「おい糞ガキ、ナマエから離れろ」
扉を開けた瞬間聞こえてきた声に、リヴァイ班の面々は溜息をついた。
ああ、またやってるのか。
声の聞こえた部屋をチラリと覗いてみれば、ソファに隣同士で腰掛けたエレンとナマエ。そしてその二人の前で仁王立ちをして不機嫌オーラを全開にしているのは人類最強の男、リヴァイその人だ。
「離れろと言ったのが聞こえねえか」
「いえ、その、離れろと言われても…」
しどろもどろになりながら自分の左肩を見やるエレン。つられるようにエレンの肩を見れば、そこには彼に頭を預け眠りこけるナマエの姿があった。
ああ、もう、うわぁ。
何がリヴァイの地雷だったのか、聞かずとも分かる光景にリヴァイ班の面々はとりあえず自分の頭を抱えた。
どうする、止める?と聞きたげなペトラの視線に他の三人は片手を軽く振り「いや無理」と意思表示。
「ナマエさん、今朝は早かったみたいで…起こすのは可哀想な気が…」
「ほう」
ほう。
このたった二文字にこんなにも圧力を掛けられる人間が居ただろうか。いや居ない。
エレンの言いたい事は分かる。寝不足なナマエを気遣ってるのだろう。自分が離れたらナマエが起きてしまうと。だが圧倒的に状況が悪い。
離れろと言うリヴァイの気持ちも分からなくはない。エレン抜きの会議の後、戻ってみれば最愛の彼女が年下の男に身を預け眠りこけているなど。
「あっ、リヴァイ兵長、俺なら全然平気です!ナマエさんすごく軽いですしっ」
いやそうじゃねえよ。
照れたように笑いながら「俺は大丈夫なんでもう少し寝かせてあげてください」とナマエを気遣うエレン。誰もお前の心配はしてねえと何故分からないのか。一周回って彼の感覚が心配になってくるレベルだ。
リヴァイの不機嫌オーラが一層濃くなりリヴァイ班はまた頭を抱える。
もうこの部屋の空気が重い。出て行きたい。けれどいま物音を立て見ている事がバレたらリヴァイの八つ当たりは間違いなくこちらにも飛んでくる。
本来の彼なら速攻でエレンを蹴り飛ばしているだろう。だがそれをしないのは眠りこけるナマエのせいだ。
エレンは気に食わないが、彼女の安眠は守りたいという気持ち。なんて面倒くさい、とは思っても口にはしないが。
「んっ…」
その時、眉を顰めたナマエが身体を捩った。
そのまま起きるんだ、起きろ、起きてエレンから離れて兵長の元へ行ってくれ。リヴァイ班の全員が同じことを祈るように願った。
「…っ、ん?…エレンくんだ、おはよう」
「お、おはようございます」
「ごめんね、寝ちゃった…」
未だうとうとしながら目をこするその姿を見てリヴァイが「ナマエ」と彼女の名前を呼びかけた時。起き上がった彼女にリヴァイ班の面々が喜びかけた時。
身体を起こし体制を整えようとしたナマエ手が、エレンの太ももの付け根に触れた。
「、わっ!ちょ、ナマエさん、待っ…!」
女性に、それも良いなと思っていた相手に突然デリケートな部分を触れられ、エレンは大袈裟なほど身体を反らす。反射的にナマエから飛び退くと同時に彼女が触れていた足を引いた。
「えっ、あ、わ…!?」
「あっ!ナマエさん!」
エレンが足を引いたせいで、そこに寄りかかっていたナマエの体制は大きく崩れる。
そのまま勢いよくエレンへと倒れこむ。ナマエがソファから落ちないように、と咄嗟に差し出したエレンの手のお陰でソファから落ちる事は無かったが。
エレンの下腹部にしがみ付くように倒れこんだナマエ。
リヴァイ班の面々は文字通り、息が止まった。
起きて欲しいとは願ったが、この状況を悪化させて欲しいとは微塵も願っていない。
こうなってしまっては、もうリヴァイの顔色を伺う事すら出来ない。いや伺う必要が無いという方が正しい。だって絶対怒ってる。怒ってるなんて可愛い言い方では足りない。キレてる。絶対キレてる。
般若のような顔をしているだろうリヴァイが容易に想像できて気が遠くなった。
「エレンくん、ご、ごめんなさっ」
「いっ、い、いえ、全然…!!」
「す、すぐ起きる、からっ」
倒れた身体を起こそうとするナマエの手がもたもたとエレンの下半身を這う。
ナマエにはそんなつもり無くとも、正直過ぎるエレンの身体はカッと熱くなる。このままでは鼻血が出るんじゃないかと錯覚するほどの熱さに、エレンが自分の鼻を片手で覆った時。
めごしゃ
痛々しい音ともにリヴァイの蹴りがエレンの顔面にヒットした。
それと同時にナマエの身体を拾い上げると両手で抱え込む。
「リヴァイさん?」
きょとんとしたナマエの声が何とも愛らしい。
だがしかし。自分が何をしたのか、リヴァイの怒りの原因、何よりこの状況を全くもって理解してない様子が何とも憎らしい。
「ナマエよ、次から眠い時は俺の部屋に来い」
「え、良いんですか?」
「当たり前だ。飯にはまだ時間があるんだろ、部屋に行くぞ」
「はいっ、リヴァイさん最近はとても忙しそうにしていたので、一緒に過ごせるの嬉しいです!」
まるで花が咲くように笑ってリヴァイにぎゅっと抱きつく彼女の可愛らしいこと愛おしいこと。先程の般若はどこへやら。目を疑うようなリヴァイの優しい眼差しはナマエへと向けられている。
このどうしようもなく抜けていて天然な彼女を誰よりも愛おしく想っているのはリヴァイだ。
それだけなら良かったのだが。エレンというこれまた天然な年下男子が入ってきたせいでエルド、グンタ、オルオ、ペトラのメンバーの心労は絶えることがない。
この状況が最早日常となっていて。
多分明日もこんな感じなんだろうな、と察しリヴァイ班の四名は遠い目をした。
天然二人に鬼一人
(天然なんて)
(所詮はトラブルメーカー)
「あっ、大変ですリヴァイさん!エレンくんが鼻血出して倒れてます…!」
「ああ、さっき顔面をぶつけちまったらしい」
おい。嘘つけ。
この人いま真顔で嘘つきましたよ。
いやさっき思い切り蹴り飛ばしたのあなたじゃないですか、もうやだこの人類最強。
「おいお前ら、あの糞ガキなんとかしておけ」
そう言ってナマエを抱えたまま立ち去るリヴァイに、四人は盛大な溜息をついた。
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天然と鬼
予想以上に皆さんから好評なようで嬉しい限りです
また思い付いた時に書けたら
天然、天然、天然のヒロインと
純情、天然なエレンと
鬼のリヴァイ
2016.08.27
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