エルヴィンに挨拶を済ませ、久々に会えた顔触れと食事をし、お酒だなんだと過ごしていたらいつの間にか夜は更けていた。

フンフンと鼻歌まじりに自分の部屋の前にたどり着くと鍵を探す。ナマエの舞と踊りは調査兵団の貴重な資金源という声もあり、兵士では無いが兵団内に個人部屋を用意してもらっている。

調査兵団付きの舞手だと名乗る前は家などなく、宿を転々としていたナマエにとっては貴重な居場所だ。

今夜は先ほど飲んだワインのせいか妙に心地がいい。ふわふわとした頭でようやく見つけた銅色の鍵を取り出すと、ガチャリと差し込んだ。

その瞬間、背後から伸びた手がナマエの腕を掴んだ。



「っ!…、なんだリヴァイじゃない、もう驚かさないで」



ビクッと身体を跳ね上げ振り返れば、そこには憮然とした顔のリヴァイがいてナマエは安堵の笑みを浮かべた。



「夕食のときいなかったでしょう。エルヴィン団長がせっかく美味しいワインを用意してくれたのに!私、久しぶりにリヴァイとご飯食べるの楽しみにしていたのよ!」

「…」

「むすっとしてる」



何を言っても反応の無いリヴァイの頬を「えい」と人差し指で軽く突く。

むに、と突かれた頬にリヴァイは眉間に皺を寄せたが、反対にナマエは楽しそうに笑ってみせた。



「うふふ、そんな顔したらせっかくの男前が台無しよ」

「さっきの勝負、勝ったのは俺だったな」

「え?」



ようやく発された言葉にナマエは一瞬キョトンとしたが、リヴァイの意図を汲み取るとまたクスクスと笑った。

鬼ごっこ。そう言って駆け出したもののアッサリと捕まってしまったナマエ。



「あとちょっとで私の勝ちだったのに、リヴァイったら最後の最後で本気で追いかけてくるんだもの!びっくり!」

「…」

「そんなに知りたかった?」



リヴァイを好きな理由。



「吹っ掛けられた勝負には負けたくねえだけだ」

「ん、もう!そんな風に言うなら教えてあげないわ!」

「オイ、話しが違うだろ」

「じゃあ聞きたいって言って!私がリヴァイのことを大好きな理由!気になるって言ってー!」



先程飲んだアルコールのせいか、いつも以上にベッタリとくっ付き、子供のように駄々を捏ねるナマエにリヴァイは小さく溜息をついた。



「ああ分かった、気になる、聞かせろ。だからとりあえず部屋に入れ」

「えー」

「ええ、じゃねえ」



部屋を開け「ここでも良いのに」と言うナマエの背中を押すと自分も部屋に入り扉閉めた。

廊下でナマエの声は響きすぎる。只でさえよく通る声をしているのだ。いくら何でも他の兵士たちにこの話題を聞かれる訳にはいかない。

念の為鍵をかけ、さて…と振り向いて見ればナマエは既にベッドの上。「久しぶりのお部屋!」と言って楽しそうにベッドを軋ませ、身体を跳ねさせている。



「この酔っ払い」

「酔ってないわ!心地が良いだけだもの!」

「それを世間では酔っ払いって言うんだ、覚えとけ」

「難しいこと言ってないで、リヴァイもこっち来て!」



ちょいちょいと手招きをする。

夜中に男をベッドに誘うな、と言ってやりたい気持ちが募るが今の彼女に何を言っても無駄だろうと諦め、数歩近づく。

お互いの手が届く範囲に立った瞬間、ぎゅっと手を掴まれ強く引かれた。



「オイ、」

「いいから、ねっ」



相変わらずな笑顔。はあ、と再び溜息をつき、されるがまま手を引かれればリヴァイの身体もベッドの上に乗った。



「ふふっ、リヴァイが私のベッドにいるわっ」

「…乗せたのはお前だろうが」

「そうねっ、私ね!」



そう言って両手をリヴァイの身体に絡ませると、心臓辺りに頬を寄せたナマエ。

リヴァイに対する彼女のスキンシップはいつも過剰だ。ベッタリとくっ付き、腕を絡め、抱き付いてくる。他の者にはそんな事はしない。逆に言えばリヴァイだけに過剰にくっ付きたがる。



