辛いときは傍にいてください。
泣いてしまいたいときは私を抱きしめてください。
いつも、私の傍にいてください。
「じゃあ行ってくる」
「あ、うん‥っ」
仕事へ向かうクラウドの声を聞き、もうそんな時間かと、慌てて玄関まで見送りに行くがクラウドはもう身支度を済ませてしまっていた。
「今日はなるべく早く帰る」
「わかった、待ってるね」
そう言って微笑めばクラウドも目を細めて少しだけ笑みを浮かべてくれる。
ぎこちないけど優しい笑顔。クラウドが見せるその優しい笑みが私は大好きでだらしなく頬が緩んでしまう。
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
当たり前のように言葉を交わした後、パタンと静かに閉じたドア。フェンリルの音が遠くに行きやがて聞こえなくなるまで玄関に佇んでいるのは私の癖。
音が聞こえる間は彼がそこにいるということだから。
「‥はぁ」
音が遠ざかり聞こえなくなったあと、途端に静かになってしまった家。小さく吐き出したはずの溜息がやけに大きく響く。
仕事に出かけるクラウドを見送るのは好きだけど、見送ったあとの寂しさが少しだけ苦手。しん、とした家になんともいえない感情が込み上げる。
クラウドの仕事はデリバリーで(本人は運び屋って言うけど)遠くまで配達に行ったら二、三日帰って来れないこともある。
たまにユフィなんかも遊びに来てくれるけど、そういう日はほとんど一人で過ごすことが多い。
「さてと‥掃除でもしようかな」
このまま佇んでいても仕方ない。キッチンの掃除でもしよう、と思い私はいつも通り玄関から離れた。
「そうそうナマエ聞いてよ、この前バレットがね!」
「なあに、またバレットと喧嘩したの?」
「また、じゃないし!向こうが突っかかってくんの!」
「仲いいんだね」
「ちーがーう!」
窓の向こうは既に真っ暗。月も高く登りかけている。そして目の前にはユフィの姿。
キッチン掃除の掃除を終えて、夕飯の買い物に行って家に帰ってきたら、どこから入ったのか分からないけどユフィの姿。椅子に腰掛けリビングで優雅にお茶を飲んでた。
そのまま長時間ユフィの話(ほとんど愚痴だけど)を聞き、気付いたら外は真っ暗になってしまっていて、ちょっとした料理なんか作りながら話に付き合っている。
ユフィの話しは楽しいし、嫌いじゃない。
「そういえばクラウドはまだなの?」
「え?」
「今日は早く帰って来るってさっき言ったじゃん」
「もうこんな時間だけど?」と首を傾げるユフィに時計を見れば、あと一時間と少しで日にちが変わってしまう時刻になっていた。
「うーん‥もしかしたら今日は帰ってこれないかもね」
「え、なんで!?」
「こんなに遅いときは大抵、帰ってこれないから‥」
きっと忙しいんだよ、と言葉を続けるがどこか納得のいかない顔をしたユフィと目が合う。
「連絡とかないの?」
「あんまりないかな‥たまにあるけど」
「‥それでナマエは寂しくないわけ?」
「寂しい、けど‥」
「けど?」
「仕事だから仕方ないよ」
そういって苦笑いをすれば突然「だぁー!」と声を上げて机を叩くユフィに身体が跳ねる。どうしたの?と伺い見ればキッと睨みつけられた。
「ナマエは優しすぎる!」
「そ、そうかな‥?」
「そうだよ!ってか何で寂しいって言わないの!?」
「困らせたくない、から?」
「あたしに聞かないでよっ」
軽くツッコミを入れるような言葉に、ぷっと吹き出せばユフィは脱力したようにテーブルにうな垂れてしまった。
「あたしはさー、ナマエとクラウドが付き合ってるのも正直、納得いかない‥」
「え?」
「だっていつもナマエ一人でさー‥家事ばっかりして‥」
「ユフィ?」
「あー!考えたら苛々してきた!クラウドなんかにナマエはもったいない!」
そうだよ!大体、自分はバイク乗り回して好きなとこに出かけてナマエは家で家事。なんておかしくない!?おかしいよね!?そうだよね!
