月がもう天辺を過ぎようとしている。
窓辺に肘をつきぼんやりと眺めたまま、何時間過ごしただろうか。時折、扉を見つめまた月へと視線を戻す。
呼んだ筈の彼女が来ない。
今朝、食堂で会った時に来いと伝えた。あいつは少し目を見開いたあと、いつも通り丁寧な言葉で了承した。だが、来ない。
仕事が終わっていない?いや、いくら何でも深夜まで掛かる仕事をナマエが任されているとは思えない。
眠ってしまったのか、一瞬そう考えたがあいつは約束は破らないと知っている。俺との約束は特に。
「……」
女々しいくらいに想っている。彼女の事を。
手に入るか入らないか、ギリギリの所を逃げ回るナマエを捕まえることは容易だった。ただ一言伝えてやれば、それだけで手に入る。逃がしはしない、離しもしない。
分かっていながらそれをしなかったのは単純に、彼女に折れて欲しかったからだ。好きだと認め、自分の元へ落ちてきて欲しかった。
そんなガキみたいな感情さえ無ければ、もっと違う関係を築けていたであろう。
自嘲するように、大きく溜息をついた。
此処へナマエが来たら、言ってしまおう。これ以上は無理だと。どれだけの想いか、身をもって知ればいい。
自分が惹きつけようと躍起になった相手が、既にどれだけ惹きつけられていたか。どれほど重い相手だったか気付けばいい。
そうだ。来ないのであれば、此方から出向こう。
そう思い椅子から立ち上がった時。
…ガタ
「…、」
扉に目を向ける。
僅か小さな音ではあったが。扉の前で物音が聞こえた。ナマエだろうか?いや、こんな時間に来るのは彼女以外ありえない。
けれど、彼女が入ってくる気配はない。何を躊躇っているのか分からないが、扉の前で立ち尽くしている気配だけを感じる。
「…っち」
舌打ち一つ。扉へとすぐに近付くとドアノブを捻り勢いよく開いた。
「!?…きゃ…っ」
ドアノブを掴んでいたナマエは、まるで引きずり込まれるように飛び込んできた。
バランスを崩した彼女の身体を片腕で受け止める。
「ナマエ」
「…!」
「こんなに待たされたのは、…」
初めてだ、と言いかけて止めた。
彼女の身体が小刻みに震えている。異変を感じナマエの身体をすぐに離すと正面から見た。
「あ、の…っ…これは」
震えて取り繕うことが出来ていない声。
引き裂かれたシャツから胸元が見え、泥だらけになった身体。顔には擦りむいたような傷。泥で汚れ、涙でぐしゃぐしゃになったナマエ真っ赤な瞳。
彼女に何があったのかくらい、聞かなくても分かった。
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