両手に花だ。

ふと、思った。馬の背に揺られながら見つめる先は、兵長の後ろ姿。右隣にはペトラ、左隣にはハンジ分隊長。二人に挟まれながら、言葉を交わす兵長。

顔は見えないけど、きっと悪い気はしないんだろうなぁ。だって二人とも美人さんだし。それに兵長だって男の人だし。

何を話してるのかな…?

そう思うのに会話に入っていけない私は単なる臆病者。



「はぁ…」



壁外調査の帰り道。簡単な調査だった、と言ってもせっかく生き残ったのに。それなのに、こんな気持ちになってるんじゃ意味がない。

町の人達もみんな笑顔で手を振りながら、私たちのことを迎えてくれてるのに。

やだやだ、と軽く首を振った。



「気疲れでもしたか?」

「…団長…っ」



隣に並ぶ馬。辿って見れば、口元に笑みを浮かべたエルヴィン団長がいる。いつも先頭を行くのに珍しいな。



「溜息を吐いていただろう?」

「いえ、そんなことは…!」

「リヴァイか?」

「……、はい」



観念したように小さな声で返事をすると、楽しげに笑う団長。ちょっとムッとしたので、軽く睨んでみると「すまない、すまない」と、説得力のない笑みのまま謝られた。



「両手に花だなぁ、と思ってしまって…」

「ああ、そういう事か……けれど片方はともかく、一人はハンジだぞ?」

「団長は知らないんですよ。分隊長は髪の毛の下ろして、メガネ外すとものすごく美人さんなんですよ。スタイルもいいですし」



性格はちょっとアレだけど、私服の時とか寝る直前とか、分隊長は見違えるほど美人になる。

今、先を行く彼女は今日出会った巨人のことで興奮状態だけど。アレさえなければね。うん。ほら、ね?



「ペトラは美人なのに、性格は可愛らしくて。女の子、って感じがするんです。まるでお手本みたいな」

「私から見たらナマエも十分魅力のある女性だ」

「…私なんて二人に比べたら、見た目も性格も虫ケラ以下です…」

「そう自分を卑下するな」



優しい声音に、涙腺が緩む。キュッと耐える私を見てか、団長は「そうか…ほう…」と小さな声で、なにか納得したように呟く。



「ナマエ、馬を置いたら私の所に来るといい」

「え?」

「面白いものを見せてやろう」

「はぁ…」



曖昧な返事をする私に、団長は少しだけ笑みを深めると馬の腹を軽く蹴った。私は抜き去って行く背中を見ながら首を軽く傾げる事しか出来なかった。



・・・



「団長、どこだろう…?」


馬小屋に自分の馬を預けると、エルヴィン団長を探して辺りを歩く。周りにはノビをする人や、疲れ切った顔で自室に戻る人、中には友人同士で雑談をしている兵士もいた。

壁外調査の後なのに、みんな元気だな…なんて思いながら歩いていると、人混みの中に団長の横顔が見えた。

…誰かと話してる?

