「ナマエ」

「エルヴィン団長…どうされました?」

「丁度いい、会えて良かった」

「私に、何か?」

「ああ、次に行われる新兵達の立体起動訓練で君に指導をお願いしたかったんだ」

「私…ですか?」

「ああ。私が見る限りナマエが一番適任だと思っている。人当たり、指導力、知識それら全て群を抜いている」

「そんな事は……でも、私で宜しいのであればやらせてください」

「よし。それなら後で私の執務室に来てくれ、必要な書類を渡しておく」

「はいっ」



ふと見てしまった光景。

まるで子供のような笑顔。嬉しそうに頬を緩めるその姿こそがあの女の本来の姿であり、本質である事くらい知っている。出会った当初はそうだった。子供のように素直で、無邪気。

分からないのは、何故それを自分には見せてくれないのか。いつからか女の目をして、腕の中をすり抜けていく。掴んだつもりでも、気付けばいない。

目覚めた時、冷えたシーツに何度不快感を覚えたことか。



「リヴァイ、そこで何をしてる」

「…何もしてねぇ」

「ほう。ああ…何だそういう事か」

「あ?」

「ナマエに声を掛けるタイミングを逃し、一人嫉妬でもしていたのだろう」

「……」

「そう睨むな」



なに食わぬ顔で笑うエルヴィンに舌打ちを一つ。気付けば先程までそこにいた彼女の姿は無い。仕事にでも戻ったのだろう。

姿を見て、声を掛けようとして、エルヴィンに先を越されたなど言えるはずがない。

そもそも話し掛けた所であの女がまともに取り合ってくれるとも思えない。愛想笑いと、丁寧すぎる言葉遣い。

一体いつから、



「一体いつからそんな関係になったんだ、お前達は」

「…何のことだ」

「惚けるな、知っている」

「……」

「リヴァイ、お前は身体だけの関係で満足か?」

「さあな」

「アレはお前の事が好きだろう。それくらいお前も気付いているはずだ」

「…だが俺から逃げるのはナマエだ」

「それも彼女の本質を理解していれば、簡単に説明できる」

「俺の理解力不足と言いてえのか?」

「手に入らないという事は、そういう事だ」



ナマエが何を想って自分の元に抱かれに来るのか。何を想って夜明け前に去っていくのか。彼女の本質を知っていれば説明は出来る。

追われていたいのだろう。俺に。

他に向かないように、手に入るか入らないか、ギリギリの境界線を保つことで、惹きつけていたいのだろう。



「他に取られなければ良いが」

「…誰がいる」

「さあ?」



含み笑いを残し、去っていったエルヴィンにもう一度舌打ちをした。


ナマエに嘘をついた事はない。俺の元へ来い、と言ったのは本心だ。何処にも行けぬように、余所見など出来ぬように。

嘘はついていない。

けれど、本音で欲しいと伝えた事も無い。



子供みたいですね



そう穏やかに笑んだナマエの顔が焼き付いている。

子供なのはどちらか。

勝手な想像で飽きられる事を恐れ、好意の無いフリをして逃げ回る彼女か。その彼女の性格を理解しておきながら、本音で欲しいと言わず彼女が折れるのを待ちながらも苛立ちが抑えられない俺自身か。


あるいは、双方か。