(※少しだけ15巻沿いです)
「サシャ、リヴァイさんは?」
「えーっと…あ、中で休憩してると思います」
「そっか、ありがとう」
「傷の手当てですか?」
「うん、そろそろガーゼ変えないといけない時間だし」
「献身的ですねぇ」
「ちがっ…そういうのじゃないの!」
にまにま、と笑ったまま何も言わないサシャ。頬を染めたナマエはツンと顔を逸らすと、俺の横を通り過ぎ足早にリヴァイ兵長の元へと歩いて行った。
「ジャン、何か用事ですか?」
「あ、いや…なんでもねぇよ」
「そうですか?」
首を傾げ、怪訝な顔をしたがすぐに包丁を握り直すとサシャは僅かな食材を使って夕飯の仕込みへと集中し始めた。
別に彼女と特別な関係な訳では無い。こ訓練兵時代からの同期で友人、そしてこの混乱の中に巻き込まれた仲間、それ以上でもそれ以下でもない。それだけの関係。
その関係を特別だと思うようになったのは最近のこと。どうしようも無い状況でも、どれだけ身体が疲弊していてもナマエの顔を見ると無意識のうちに奮い立っていた。
守らなければ、と。
覚悟も実力も無い俺には「守る」なんて決して口には出来ないが。そしてナマエ自身も守られてばかりいるようなか弱い人間ではないけれど。けれど、それでも守りたいと思うのは彼女が女だから、そして俺は男だから。当然の感情とも言える。
まあ、俺がお前を守る、なんて言った所で「大丈夫だから、ジャンはちゃんと自分の生命を守って」と優しく諭されるのは目に見えているが。
はあ、と大きくため息を一つ。
「そうだ!ジャン、暇ならあれをナマエに届けてください」
「あん?」
仕込みで濡れた手のままサシャがさしたのは干したてのシーツ。
「さっきナマエにお願いするつもりがすっかり忘れてしまって。リヴァイ兵長の分もあるので中に持って行ってください」
「あぁ、分かった…」
ナマエ、リヴァイ兵長、二つの単語に面白いくらい心が凹むが、なるべくサシャに気取られないよう、自然に振る舞うと綺麗に畳まれたシーツを手に取りナマエの後を追いかけた。
・・・
いま俺達の隠れ家となっている廃れた馬小屋。扉は外れ半開きになっている。一度息を吸い、覚悟を決めると今にも壊れそうな扉に手をかけた。
けれど、その瞬間。中から聞こえた声と見えた光景に手が止まった。
「悪いな、わざわざ」
「いえ、とんでもないです。傷は小まめに手当てをしないと、膿んでしまいますから。あ、包帯も取り替えますね」
「ああ頼む」
優しい声音。
手当てをするナマエじゃない、木箱に腰掛けたリヴァイ兵長の方だ。
どんな状況でも厳しく、冷たいとも思える発言をするあの人が、優しい声音でナマエに話しかけ、手当てをする彼女を優しい眼差しで見つめている。
「ナマエよ」
「はい?」
「器用だな」
「ふふ、これは普通ですよ」
他愛もない会話、彼女の笑い声が胸に重くのしかかる。洗いたてでピンと伸びていたシーツが僅かにシワを作ってしまった。
「お前にはまた世話になるかもな」
「え?」
「敵は巨人、とも言ってられない状況だ」
「…」
先の街中での戦いを言っているのだろうか。甘っちょろくて、覚悟のない俺のせいでアルミンに引き金を引かせてしまった戦い。
「知恵のある相手というのは巨人よりも厄介かもしれねぇな」
「そう、かもしれませんね…」
「…」
「…包帯、キツかったら言ってくださいね」
寂しそうに笑うと、力なく包帯を手に取る彼女。どこか悲しげな表情のまま。きっと心の中は不安でいっぱいなんだろう。けれど気丈に振る舞うんだナマエは。いつだってそうだ。
ナマエに、言ってやりたい。
「ナマエ」
「はい?」
「そんな顔をするな」
そんな顔をするな、もっと笑っていろ、大丈夫だ。
俺が、俺がお前を
「安心しろ、お前の事は俺が守る」
奪われた
(彼女も)
(言葉も)
伝えたかった言葉。
いつか俺が彼女に言いたかった事を、あっさりと言われてしまった。彼女の心すらも取られたかもしれない、というのに。
逃げるように部屋の前から立ち去る俺には、ああやはり覚悟がない。
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すまないジャン
20150125
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