思っていた以上に立体起動の訓練が長くなってしまい、すっかり暗くなった兵舎への道を早足に歩く。

片付けや書類があったから、新兵の子達は先に帰したけれど。やっぱり誰か残ってもらえば良かったなぁと少し後悔。

訓練所から兵舎までの道は暗い。月明かりが無ければ道が見えなくなってもおかしくない。今夜は月が出ているから大丈夫だけれど。早く帰りたい。落ち着きたいし、休みたいし、それに支度をしなきゃ。



「…」



今日は呼ばれている。彼に。

最近ずっと呼ばれていなくて、不思議に思っていた。

それこそ、ほぼ毎日のように彼は私を呼んでいたのに、ここ数日ピタリと無くなっていた。

何故なのか分からなくて焦った。もしかしたら飽きられたのかもしれない、他に素敵な人を見つけたのかもしれない、逃げ回ってばかりの私に愛想を尽かしたのかもしれない。

今日が最後なのかもしれない。

そう思うと泣きそうだった。

見ていてほしくて、追いかけて貰いたくて、興味を引きたくて、だから好きじゃないふりをしていたのに。

こんなはずじゃない。

こんなはずじゃなかった。

こんなに必死になって気を引こうとして。こんなのもう、捕まっているようなものじゃない。夜、呼ばれて嬉しいなんて。もう私は彼を好きだと想ってしまっている。



「やだな…もう…」



今日彼と会ったら言ってしまいそうだ。好きだと。見ていて欲しい。ちゃんと捕まえていて、私のものになって、私に興味を持って、私だけを愛して。

一度言ったらきっと止まらなくなる。彼に煩わしく思われるかもしれない。重たいと言われ、関係も終わり、もう二度と名前を呼んでくれなくなるかもしれない。

それでも、嘘をつけないの。もう無理なの。

知ってほしい、気持ちをすべて伝えたいと思ってしまうの。



「お、いたいたー」

「…!?」



突然、聞こえた声に身体が硬直した。バッと振り向くとそこには月明かりでぼんやりとしか見えないが、男の姿が見て取れた。

一人じゃない。



「調査兵団のナマエさんですよね?」

「そうですが…こんな時間に何か?私急いでいるので用があるのなら明日以降にお願いします」



ニヤニヤと笑う男の姿に、ジワリと冷や汗が滲む。

なんだろう怖い。すごく気持ち悪い、不快な気分。

一刻も早くこの場を立ち去りたくて、簡潔に伝えると男の横を通り過ぎた。



「そんなに急いじゃって…あ、もしかして今夜は兵長の性欲処理ですか?」


「!?」



勢いよく振り返る。男はニヤニヤと口元に嫌な笑みを浮かべたまま。

この不快感は気のせいじゃない。何人いるのか分からないが、私を囲うように現れた数人の男達。悪寒がする。



「…なにを、言って」

「なにって気付いてる連中は気付いてますよ?」

「人当たりがよくて、面倒見もいいナマエさんがまさか身体を使った仕事をしてるなんて、ってね」

「しかもその相手があの兵長じゃ、見返りの報酬も相当な額なんでしょ?」

「…っ」



性欲処理

見返りのお金

違う、そんなのじゃない。私達は、そうじゃない。そんな風に思ったことない。少なくとも私は、私の気持ちは違う。

彼に、一度たりとも、お金の見返りを求めた覚えは無い。でも唯一、私が求めたのは、求めてしまったのは



「あ、でもナマエさんの人脈なら相手は兵長以外にもいるでしょ」

「違うっ…私は!…やだ、離して…っ」

「ってことは俺たちの相手ぐらい、余裕っすよね?」



次の瞬間。無数の手に抑え込まれ、悲鳴は上がることなく掻き消された。