「ナマエ」

「なあに?」



にこ、と見上げてくる。アルコールのせいで僅かに色のついた頬、目は潤んでいる。男なら誰でも誘われていると感じるだろう。

いい加減スキンシップには慣れた、と言っても相手はナマエだ。白い手が絡み付いてくるだけで熱がこみ上げる。

このまま力任せに組み敷いてやろうか、と考えるがそんな事をしたら彼女に溺れ肝心な事が聞けなくなってしまう。

ぐっと奥歯を噛みしめ耐えていると、ナマエはクスクス笑い「本題に入らなきゃね」と、ゆっくりと口を開いた。



「リヴァイはね、初めて私を見てくれた人なのよ。覚えているか分からないけど」

「いつの話しだ」

「初めて出会った時」



言われて考えるが思い当たる事がない。

ナマエと初めて出会ったのは、壁外調査に出る前夜。調査の成功祈願と、兵士達の鼓舞を依頼され舞を披露しに来たのが最初だった。



「壁外調査の成功を祈願しに来た時か」

「その日なんだけと、そのもう少し前、覚えてない?」

「…いや、ピンとこねえな」

「ふふふっ、昔のことだものね。あのね、リヴァイはあの日、衣装を着て準備をしていた私を見て言ったのよ?」



オイ、そこのお前。なんてカッコしてやがる。兵服はどうした、風邪でもひきてえのか



「そのまま自分の着てたジャケットを私の肩にかけてくれたの」

「…」

「思い出してくれた?」

「…ああ」



ナマエから視線を逸らし歯切れ悪く返事をしたリヴァイ。

そうだ。あの日、あの時、ナマエの事も成功祈願の舞も、宴で披露される踊りも、何も知らなかった自分は薄着で肌の露出も多かった彼女を見つけジャケットを掛けてやった。



「明日の事を考え過ぎて気でも狂ったか、って!兵士でもない私を叱り出して!」



知らなかったとは言え叱りつけたその後、ステージで音楽に合わせステップを踏み、華やかに舞うナマエを見て面喰らった事をリヴァイはようやく思い出した。



「最初は、この人何を言ってるんだろう、私のこと知らないのかしら、おかしな人、って思ったのよ」

「…悪かったな」

「でもね、すこーし考えたらリヴァイは誰だか分からない私の事を心配して、ジャケットをかけて、おまけに叱ってくれたんだな、って思ったの!」



ぐっと顔を寄せると、いつものように心の底から嬉しそうに笑ったナマエ。



「このお仕事を始める前の私にはみんな興味も無くて、見向きもしてくれない。踊りを始めてみたら今度は舞手、踊り手としての私しか見てくれない」

「…」

「分かっているのよ?踊る私もちゃんと私なんだって、分かっていたんだけど…」



誰も見てはくれない。求めたところでどうしようもない。何も無い、ただの自分のことは自分自身が見て、覚えて、刻んであげよう。

そんな風に諦めかけていたとき、現れた。



「ただの私を見てくれた人。ずっと探していたの…リヴァイをずっと探していたの」



パッと離れ、大袈裟に両手を広げて「大好きなの!」と言うナマエに、リヴァイは初めて出会った時、踊りを披露する彼女を初めて見た時のような衝撃を覚えていた。

想像以上にずっと、彼女から想われていた事実。

そして、その事実を嬉しいと感じている自分。



「舞手としての私を知っても、少しも態度を変えないリヴァイが好きで、好きで、大好きなの!特別なのよ!」

「…」

「もちろん私にとって特別なだけで、リヴァイにとっては特別でも何でもないかもしれないけどね」

「…、」

「はぁー!言っちゃった言っちゃった!もう、何か言ってよ!リヴァイが黙っちゃうと、私とっても不安だわ!」



ぷう、と頬を膨らませるナマエに言葉が出なかったのは面喰らっていたからではない。

たった今、彼女が言った「リヴァイにとっては特別でも何でもないかも」という言葉が引っかかったからだ。



「リーヴァイ?」



不思議そうに。ツンツンと突くナマエの手を掴むと、そのまま身体を押し、ギシと音を立てるベッドに組み敷いた。



「リヴァイ…?」



瞬きを繰り返しキョトンとする彼女を上から見下ろす。チラリと覗いた白い首筋。そこに顔を寄せると歯を立てた。



「いっ、…!」



強く噛むとナマエの身体はビクリと震え、反射的に手がリヴァイの肩を掴む。ギリ、と肌が切れない程度に歯を立てると顔を離し、再び見下ろした。



「ナマエ」

「な、なあに…?」

「俺はな、興味もねえ女の本心を聞く為に、こんな時間にのこのこ部屋に来るほど暇じゃねえんだ」

「え?」

「ベタベタされて引き剥がさねえのも、帰ってくると聞いて迎えに行ってやるのも、お前だからだ」



確かに出会った最初は、特別な感情をもって声をかけた訳ではないが。もう、とっくに惹かれている。自由で、天真爛漫にも程がある彼女に。

私の欲はぜーんぶリヴァイに一直線なんだから!

