「っち…中に入れ」

「あの、でも」


拒否をする間も無くナマエの腕を強く引き、部屋に入れたリヴァイ。先程まで自分が腰かけていた窓際の椅子にナマエを座らせると、険しい表情のまま壁に掛かっていた私服の羽織りを取った。


「すみ、ません…」


無言のまま。バサッ、と肩に掛けられた黒の羽織り。ナマエには少し大きいその羽織りから僅かにリヴァイほ匂いを感じ取り、安堵を覚えた。

リヴァイはというと、白のタオルを水で濡らしキツく絞ると急ぎ足でナマエの元まで戻ってきた。


「動くなよ」

「だ、大丈夫です…それくらい私自分で」

「動くなと言ったのが聞こえなかったか?」


低い声。ビクッと身体を強張らせるとナマエはリヴァイにされるがままとなった。

声は低い。顔はどう見ても怒っている。隠そうともしないリヴァイの苛立ちを正面から受け止めようとするナマエ。けれど、リヴァイの苛立ちの原因はナマエではなく。態度とは裏腹に彼女の前に片膝をつき頬や腕についた泥をタオルで拭う手はとても優しかった。


「誰だ」

「え?」

「誰にやられた」

「すみません…顔は見たのですが、それ以外は分かりません…突然のことで、その…」


膝の上で重ねていたナマエの両手が再び震えた。

ギュッと唇を噛み締め、耐えるように眉間に皺を寄せるナマエ。その姿を見てリヴァイは衝動的に自分の片手で、震える彼女の両手を包んでやった。


「ナマエ」

「…、」

「今お前の前には誰がいる」

「リヴァイ、兵長…です…」


それ以上リヴァイは何も言わない。けれどナマエは感じ取ることが出来る。彼がそばにいてくれることがどれほど安全か、安心出来るか存在か。握られた手から伝わる温度が、絶対的な安堵感を与えてくれる事を。

何故そう思うのか。彼に対する想いを。この気持ちの正体を。ずっと知っていた。


「私、そんなに…柔じゃない、ですよ…」


涙で震えた声。いつもの様に余裕を見せて彼の想いをふわりとかわそうとしても上手くいかない。リヴァイから目が逸らせない。リヴァイも返すように目を逸らさないでいてくれる。余計に涙が溢れた。


「ずるい…っ」

「俺がか?」

「だってっ…そんな反応してくれるなんて、もっと煩わしく思われると…ばかり…」


身体だけの関係だと思っていた。自分がいくら想っても、リヴァイは自分の心には興味がないと。けれど彼はナマエを突き放さない。面倒くさいと、俺には関係ないと、言わない。見放さないでいてくれる。こんな風に扱われたら今まで隠して、必死に保ってきた気持ちが止まらなくなる。

優しくしてくれるなんて、と一言もらし、ポロポロとナマエが涙を流す。それと同時にリヴァイが大きくため息をついた。

次の瞬間。ナマエの両手から手を離したかと思えば、彼女の破れたシャツの襟元を掴みグッと自分の方へと引き寄せる。

まるで押し付ける様に、唇が重なった。


「…俺が今まで何も想わず、お前を抱いていたと思うか?」


唇を離すと、息がかかりそうな距離のままリヴァイが呟く。突然の事に頭が追いつかないナマエはポカンとした顔をしていたが、次の瞬間一気に頬を染め上げた。


「うそっ…!」

「嘘じゃねぇ」

「だって、私…あんなに必死で…!」


わっ、と両手で顔を覆いリヴァイから離れるナマエ。顔を隠そうとも、誤魔化せないほど耳が赤くなっており、リヴァイは満足そうに「ふん」と鼻を鳴らした。


「くだらねぇ駆け引きしやがって」

「だって、だって!惹きつけていたかったから、気の迷いで終わらせたくなくてっ」

「…おい」

「え……、んっ」


不意に立ち上がりナマエを見下ろす。そのまま呼びかけ彼女が上を向いた瞬間をついて再び唇を押し付けた。これで二度目。押し付けられた本人は驚きのあまり呼吸が止まった。


「勘違いするな、最初からだ」

「え、は…?」

「最初から想って抱いていた、気の迷いなんて一度もねえよ」


最初から、ずっと。言葉にならない気持ちが胸に込み上げてくる。駆け引きをしていた自分が恥ずかしいとか、リヴァイに思われていた事実が嬉しいとか、様々な思いが身体中を駆け巡りすぎて。


