どうしよう。足元がふらふらする。頭が重くて仕方ない。やっぱり朝方まで仕事したせいかな・・。できるなら、今すぐ柔らかいベットに横たわりたいけどそんなことできない。

ツォンさんに渡された書類がまだ仕上がってない。別に期限とかがある訳じゃないけど、早めに提出したほうがツォンさんだって助かると思うし、私だって家に持ち帰るなんてことはしたくない。



「・・っ」



ふらふらする足取りでタークスのフロアへとたどりつく。自分のデスクが酷く遠い気がするのはどうしてだろう。

おかしいな。家で熱は測ってきたけど微熱程度だったはず。特に吐き気とか頭痛もなかったんだけど、念のため風邪薬は飲んできた。



「あ・・、」



やっと自分のデスクだ、と思った瞬間ふらついていた足がもつれてしまった。力の入らない足では踏ん張ることもできず、ガタンッと大きな音を立てて自分のデスクへと倒れこんだ。

痛い、と思うけどそれよりも身体が重くて起き上がることが出来ない。気を抜けば飛んでいきそうになる意識を必死に繋ぎとめた。



「ナマエさん・・!?」



高い音の女性の声。小さな手と、か細い腕に動かすことのできない身体が支えられた。見上げればそこに、心配げに瞳を揺らして私を見つめる可愛い後輩のイリーナちゃんがいる。



「イリ、ナちゃん・・」

「だ、大丈夫ですか・・!?」

「うん平、気・・」

「でも顔色が・・っ」

「ただの、貧血・・」



大丈夫だよ、と言ってイリーナちゃんに支えてもらいながら、なんとか起き上がると倒れたときに撒き散らしてしまった書類を広い集めてデスクに置く。

そばでイリーナちゃんが戸惑った様子をみせてるけど、苦笑いのような曖昧な笑みを浮かべた。



「あの、医務室行ったほうが・・っ」

「大丈夫・・それに、まだ仕事が終わってないから・・」

「でも、」

「早く、仕上げないと・・ツォンさんが、困る、から・・」



ツォンさん、という名前を聞いて押し黙ってしまうイリーナちゃん。この子は本当にツォンさんが好きなんだな、と笑みを浮かべる。

だけど、どうしよう。強がってみたものの、確実に朝より酷くなってる気がする。今朝はなかったはずの頭痛がする。息が苦しい。心なしか視界が歪んで見える。



「・・っ」

「ナマエさんっ!」



歪んだ視界を取り払うように頭を振ったら、グラリと酷い眩暈がして身体の力が一瞬抜ける。

イリーナちゃんの必死な声と、私を支えようと伸ばした手が見えたけど間に合わない。

今度は床じゃなくて、自分のデスクとこんにちはか、とぼんやりする意識の中で次に来る衝撃に覚悟を決めた。



「馬鹿か、お前」

「・・!」



耳に響いた憎まれ口。覚悟していた衝撃はなく、代わりにイリーナちゃんよりも太く、ガッシリとした腕が私を支えた。



「せ、先輩・・!」

「れ、の・・?」

「足元ふらふらしてるぞ、と」



珍しく怒気を含んだ緑の瞳から逃れようと、レノの腕の中でもがいたけど、力の入らない私の身体が男に勝てるわけもなく、強い力で捕らえられてしまう。



「イリーナ」

「は、はい・・!」

「この書類お前に任せたぞ、と」

「え?」

「ちょっと、レノ・・!」



デスクに置いておいた書類を、全部イリーナちゃんに渡してしまった彼に講義の声を上げるけど、あっさり書類はイリーナちゃんの手の中に。



「お前が仕上げてツォンさんに出しとけよ、と」

「レノ、それは私の・・!」

「いいな?ツォンさんに直接わたしとけよ、と」

「はい!」

「イリーナちゃん・・!?」

「俺は、ナマエを医務室に連れてくぞ、と」

「え、まっ・・ひゃっ!」



私の抗議の声も意味なく、身体に突然の浮遊感を覚えて声を上げる。横抱きにされた身体。さっきよりもレノの顔を近くに感じて慌てて視線を外した。

私の様子にレノは、フンと鼻を鳴らして笑うと、私を抱えたままタークスのフロアを出た。







「・・」

「大丈夫か?」

「・・イリーナちゃんに悪いことした」

「ああ、アイツはあれの方が嬉しいからいいんだぞ、と」

「でも・・」

「ツォンさんのためならなんでもやる奴だからな」



イリーナちゃんに書類を預けたとき異様にツォンさんを強調していたのはそのためか、と変に納得してしまった。すたすた歩きながら笑う、道化のような彼は敵にしたくないな、とぼんやり考えた。



「ね、レノ」

「ん?」

「医務室、行きたくない・・」

「お前は子供かよ、と」

「そうじゃなくて、仮眠室行きたい・・」

「仮眠室?」

「熱はない、から・・寝たい」

「了解、と」

「あり、がと・・」



熱はない、っていうのは嘘だけど微熱程度だし。家で薬は飲んできたから医務室に行かなくても平気。おそらく原因は寝不足だと思うから。

レノに抱えられて、体から力を抜いた瞬間から眠気が酷い。肌から感じるレノの体温が、さらに眠気をさそってどうしようもない。クラクラしていた頭が眠気のせいで霧がかかったような状態になっている。



「レノ、寝そう・・」

「寝てていいぞ、と。仮眠室に付いたら寝かしといてやる」

「うん・・レノ、」

「今度は何だよ、と?」

「ありがと、ね・・」

「どーいたしまして」

「・・レノ、暖かいね・・」

「んー?まあ平熱高いからな、と」

「好き、だよ・・この体温」

「・・体温かよ」



眠気を誘う体温。ガッシリと鍛え上げられた身体は硬くて、少し寝心地が悪いけど。今の私からすれば羽毛布団よりも柔らかいものに感じた。



「ナマエ、」

「・・ん?」



辛うじて返答するけど、駄目だ。眠気に勝てそうにない。瞼がどんどん下がってくる。もう朝方まで仕事するのはやめよう。体調崩しちゃうし。・・それにしてもレノ、暖かくて気持ちいいな。



「体温ぐらい・・俺と付き合ったらいつでも感じさせてやるぞ、と」










ノイズ

(なんて言ったの?)
(心地よくて聞こえな、い)





‥‥

ナマエ・・?

・・すー・・すー

‥‥‥あんまりだぞ、と




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眠気に勝てるものはないよ
20091126