「兵長」
「何だ」
「私が死んだら私のことを覚えていてくれますか?」
問いかけた瞬間、視線が鋭くなるのを感じた。分かっていた反応だ。そもそも彼はこういう弱い人間の発言を嫌う。けれど、彼の反応に躊躇することなく私は言葉を続けた。
「きっと、近い未来私は死にますよ」
「怖気付きやがったか」
「違いますよ。怖くは無いです」
怖くは無い。気持ちだけは負けていない自信がある。巨人を前にしても臆したことはないし、仲間が捕食されてもそれで遅れをとったことは無い。悲しくないわけじゃないけれど、その場で心を乱したことが無いだけ。
あぁ、では何故私がこんな事を問うのか。きっと兵長はそれを聞きたいのだろう。
「差が、出てきたように感じたからです」
「‥ほう」
「調査兵団に入ったばかりの時、私と同期の実力は同等のものでした‥けど、違う。回数を重ねるごとに、追いつけなくなっていくんです」
いくら駆けても間に合わない。まだいけると心では思っているのに身体が追いつかない。気持ちばかり先走って、肝心なものが付いていかない。これが女性と男性の差だというのなら何て悲しいんだろう。
「討伐数も、もう目に見えて分かっているじゃないですか」
「生きているだろうが」
「生きていても、結果が全てです。結果は数字です。結果が出せなければ生き残っても意味が無いんです」
「‥抜けてえか?」
「いいえ。最後の最後までここに残ります」
それだけは譲りません、と言い切れば険しかった兵長の顔は僅かに和らいだように見えた。
なんだろう、兵長との距離感は配属された時からこんな感じで、それがどこか心地よくて、居心地が良かったんだ。最後の最後まで残ると決めた理由の大半はきっと彼だ。それで死ねるのなら本望。私は幸せだ。
けれど。
「兵長、私一つだけ嘘を吐きました」
「何だ、言え」
「怖気付いたんです‥本当は‥‥あ、もちろん巨人にではありません。私が怖いと思ったのは」
死んで、あなたに忘れられること。
まっすぐ逸らさず伝えれば、普段微動だにしない兵長の瞼が少しだけ見開いた。
「兵長に忘れられるのが怖い。巨人に食い千切られる事より、ずっとずっと怖い」
「どうしようもねえクズだな」
「はい‥」
返す言葉も無く、ただうな垂れるように謝罪すると兵長は私に背を向けて歩き出す。置いて行かれるのかと思いながらも、後を付いて行く事も出来ず。ぼんやりと突っ立っていたら「おい」と低い声。
「何してる、さっさと来い」
「え?どこへ‥」
「訓練場だ。お前のそのうざってえ程後ろ向きな神経叩き直してやる」
「あ、あの私そんなつもりで今のお話しをした訳では‥!」
「うるせえ、削ぐぞ」
カツカツと歩の早い兵長を戸惑いながらも追いかける。私は兵長の手を煩わせたくてこんな話しをした訳ではないのに。死ぬ前に私の恐怖を正直に打ち明けたかっただけなのに。
チラリと盗み見ればジロリと睨み返され咄嗟に目を逸らした。
「ナマエ」
「は、はい‥っ」
「次の壁外調査は俺の補佐に付け」
「兵長の補佐、ってそんな大役私じゃ」
「うるせえ」
二度目のうるせえに反射的に口を閉ざす。
補佐、なんてそんなの私に出来るはず無い。私じゃなくても、もっと相応しい人がいるはず。ほら、兵長の近くにいつもいるペトラとか。あの子は私と同じ女だけど、私とは違って確かな才能がある。私を補佐に置くより、彼女を補佐に置いたほうがずっと良いに決まってる。それなのに
「くだらねえ事は考えるな」
「‥!」
「お前は確実に俺が生かしてやる」
その為に学べ、付いて来い。
言うと更に足を速める兵長に無言のまま付いて行きながらも、私は何ともいえない感情に襲われた。
それは、違うじゃない。補佐という名目で私を傍に置いてくれるだけで。それは、まるで。
カランコエを君に
(あなたを守る)
(と、言われているようで)
私はどうして兵長に忘れられることが怖かったのか、明確に考えたことは無かったけれど。気付いてしまった。
その気持ちは、憧れでも、尊敬でも、羨望でも何でもなくて。
もっと単純な気持ちだったのだと、気付いた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
分かりにくすぎる兵長の片想い、からの両想い未満
カランコエの花言葉:あなたを守る
20130712
|