ってもらいたくて。

初めて流行りに耳を傾けるようにして、同期の子達にどこのお店が人気なのか聞いて。初めて自分のオシャレを一番に考えた服を買った。流行りの色らしい淡い山吹色のワンピース。裾の部分には可愛らしい花の刺繍。初めて着る色とデザインに戸惑ったけどこれを着て可愛いと言って貰えたら、そう思うとドキドキした。



似合ってねえな



結果は可愛いどころか、真逆の事を言われてしまったけれど。

何のために頑張ったのか、ドキドキしてた自分がとても惨めに思えて。似合わないワンピースを着て一人でドキドキして、私は何を期待していたんだろう。

部屋に戻りすぐさま脱ぎ捨てたワンピース。どうしようもなく泣きそうで、普段着ているベージュのブラウスとダークブラウンのロングスカートを身につけると、耐えるように一息つき、その場に座り込んだ。



「あら?ナマエ、どうしたの…?」

「ペト、ラ…」



キイ、と扉の開く音がしたかと思ったら同室で同期のペトラが心配そうに眉を寄せ立っていた。

今日新しいワンピースを着て部屋を出て行く私の背中を押してくれた彼女だ。脱ぎ捨てられ丸まったワンピースを見つけたのか、ペトラはすぐに何かを察すると私の隣に腰掛け肩を優しく抱いてくれた。



「どうしたの、リヴァイ兵長と何かあった?」

「ううん…なんでも、ないよ…」

「涙声でいう言葉じゃないわ」

「っ…」



ぎゅ、と唇を噛み締めるとペトラの手が優しく私の頭を撫でてくれた。その瞬間、堰を切ったようポロポロと涙が溢れてしまいどうしようもなくなってしまう。「あのね」と言っても言葉が続けられず、ひたすら泣きじゃくる私を、ペトラは急かすことなく落ち着くまで傍にいてくれた。



・・・



泣き疲れたのか瞼を赤く腫らしたまま眠るナマエにシーツを掛けてやるとペトラは部屋を出た。

酷く憤慨していた。

ガツガツと強く足音を立て向かうのは親友を泣かせた男の元。彼が兵長であるとか、人類最強であるとか、そんな事は今のペトラにとってどうでもよかった。

今朝、あんなに幸せそうに笑って、胸をときめかせていた親友。恋人の為に慣れないオシャレを頑張るナマエの姿は同性のペトラから見ても可愛くて、心の底から応援していた。


私ひとりで、恥ずかしいね


そんな親友が、ナマエが声を詰まらせて泣く姿を見て、ペトラの腹の中はただただ煮え滾った。



「失礼しますっ、リヴァイ兵長」

「何だ突然、うるせえな」

「やあ、ペトラどうしたの?」



多少乱暴に部屋の扉を開ければ、そこには目的の人物と、もう一人ハンジがいた。

中性的と言えどハンジは女性だ。ナマエをあれだけ泣かせたと言うのに追う事もせず、フォローする事もせず、別の女性と一緒にいるのか。ぎゅうと強く拳を握る。きっと自分の顔はいま怒りで醜く歪んでいるだろう。いくら尊敬している相手であってもナマエの心を思うと怒りは収まらない。