そう言って一直線な愛情を向けてくるナマエと、同じように。



「お前の欲が俺なら、俺の欲はお前だ」



言ってしばらく。ぽかんとしたナマエに「分かってんのか」と聞けば、その瞬間ぷっと吹き出しクスクスと笑い始める。

ここまでさせて、言わせて、笑うのか。「オイ」と抗議しようと口を開いたが。困ったように眉をハの字に寄せ、そしてうっとりと微笑むナマエと目が合った。



「私は、リヴァイの特別?」

「そうだって言ってんだろ」

「じゃあここを噛んだのも特別だからね?」



内出血しているのか赤紫色になった歯型を指差す。そしてまたクスクスと笑うとナマエは両手を伸ばしリヴァイの頬を包んだ。



「特別なら抱きしめてくれる?」

「それは俺がしなくてもお前が飛びついてくんだろ」

「ん、もうっ」



ぷく、と頬を膨らませるナマエにリヴァイは不意に顔を寄せると、今度は首筋ではなく唇を食んだ。僅かにアルコールの香りがする。

唇を離し、潤んだ瞳を見下ろす。



「…リヴァイはずるいわ、私ばかり喜んでるもの」

「お前ばっかじゃねえ、俺もだ」



ナマエは一瞬驚いて、目を大きく開いたがすぐに笑みを浮かべる。両手をリヴァイの身体に回すとギュッと引き寄せる。



「じゃあ、もっと、もーっと、特別な事もしてくれるの?」

「…ああ」



その言葉を合図のように。少し瞳を合わせたあと、どちらからとも無くもう一度唇を重ねた。





(落ちていくなら恋よりもこの腕の中へ)



目が覚めた時、隣のスペースにナマエは無く。

枕元に置かれていた食堂にいるわという書き置きを見て、着替えを済ませたリヴァイも食堂へと来てみれば何やらザワザワとした様子。

「あっ、リヴァイ兵長だぞ…」とよそよそしい態度をする兵士達にリヴァイは意味が分からず眉間に皺を寄せた、その時。



「あっ!リーヴァイ!」



間延びした名前の呼ばれ方。



「…オイ、ナマエ一体、何をし」



ようやく見つけたナマエの姿にリヴァイの言葉は途切れた。

それと同時に何故、兵士達が自分に対しよそよそしい態度を取ったのか理解した。



「ねえねえ、見て見て!新しい衣装が届いたのよ!」

「…何てカッコしてやがる」



駆け寄って来て、目の前でくるりと回るナマエにリヴァイの顔はどんどん険しいものになっていく。

明らかに布面積が少ない衣装。胸の膨らみが半分程見えていて、足もレースのパレオを巻いているがどう見ても付け根から剥き出しだ。

そして何より、首元に何も巻いていないせいで、昨夜リヴァイが付けた歯型がくっきりと見えている。

兵士達はこれを付けたのがリヴァイだと確信しているのだろう。こんな赤紫色になるほどの強烈にして凶悪な噛み跡を目の当たりにすれば、よそよそしくなるのは至極当然。



「馬鹿が、着ろ」

「やーよ!どうして!」

「どうして、じゃねえだろ。いいから着ろ。どこの頭のイカれた貴族だ、そんなもん寄越しやがったのは」



抵抗するナマエの腕を掴み脱いだジャケットを強制的に着せる。噛み跡も隠そうと首に巻いた自分のクラバットを外していたら不満そうなナマエの顔が目に入る。



「今度の依頼ではこの衣装を着るのよ」

「断れ」

「行くからね!」

「断らなくても行かせねえからな」

「ん、もう!どうして!良いじゃない!裸ってわけじゃないんだから!」

「そういう問題じゃねえ」

「私が裸を見せたのはリヴァイだけなのよ!他には絶対見せないの!そうでしょう!」



ぶはっ

ナマエのよく通る声に、食堂にいた人間が一斉に噴き出し、リヴァイはビシリと固まる。

あ、やっぱりあの歯型…
前から噂はあったけど…
どんだけ噛んだらあんな跡に…

色々な声が聞こえる中で、リヴァイはともかく『ナマエを連れてここから抜け出す方法』を考え必死に頭を巡らせた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
自由奔放な舞姫と噛み跡が強烈凶悪な兵長でした

2016.09.11