バジル、ローリエ、パセリ。風に煽られ広がる香りに、鼻腔をくすぐられた。

一つ摘んでは手に持っていた籠に入れ、次をまた一つ手に取る。そうしているうちに、いつのまにか溢れそうになっていた大量の香草に気付き摘む手を止める。ゆっくり立ち上がるとナマエは膝に付いていた土を軽く叩いて落とした。



「よいしょ、」



自然と口にしてしまったおばあちゃんみたいな掛け声に少し苦笑い。誰にも聞かれてないかしらと周りを確認しながら、食堂へと道を戻っていく。

食事に使う香草を摘みにくると、どうしても時間がかかってしまう。あれもこれもと欲張ってしまうせいだろう。でも、少しでも香りをつけてあげることで味気ない食事も華やかなものになるのなら、と思うとナマエは止まらないのだ。

さて、今日のご飯は何にしようかしら。と、ぼんやり考えた時だった。



「ナマエ、やっぱりここにいたか」

「あら、リヴァイさん。こんにちは」



両手で籠を抱えながら、軽く会釈をして微笑む。そんな彼女の姿にリヴァイは小さく溜息を吐きながら近づいた。



「探していた」

「ごめんなさい、今日のお食事のことですよね?」

「いや、姿が見えなかったから、何となく、だ」

「何となく、ですか?」

「…ああ」

「ふふっ」

「…何だ?」

「リヴァイさん、この前もそう言って私を探しに来てくれたわ」



そう言って楽しそうに笑むナマエにリヴァイは反論出来ず、少し目を逸らす。

その時だった、そよそよと穏やかに吹いていた風が強くなり、ナマエの髪を乱し籠の中の香草を僅かに吹き上げた。



「、あっ」



空に広がった香草に反射的に手を伸ばすと、今度は手にしていた籠の方が大きく揺れる。

飛ばされた香草と、落ちそうな籠と。その両方に気を取られたせいでナマエの身体はバランスを崩し、その場に転びそうになった。



「、…あら?」

「一人で騒々しい奴だな」



背後から声。

揺れた籠を支えたのは少しだけ大きな手。そしてバランスを崩しかけたナマエ自身の身体を支えたのは、もう片方の手とガッシリとしたリヴァイ自身だった。



「相変わらずトロいな」

「ふふ、すみません。リヴァイさんがいなければ転んでしまう所でした」



ありがとうございます、とリヴァイに顔を向けるナマエ。密着した身体。彼女が振り返るとお互いの息遣いが聞こえそうなほどの顔の距離。

気にしていないのか、気付いていないのか。その距離感に動揺することなく、にこにこ笑っているのは彼女。むしろ動じたのはナマエではなく、リヴァイだった。



「、っ……少し散ったな」



すっと、目を逸らし。彼女の身体が安定しているのを確認すると静かに身体を離す。誤魔化すように辺りに散らばった香草へと視線を向けた。

見えないリヴァイの表情にナマエは少しだけ首を傾げるが、すぐに彼と同じ地面に散らばった香草へと目を向けた。



「あら大変。せっかく皆さんのために集めたのに」



持っていた籠を地面に置くと、自分の膝も地に付き、散った香草を拾い集め始めた。

リヴァイはそんな彼女の後姿を見ると、ナマエの隣にしゃがみ込んだ。



「手伝おう」

「そんな、リヴァイさんにお手伝いさせるなんて申し訳ないです」

「気にするな。それに、またさっきみたいにバランスでも崩されたら笑えねえからな」

「あら、それは確かに。リヴァイさんがいてくれないと今度はもっと散ってしまうわ」



くすくす、と笑うナマエにリヴァイも少しだけ口元に笑みを浮かべた。

彼女が持つ独特の空気。リヴァイはナマエの持つ、その空気が好きなのだ。

素直に笑い失敗を認め、素直に己を頼ってくる。必要以上に謙遜せず、だからといって砕けすぎている訳ではない。多少、鈍く男女の距離感などに疎い所はあるけれど。近い存在が自分であるならば何ら問題はない。

リヴァイではない異性との距離感であれば、引き剥がす所だが。



「あら、リヴァイさん、これ見てください」

「何だ?」



声を掛けられ思考を遮断するとリヴァイは彼女の手の中にある香草へと目を向けた。独特な形をしたその香草の名は何と言ったか。



「ルッコラですよ、知ってますか?」

「ああ、そんな名前だったか」

「ルッコラはオリーブオイルやお塩と合わせて、サラダやパスタに使えるんです。これでまた少しだけ皆さんのお食事が華やかになるわ」

「お前が作る料理は香草何かに頼らなくても美味いだろ」

「…まあ、兵長様に褒めていただけるなんて」



嬉しい、と笑うナマエの頬は少しだけ朱色に染まっている。リヴァイから褒められた事が本当に嬉しくて、同時に照れているのだろう。どこまでも素直な表情を見せてくれる彼女に、また胸の内が穏やかになる。



「ルッコラって不思議な形をしてますよね」

「そうだな、例えるなら風車みてえだな」

「あら、言われてみれば確かにそっくり!料理だけじゃなくて髪飾りとかにも使えれば良いんですけどね」



そうしたら女性の方ももっと香草に興味が沸くのに、と言うとナマエは手にしていたルッコラを自分の髪へと押し当て、リヴァイに微笑みかけた。



「どうですか?可愛いですか?」

「形といい、香りといい髪飾りには微妙なんじゃなねえか」



サラリとそう応えると視線を外し、地面へと再び手を伸ばし始めるリヴァイ。そんな彼の姿にナマエは眉を下げて笑うと「そうですよね」と寂しそうに呟いて、ルッコラを籠の中へとしまった。

自分も香草を拾わなければいけないのに、リヴァイの言葉に必要以上に落ち込む心。別にナマエ自身を貶された訳ではない。そう分かっているが。

今日のように香草集めをしている時以外でもリヴァイはナマエに声をかける。料理をしている時、皿洗いをしている時。「手伝うか?」と聞いておきながらナマエが断っても一緒に皿を洗うリヴァイ。そんな彼との時間はナマエにとってとても楽しく嬉しいもので。

だからだろうか。特別な時間を与えてくれる彼だからこそ、ちょっとした言葉にも落ち込んでしまうのかもしれない。

そんな風に思った時だった。僅かに鼻腔をくすぐったのは青リンゴの香り。顔を上げると目の前に差し出された手と、



「…こっちの方が髪飾り向きだろ」

「え?」

「カモミール、だったか」



黄色の管状花と白い花弁の可愛らしいそれは、お茶などに使われる香草。独特な甘い香りを放つカモミールを驚いて見つめていると花を手にしていたリヴァイの手が唐突にナマエの髪へと伸びた。

顔周りの髪を耳にかけると同時に、差し込まれた花。



「やっぱりな、そっちの方がいいじゃねえか」



そんな風に言うリヴァイを見て、キョトンとしていたナマエの表情も徐々に緩んでいく。



「ふふ、リヴァイさんの見立てなら間違いないかしら」



落ち込んでいた心は何処へ飛んで行ってしまったのか。青リンゴの香りと、リヴァイの行動に、ナマエの胸はほのかに暖かくなっていた。






(一緒にいると)
(心安らぐ人)




ふふ、どうですか?ルッコラより可愛いですか?

ああ、そうだな…可愛い、な

っ…え、

何だ?

い、いえ…可愛いって、言ってもらえたので…その…!

聞かれたから、思ったことを答えただけだ



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片想い以上、両想い未満みたいな!

2013.09.17