リヴァイまで近付くとペトラは両手の拳を机に叩きつけた。

ガン、とあまりに大きく響いた音にハンジは目を見開いた。



「ナマエに何を言ったのか聞きました!」

「…何?」

「お二人の事に私が口を出すのはおかしいかと思いますが、あんなにナマエの事を泣かせておいて悪びれもせず兵長は楽しく別の女性とお喋りですか!!」

「えっ、別の女性ってもしかして私?いやいやペトラその発想はあまりにも」

「分隊長は黙っててください!」



ぎっと強く睨みつけられハンジは言葉を無くす。普段穏やかなペトラがこんなにも憤慨している。そして美人の怒りというものはこうも恐ろしいのかと。



「あの子は!ナマエはただ、可愛いと思われたいんだ、って言って、がんばっていたのに!」

「オイ、ナマエがそう言ったのか」

「ええ、そうです!まあそれも今朝までの話しで、今あの子はそんな自分を恥じて泣いて眠ってしまいましたけどね!!」

「…」

「好みが違ったならそれは仕方ありませんが、もう少し言い方がありませんか!傷付けて泣かせる必要があまりすか!?」



ナマエは女性だ。オシャレをして、それを他人ならまだしも、自分の一番好きな人に貶されて傷付かない訳がない。ナマエの事を思えば思うほど、怒りが大きくなっていく。

これ以上ナマエが傷付くのであれば、恋人というその関係を解消してもらいたい。

ペトラの怒りを理解したのか横で聞いていたハンジは大きく溜息をついた。



「あーあ、だから言ったのに。思った事を素直に言えばいい、って。変に誤魔化したから最悪の展開じゃないか」

「え、どういう事ですか?」

「ああ、つまりね」

「ハンジよせ」

「よせって言ったって、この状況どうすんのさ?彼女を泣かせて、親友は大激怒だ。このままだと破局一直線だね」



無言のまま睨みつけてくるリヴァイの視線を呆れ笑いでかわすとハンジは、意味が分からず目を白黒させるペトラを見た。



「前からリヴァイに相談されていたんだ」

「相談?」

「そう、ナマエが可愛くて仕方がないんだがどうしたら良いんだ、って」

「クソ眼鏡!そうは言ってねえだろ」

「私にはそう聞こえたけど」



声を荒げて立ち上がったリヴァイにペトラは怪訝そうに眉をひそめる。今ハンジが言った事が真実であれば、ナマエが泣いた理由とは何なのか。



「え、つまり、リヴァイ兵長はナマエのこと、」

「大好き大好き!超が付くほど好きだよ!初めて見た彼女のオシャレに可愛さのあまりパニック起こして思ってもいない事言っちゃうくらい!」

「はい!?」

「だから私は前々から言ってたんだよ、変に繕わないで可愛いなら可愛い、好きなら好き、って言えば良いよってね!」



ナマエが泣いた理由とは何なのか。人類最強の男の最大の照れ隠しで最悪なほど泣いたのか。「何なんですかそれは」と呟くと同時にペトラは大袈裟なほど大きな溜息をついた。

あまりにも馬鹿らしい、と言ったら言葉が悪いが。照れるような年齢ではないだろう、そんなに初心な男ではないだろう、むしろ女慣れしている百戦錬磨ではないのかと。考えれば考える程、自分の腹の中で煮え滾っていた怒りが急速に冷めていく。



「もう、早くナマエの所に行って誤解をといてください…」

「ナマエは部屋か?」

「はい、泣き疲れて眠ってます」

「…」



そう言うと眉間に皺を寄せたまま黙り込んだリヴァイ。ここまで言って何故動こうとしないのかと、ペトラは首を傾げた。



「どうしました?」

「…オイ、ハンジ」

「ん?……あー!はいはい!そういう事ね!分かったから早く行ってきな!」

「、悪いな」



チラリとペトラを見た後、そう一言残し足早に部屋を出て行ったリヴァイ。

最後のやり取りの意図が分からず、また眉を寄せたペトラにハンジはクスクスと抑えきれない笑いを溢した。



「ペトラ、貴方は今夜私の部屋に泊まりね」

「え、それはどうして…」

「リヴァイが戻ってくるなって、今夜はナマエと二人きりにして欲しいんだって」



ハンジの言葉を聞いてようやく察したのか、ペトラの顔はボッと火が灯されたように真っ赤に染まった。その様子を見てハンジはまた笑う。



「あっはっはっは!さっきまで烈火の如く怒ってたのに!また火がついたみたいだ!」

「ぶ、分隊長っ!……あの、でも、さっきは申し訳ありませんでした、立場もわきまえず…」

「いーよ、いーよ。貴方の怒りは真っ当だから。それにしても顔真っ赤だよ」

「なっ!だ、だってそれは!あそこは同室ですし、私の部屋でもあるので!そこで、そんな、その…!」



ゴニョゴニョ、と言葉を濁すと同時にまた頬の色を赤く染めていくペトラにハンジは堪えきれず大声で笑った。








それにしても…いくらなんでも似合ってない、は駄目ですよね

本人曰く、可愛くてどうにもならなかったらしい

はあ…何というか……ご馳走様です

全くだ!



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ペトラは可愛い
そんな可愛いペトラを怒らせてみたかった

黄色の百合の花言葉:嘘つき

2016.10.14