疑問に思いながらも、先程の約束を思い出すと引き返すことは出来ないので、少し大きな声で名前を呼んだ。



「団長っ」

「ああ、ナマエか。ちょうどいい所に」

「え?……あ、…へ、兵長…っ」



誰と話しているのか。近付いて行くと、その姿が見えてきて。キュッと心臓が痛くなる。

名を呼ぶと、チラリと視線はくれたものの、すぐに逸らされてしまう。

分隊長やペトラは会話が出来るのに、私は兵長と挨拶すらまともに出来ない。目を合わせることすらままならない。

そう思うと悲しくなった。



「今リヴァイと話していたんだ」

「はぁ…?」



なんでその場に私を呼んだんだろう?聞いてて平気なのかな?もしアレだったら、また後で改めて伺うんだけどな。

目の前で二言三言、言葉を交わす二人を眺めなから、ぼんやりとそんなことを考えた時。



「それはそうと、リヴァイ。お前は両手に花を持つ事にどんな趣を感じる?」

「…質問の意図が見えねえな」

「え、あの…団長…っ」



それは紛れもなく先程の私との話題。いきなりその話しを持ち出されて焦る。

兵長はやはり意味が分からないからか、怪訝そうに眉を寄せるだけ。

変なことを言って欲しくなくて、必死に目で団長に訴えかけるけれど、団長は私に見向きもしない。

それどころか、少し楽しそうに見えるのは気のせいじゃない。



「個人的にだが、私は両手に花を持つよりも、両手で花を持つ方が好ましいと思うのだが」

「質問の意図が分からねえって聞こえなかったか?」

「意図か…そうか、そうだな…例えるなら…」



不意に向けられた視線。え?と声にする間もないまま。

するりと身体に巻き付いた腕。他でもないエルヴィン団長のもの。気付いた時には既に遅く、グイと身体を強く引かれると筋肉で硬い胸に、私は正面からぶつかった。



「……っ…!」

「こんな感じだろうか?」



カァァァッ、と頭がおかしくなりそうなほど身体中が熱くなる。顔なんて熱くなりすぎて、なんだか涙が浮かんでくるくらい。

離れようとして両手に力を入れるけれど、包むように巻き付いた二本の腕は、そう簡単に私の身体を離す気配はない。

さすが何度も死線を乗り越えてきたエルヴィン団長の腕。性別のハンデを無しにしても、凄まじい力だ。



「ナマエ…」



団長の低い声が私の名前を呼ぶ。

背中を駆け抜けるようなその声音に身体が震え、力が抜けそうになる。けれど団長の腕が私の腰をしっかりと支えているから崩れ落ちる事はない。

だけど、これじゃあまるで身体を預けるよう な、しなだれかかるような、そんな状態だ。

顔も身体も熱くなりすぎて 、頭がクラクラしてきた時だった。



「……」

「……ふ、ぁ…!」



自分でも酷く情けない声が出たと思う。でもあまりにも突然だったから。

突然、リヴァイ兵長に腕を掴まれたかと思うと、ありえないほど強く引っ張られた。

ただでさえ力の抜けていた私は、団長の腕という支えが無くなると、まるで崩れ落ちるようにして地面に倒れ込んだ。

反射的に見上げた先には、団長と比べるといくらか小さい背中。けれど付いて行きたくなる、大好きでどうしようもない、その背中。



「…おい、エルヴィンよ…てめえ、どういうつもりだ?」



不機嫌だ。何故だか分からないけれど、背中を見るだけで分かるくらい兵長が不機嫌なのが伝わってきた。たぶん、今の兵長は鬼みたいな顔なんだろうな…。



「お前が意図が分からないと言うから、分かりやすく説明してやろうと思ってな」

「ほう…その為にナマエまで呼び付けたって訳か…」

「あ、兵長私の名前ご存知だったんですね」



ぼんやりと呟いた言葉。

その瞬間ものすごい勢いで振り返った兵長。酷く寄せられた眉間のシワと睨みつけるような視線。

すごく怖い顔してるのに、名前を知っていてくれたことが嬉しくて。

地面に座ったまま、ニヘラと情けない笑みを浮かべた。



「…、」

「…あの、兵長…」

「リヴァイ、そうすぐに目を逸らすことは無いだろう。そもそもお前の好意は分かりにくい。両手に花を持つ暇があるのなら、まずは一番大事にすべき花を………何故武器を構える」

「そういう意図だと捉えたからだ」

「剣を引け」

「断る」



はあ、と大きく溜息を吐く団長。

二人が何か言い合ってるのが聞こえてくるけれど、今の私はさっきの団長の言葉が何度も頭の中で反響する。

好意。

そう、聞こえた。嫌われてはいないのだろうか?私は、兵長に、話しかけても平気なんだろうか?分隊長やペトラみたいじゃないけど。見た目も性格も乏しい私だけど。

近付いても、いいんでしょうか?





(まるで歌うように)
(高鳴る鼓動)




「何故、壁外調査帰りにお前と剣を合わせなければならないんだ」

「ほう、その理由が分からねえか」

「分かった、謝ろう。お前が前々から好意を寄せていたナマエに手を出したこと、それとお前が前々から触れたいと思っていた彼女の身体に先に私が触れ、……おい、まだ話している途中だ」

「黙れ、削ぎ落としてやる」

「そう熱くなるな」



金属同士がぶつかり合う音がギャンギャンと響く。

遂には周りにギャラリーまで作り上げてしまう団長と兵長を眺めながら思う。

面白いものを見せてやろう


面白いものではなかったけれど…すごくすごく、嬉しいものではありました。


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兵長の恋愛にちょっかい出したい団長
2014.01.25