「エレンくん、机の上は片付いた?」
「はい、大丈夫です!」
「ありがとう。それじゃあこっち手伝ってもらっても良いかな?」
「もちろんです、俺に出来ることがあれば何でも‥!」
「ふふ、そんなに張り切るほどのことじゃないよー」
そんな会話を聞きながら、テーブルで昼食を待つリヴァイ班は厨房に並ぶ二人をとても暖かい目で見守っていた。ただ一人を抜いてたが。
まるで小動物のような二人を愛でるような表情を見せるペトラに対して、リヴァイの目というか表情というか、オーラそのものは酷く険しいものになっていた。
そもそもいま厨房に立つ彼女はリヴァイにとっての最愛の女性だ。リヴァイ班に所属している訳ではないが、ナマエの手料理が好きだという彼の為に彼女はわざわざここまで出張してきて食事の用意をしている。
そんなナマエの後姿を見ているのが己にとっての幸福時間だったというのに。
なのに何だ、あれは。横にいるソイツはなんだ。邪魔だろう。いや確実に邪魔だ。
新妻のような彼女の隣に男がいる。それだけでリヴァイの機嫌が急降下していくには十分な理由だった。
「エレン君はどういう味が好き?」
「え、俺ですか?‥えと、よく分からないです‥」
「あはは、そっか、難しいよね味の好みなんて」
「すみません‥」
「ううん、謝らないで!私こうやって毎日作りに来るからエレンくんの好きな味これから一緒に探していこうね?」
「は、はい‥!」
リヴァイ兵長の顔がやべえ。
ナマエとエレン以外は気付いていることだが、誰もそれを口にしないのは命が惜しいからだ。丸腰のまま壁外調査に行くのと、リヴァイの相手するのだったらどちらがいい?と聞かれたら今は間違いなく丸腰だ。
先ほどまでの暖かい眼差しはどこへやら。リヴァイ班の表情は壁外時よりも険しいものになっていた。
「ほら、二人は仲良いだけですから‥」
ペトラの気遣いもこの状況では無意味なもの。
先ほどの二人の会話はまさにあれだった。結婚初期の夫婦、つまり新婚の会話だ。もしくは婚約とかだ。無意識のうちにあの甘さを出すとは。
普段、そこらへんの兵士相手になら容赦しないリヴァイが、こうして黙っているのは単にあれだ。最愛のナマエを怖がらせたくないからだ。それしかない。
しかしそうなるとリヴァイの怒りの矛先が向かうのはただ一人‥。
「‥おい糞ガキ」
「はい?」
「ナマエじゃねえ」
何故お前が返事したんだ、という突っ込みを声にする者は誰もいない。
「お、俺ですか‥?」
「当たり前だクズ」
きょとん、とお互いの顔を見合うナマエとエレンにリヴァイの眉間の皺はいっそう深くなる。二人のそういう行動が人類最強の火を大きくしているというのに何故こうも気付かないのか。
いや、答えは分かってる。
「えっと、どうしました?」
「あ、ご飯ならすぐですよー」
すみません、お待たせしてしまって。
と揃って笑うこの二人にはリヴァイに対する悪気なんて欠片も無くて。ただただお互い素直なだけで、息が合って。
「今日はエレンくんリクエストのジャガイモとベーコンのチーズグラタンですよ!」
「香草はバジルにしてみました!」
「エレンくんが採ってきてくれたんだよねー」
「いえ、少しでも役に立つかと思って‥!」
「ふふ、ありがとう。今度は私も一緒に行くから」
「本当ですか!」
うふふ、あはは、と笑う二人。止めに入る者はいない。もう全員これから起こることが手に取るように分かるからだ。ここで口を挟んで変に巻き込まれるのは遠慮したい。
「‥良い度胸だ」
「え?」
「おいガキ、食事前の運動に付き合ってやる‥表に出やがれ」
「え、いや‥それは‥」
ただならぬ空気にここへきてようやく慌てるエレンだが遅い。人類最強の怒りの矛先はもう既に彼の喉元まで迫っていた。
「あら、では二人が鍛錬している間に作り上げておきますね」
「ああ、楽しみにしてる‥‥行くぞ」
声のトーンは天から地へ。歩き出すリヴァイにしどろもどろに付いて行こうとするエレン。そんな彼にナマエは「エレンくん!」と声をかけた。
「がんばってね!」
両手で拳を作って可愛らしいガッツポーズをするナマエを見て、エレンは少しだけ頬を染めると同じように両手で拳を作ると。
「はい‥!」
と、答えた。
あぁ、もうそんなことしたら‥
「‥余程死にてえみたいだな」
ってなるに決まってるじゃないか。
でも、誰も何も言わない。もう見慣れすぎた光景なのだ。この似たようなやり取りも何度目になることやら。けれどあの二人を注意したところで直るわけが無い。だってこの二人は所謂アレなのだから。
天然二人に鬼一人
(関わりたくない)
(いや、関わらない)
天然って可愛いイメージあったけど‥意外とシャレにならないのね‥
ぼんやり呟くペトラの言葉に回りは深く頷くことで同意した。
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兵長のような、エレンのような
でも兵長だって言い張る。
20130714
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