「わ、私は…別に…」

「あ?」

「別に、想ってなんておりませんから」


今となってはバレバレな嘘と、過剰な敬語を使ってしまった。




(うそつきとうそつきの)
(恋の駆け引き)



嘘をつけと、鼻で笑い飛ばす彼。

それがどうしようもなく悔しくて。ナマエは隙をついてリヴァイのシャツを掴み、力強く引き寄せると今度は自分から唇を強く押し付けた。




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紫陽花の花言葉
移ろい・嘘つき

嘘を付き合った二人の恋のお話しでした。
主人公は本来わりと子供っぽい性格です。
小悪魔ぶる純情娘、そんなイメージです。

どうでもいいおまけが下にあります。
雰囲気を壊したくない方はこのまま戻りましょう。
暴行されたままなんて嫌!という方は下へどうぞ。
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「ナマエよ」

「はい?」

「明日は医者に行くぞ」


泥だらけだった身体を、綺麗に洗い流してきたナマエは、リヴァイから借りたシャツを着て水を僅かに滴らせながらぽかんとした顔をした。

鋭い視線、少し皺の寄った眉間。無言の圧力を感じ、ああそうか、とナマエは今しがた落としたばかりの身体中の汚れの原因を思い出す。それと同時に、ふらふらと視線を彷徨わせた。


「何だ?」

「あの…えっと、ですね…」

「はっきり言え」


そう言われナマエは困ったように眉を寄せると、髪の毛を拭いていたタオルで若干顔を隠しながら呟いた。


「…にも、…ません」

「あ?」

「…何も、されてません」


手にしていたカップをガタンと大きな音を立てて置いたリヴァイに、ナマエはいよいよ顔が合わせられなくなる。申し訳なさそうに縮こまる彼女は心なしか一回り小さくなったようにすら思える。


「おい、どういう事だ…嘘か?」

「さ、さすがにこんな嘘はつきませんよ…っ」

「ならどういう事だ?」


もごもごと濁そうとしたナマエだがリヴァイからの視線に耐えきれず、あった事をそのまま話し始めた。

数人の男に囲まれ引き倒された事。シャツを破かれ胸を強く掴まれた事。けれど抵抗に抵抗を重ねてそれ以上触れられないように男達の腕から逃げようとした事。痺れを切らした男が事を成してしまおうと、パンツのベルトに手をかけた事。引き千切るようにベルトを壊された事。

そして。

恐怖のあまり思い切り上げた足が相手の急所を見事蹴り上げた事。そのまま倒れた男に周りが動揺した事。その瞬間を逃さず拳を突き上げたら、今度はそれが上半身を抑えていた男の顎に綺麗に入った事。脳震盪でも起こしたのか動かなくなった男を見て咄嗟に身体を起こした事。そしてその場から逃げる直前、悔し紛れに近くにいた男の顔に膝蹴りを決めてから逃亡した事。

ありのままを話すにつれてリヴァイの顔が怖くなっていく事に気付き、すすす、と静かに距離を置こうとしたらとても強い力で腕を掴まれた。


「そうか」

「あ、の…」

「何もされてねえ事に関しては安心した」

「あ、ありがとうございます…」


会話をしながら腕を離してもらおうと試みるけれど、もちろん解放してもらえる訳もなく。それどころか腕を掴む力は段々と強くなっていく。


「で?」

「はい?」

「何もされていないんだな?」

「は、はい…」

「そうか」


なら好都合だ

という言葉がナマエに聞こえた瞬間、リヴァイは軽々と彼女の身体を抱き上げた。


「え、うそ、あの…兵長!」

「俺が遠慮する必要も、お前に気を使う必要もない訳だ」

「暴行未遂されたら少しは考慮しませんか…!」

「知ったことか」


嘘つけばよかった。馬鹿正直に言うんじゃなかった。こうなる事は予想出来たはずだ。色々頭の中で回るけれど。軋むベット。目を開けば、とても楽しそうな顔をした男が目に入り。

あ、これは駄目だ。

腹を括る事にした。



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これにて終幕!
お粗末さまでした!

2015.06.18