と、矢継ぎ早にまくし立てるユフィに反応することが出来ず目をパチパチさせてしまう。
クラウドは仕事で出かけてるわけであって、自分の好きなところに行ってるわけじゃないよ。そう言いたいけれどユフィのものすごい勢いに圧倒されて、口を挟む隙がない。
「そうだ、クラウドなんかやめちゃえ!」
「え、いや、あのねユフィ‥!」
「もっといい人いるよ!」
徐々にテンションの上がり始めるユフィを、私は止めることができず、一人あわあわとするだけ。ああ自分が情けない‥。
「そうだなー‥例えばさ、タークスの赤い髪のやつなんてどう!?」
「れ、レノさん‥?」
「そうそう、ソイツ!」と満面の笑みで頷くユフィ。いきなり予想外の人の名前が出てきてキョトンとしてしまう。
「ヴィンセントとかシドとかは、ずっと一緒にいるからダメじゃん?」
「そ、そうなの‥?」
「バレットみたいな無神経は論外!」
握りこぶしを作ってどこか憎々しげに言うユフィの姿に、この前の喧嘩はそんなに酷かったのか、と苦笑いをしてしまう。
「旅してるときから思ってたんだけどさ、レノってナマエのことよく構ってたでしょ?」
「そんなことないと思うけど‥」
「絶対そう!っていうかこれは女の勘!」
「うーん、まあ悪い人じゃないとは思うよ」
レノさんとは星を救う旅の時は敵同士だったけど、この前の戦いでは何かと協力してくれたし、いい人だとは思う。気さくで明るくて。‥だけど、やっぱりそういう対象には見れない。
お友達、としてはすごくいい人だけど。
「あーゆー奴なら仕事忙しくても一緒にいてくれそうじゃん!」
「あはは、そうだね」
「離れてても電話してくれそうだし、どっかのチョコボとは大違い!」
「誰がチョコボだ」
突然の声にリビングのドアへと目をやれば、そこには眉間に皺を寄せたクラウドの姿。
普段から無表情が多いクラウドだけど、話しかけると笑みを浮かべてくれる。だからこそ眉間に皺を寄せたクラウドは珍しい。というより、そんな表情はここ最近見ていなかった。
「あ、アンタいつから聞いてたの!?」
「‥俺の話が出てきた時ぐらいからだ」
「それってだいぶ前じゃん!立ち聞きはんたーい!」
「俺達の家だ。文句を言われる筋合いはない」
俺達の家、クラウドの何気ない言葉に胸がきゅっとして嬉しくなる。‥うわぁ、私ってすごく単純だ。
「ナマエ、遅くなってすまないな」
「ううん、お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
先程まであった眉間の皺はもうそこに無くて、いつも通りの笑みを浮かべるクラウドに頬が少しだけ熱くなる。
「‥贔屓だ」
「当たり前だ」
不満げに口を開くユフィに、再び無表情になったクラウドが言葉を返す。
むっ、とユフィが表情を歪めるとその表情のまま「帰る!」と声を上げる。そのまま近くにあった窓を開けて窓枠に足をかけるユフィ。
「ナマエは好きだけどアンタなんか大嫌いだ!」
「ふん、上等だ」
「ちょっと、クラウド‥!」
「ナマエがまたアンタに一人にされたときに遊びに来る!」
捨て台詞のようにそう言うと「ナマエ、じゃあね!」と言ってユフィは窓から飛び出していってしまった。
せっかく来てくれたのに酷い返し方をしてしまい、ユフィに申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら窓を閉める。
「もう、クラウドっ!ユフィせっかく来てくれたのにあんな言いかた酷いよ!」
「アイツが変なこと言うからだろ」
「変な、こと‥?」
ユフィが言っていたことを思い出そうとして首を傾げれば、突然ギュッと抱きしめられる。
「クラ、ウド?」
「‥レノは、ダメだ」
「‥え?」
そう言われて思い出したのはユフィのクラウドなんてやめちゃえ!という発言。あ、やっぱりそれも聞いてたんだ。なんてぼんやりと思う。
「否定しないから、焦った」
「あ‥」
「だからレノは、ダメだ」
「う、うん‥」
「他もダメだ」
腕の力を強くしてもう一度、同じことを言うクラウドに今まで感じていた寂しさとか悲しい全て気持ちが吹き飛んでしまう。
ねぇ、ユフィ。ユフィは納得いかないっていってたけど私はやっぱりクラウドじゃないとダメみたい。
「私ね、クラウドを見送った後の静まり返った空気が苦手なんだ‥」
「ナマエ‥?」
「連絡が来ないまま一人で待つのは寂しい」
「‥」
何回か夜が寂しくて泣いたことだってある。そんなこと言ったらクラウドは困っちゃうから絶対に内緒にしてたけど。
「だからユフィが言ってたレノさんなら傍にいてくれる、っていうのは少しだけ納得しちゃった」
笑いを含んだ声で伝えれば僅かに震えたクラウドの身体。
納得はしたけど、そういう対象には見てない。少し意地悪かもしれないけど、クラウドの反応が嬉しくて気付かれないように笑みをこぼした。
「一人はね、寂しいの」
「すまない‥」
せっかく一緒に暮らしているのに。起きた時、誰もいない家。テーブルの上で一人きりで食べるご飯。あまり来ない連絡を携帯を握り締めて待っている自分。
クラウドのいない時間は全部寂しい。
「無理に、とは言わない‥だけど、私は出来る限りクラウドと一緒にいたい、よ」
「ナマエ‥」
私が辛いときは傍にいてください。
私が泣いてしまいたいときは抱きしめてください。
私の傍にいてください
(わがまま言って) (ごめんね?)
こんにちはー!ストライフデリバリーサービスです!
‥‥‥。
お!今日はナマエが来たのか。珍しいぞ、と
‥‥レノ
なんだお前もいたのかよ、と
ナマエに触るな話しかけるな近づくな
‥いつにも増してガードが硬いな、と
−−−−−−−−−−−−−−−
仕事と私どっちが大事なの?…的なあれ。
結果、一緒に仕事をすればいい。
2009.03.10
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